先生と私

あさぎ

魂の模型

「魂は星型正多面体で出来ている事を知っているか?」


 先生はきまぐれで、私に知識を与えます。

いや、毎日勉強は教えて貰っていますが、他の大人が知らない様な知識は時々にしか見せてくれないのです。

「ほしがた?」

 先生は「今のテキストが終わったら、もう少し世界に興味を持たせてやる」と言っていましたので、私は数週間前よりも格段にペースをあげて鉛筆を滑らせています。やる気というものは大事ですね。集中していた上に話が急だったので、返事がとても間抜けな声になってしまいましたが。

「正確にはその一種である小星型十二面体だが、知らないようだな。描くのは少し難しい。どれ、模型を見せてやろう」

 先生の研究室は来客用のソファーと机以外、どこに何が在るのか先生以外には皆目見当がつかない部屋なのです。なので探しモノは一大事です。先生はいつの間にか部屋の隅にある書棚の上を、廊下から持ってきた梯子の上から危うい様子で覗き込んでいます。

落ちたとしても本を含め、紙が沢山床にあるので怪我はしないでしょう。放っておきます。

 そう言えば、星型なんとやらとはどの様なカタチなのでしょう。一筆で書ける、あの尖った多角形ではないのでしょうか?あ、先生は描くのは難しいと言っていましたね。

 そうでした。先生が知識を与えてくれる時は『機嫌が良い』のと『時間が掛かる』のと相場が決まっているのです。お茶を淹れましょう。私がお茶を淹れるための、その一角だけは片付けてあります。

大掃除に大掃除を重ね、先月末にやっと終わりました。長かった。


「あったぞ!こっちの匣だったか!」

 私がこんな時にしか食べられない茶菓子を手に入れ、お茶を淹れ終わった頃。先生は最終的に、隅から3つ手前の書棚の上から見つけた様です。

 先生の埃まみれの上半身を見て、来週は書棚の上を掃除することに決めました。手帳に記しておきます。


「先生。目を瞑って」

「おぉ、すまないな!」

 お茶の方へ来るまえに、先生にはたきをかけます。はたきは、先生用の綺麗なものです。重宝しています。

 まぁ、唇まで突き出すことないのに。


「やっと出てきたんだ」

 ソファーに座った先生が、布でささと拭ったモノは、私の想像していた一筆書きの多角形、えぇっと、五芒星ごぼうせい!とは、大きく違ったモノでした。

「これが、星型……」

「星型正多面体の一つ、小星型十二面体だ。面白い形をしているだろう? 手を出して」

 それを私の掌に置き、ニンマリと笑ったあと。これが魂の形だよ。と、先生は口の中で秘密を転がせる様にささやきました。

 この魂の模型は、すらりと透き徹った色をしておりました。薄浅葱よりもっともっと透明な、青みがかった硝子のようなモノです。

「この12の頂点一つ一つが何で出来ているかで、個別の性質である魂が決まるんだ」

 私の小星型十二面体の頂点には何が入っているのでしょうか。掌の上の模型を眺めながら、話を聞きます。

「12の頂点には、欲求が詰まっている。12の頂点には5つの面が集まっているだろう?5つの理由で頂点の方向性が決まっているんだよ。この12の頂点の内、一つでも似た方向性が無いと個体同士の意思疎通はできない」

「じゃあ、人間と動物は方向性が似てないということですか?」

「そうだよ。人間と、動植物や無生物は欲求の方向性が似ていない。前までは異国とも意思疎通が難しかったのだけれど、少しずつ交流がふえてきたね。方向性は時間を掛ければ、近づけられるのだろう」

 時間をかければ、動物と話が出来るのか。弾む心を落ち着かせるように模型は一層ひんやりと感じられました。

「意思疎通が出来たとしても、方向性が少ししか似ていないと会話は難しいんだ。一つの頂点だけでも5つの理由がほぼ同じであれば完璧に会話は出来る。しかし2つ以上方向性が似ていても6つしか理由が同じでなかったら難しい。そんな感じだな」

 なんだか少し難しい話に思えてきました。

「それでは、この話を少し難しいと感じる私は、先生と理由が似通ってないと言う事でしょうか……」

 先生は、ほとんど冷めたお茶を美味しそうにすすりながら目を細めます。

「それもあるだろう。しかし魂が完全な小星型十二面体になるのは死ぬ間際なんだ。成人ごろには、ほぼ揃うけれども。君はまだ60もの理由が揃いきっていないだろう」

「じゃあ、先生も理由は揃ってないのですか?」

「そういうことだ。揃ってない者同士だが、十二分に会話が出来ていると思うがね」

 似ていると言われたようで、少し照れくさい気分です。先生が差し出す匣に慎重に模型を戻して、茶菓子に手を出します。

「そして此処からが重要なんだ。頂点は個別の性質。しかし変わらない場所もある。不変の魂の形は正十二面体なんだ」

「……中にある?」

 手に力が入り、ぱきっ。

 割れた縁を無意識に撫でてしまいます。

「そう。頂点は生まれてから決まるもの。最初の頂点を決めるのが不変の魂の仕事なんだ。不変の魂は何度も頂点を失っては何度も作り続けている」

「……そうやって私たちは魂を完成させるのですね」

「よくできました。良いものをあげよう」

 先生は、乱雑な机から先程の匣よりもひと回り小さな匣を私に与えました。私にはそれを贈るために、先生は星型正多面体である魂の形を話したのだなと表情で判りました。


 その匣に入っていたのは、硝子で出来た、ちいさな美しい正十二面体でした。

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