第52話 足コキと根性焼き

ゴミ箱に、灰皿を差し出す。

どさどさと、山になっていた吸い殻が、ほとんど満杯のゴミの上に落ちて、灰が煙になる。

ゴミ箱の中身は、丸められたティッシュばかりで、その青臭いにおいに、俺はこめかみを抑えた。

こうまで盛んな彼は珍しい。

元々、俺の目を盗んで、自慰に耽っているのは知っていた。

それでも、多くて週に二回か三回。

性に目覚めた男子中学生じゃあるまいし、と、黄色く色の変わったティッシュの山を、吸い殻ごと袋にまとめて、明日出す指定ゴミ袋に突っ込んだ。

最近では、目を盗むことをやや放棄しているのか、盛り上がった布団の中で、息を吐いている音を聞いたことすら、何度かある。

パトカーさん、と、呟きながら、もそもそと動いているのを、見ているのは、確かに嫌いではない。

けれど、その性欲が、俺へ向いてくることがないというのは、些か、不快な気分ではあった。

単純な話、気に入らないのだ。

俺に縋って、快感を乞うてくるなら、この腹の虫の居所も、収まりがつこう。

それもなく、ただ自分で自分を慰めてばかりで、それで満足できるわけでもなく、繰り返しているのが、気に入らないのだ。

ゴミを集め、玄関まで運び、寝室に戻ると、彼がまた、ティッシュ箱を布団の横に持ち込んで、何事かはじめようとしている。

そんなに堪えきれないのなら、いっそ泣くほどに責めてやるのに、と。

そう思って、俺は、彼の掛け布団をつかんだ。

勢いよくひっぺがされた布団の中では、彼が身体を丸めて、股間に手をやっていた。

「ひっ……」

「本当に…サカリがついて…」

頭痛がするような気分で、横向きになっていた彼の身体を、仰向けになるように、足で転がす。

「あっ、あ…」

「一人でシコシコシコシコ…よくやるよ、本当」

半勃ちの彼のものを、裸足の足で、やんわりと踏みつける。

「うあ、あっ…あ…」

ぐにぐにとした、柔らかい踏みごたえ。

俺の足の指にまさぐられ、彼のものがいきり立っていく。

「足、そんないいの」

「ちが、ぁ…っ❤︎」

親指と人差し指の間で、竿を挟み、くにくにとしごく。

彼の手が、空を彷徨って、諦めたように、床に伏せられた。

「あ…ぁっ…」

「またパトカーさんにしてもらいたくて、ちんこ膨らませてんでしょ?」

「そ、うですぅっ…」

ああ、やっぱりそうか、と、腹の中で歯ぎしりする。

俺は、腰を下ろすと、両足を使って、彼のものをいじりまわした。

竿を指に挟んだまま、亀頭を足の裏でくるくると撫でる。

先走りがぬるついても、固い足の皮の刺激は、彼好みの痛さだろう。

手のひらとは違う、削られるような愛撫を想像して、俺はごめんだと、腹の中で独りごちた。

ぬちぬちと、彼の先走りが音を立てる。

吐き出された透明な粘液が、足の指で広げられ、陰茎全体を、淫らに濡らす。柔らかい睾丸も、足の甲でふよふよと踊らせ、挟んだままの指で、竿の根元をぎゅっと絞る。

「あっ、あ…」

強く竿を挟み、下から上へと、ゆっくりとしごき上げていく。

ピンク色の先端が、未だとぷとぷと、

先走りを垂れ流して、早く本懐を遂げたいと、擦り寄ってくる。

張り詰めた陰茎は、血管を浮き立たせ、今か今かと、切なさに震えていた。

「も、だめ、あ、あっ…」

すい、と、足を離すと、彼は、驚きと悲しみに満ちたような、そんなないまぜの顔で、俺を見た。

「おま、おまわりさ…」

「なによ」

たばこに火をつけながら、さも、もう続ける気はないです、といった体で、彼に返す。

「うっ…ううっ…」

中途半端に放り出された陰茎を握ろうか、彼の手のひらが逡巡している。

立ち上がった陰茎が、彼が動くたびに、ふるん、と、揺れて、空気の摩擦じゃ足りないと、涙を流す。

陰茎を握りこもうと、彼の手が伸びる。

その手が触れるより先に、俺はたばこの先端を、彼のものに押し付けた。

「ぎぃ、ぁぁっ…!?」

途端、彼の身体が海老反りになり、丸く焦げ跡をつけられた陰茎が、つられて揺れる。

「あ゛…ァ…ァ…」

裏筋に沿って、たばこを押し付ける。

しゅ、と、小さな音を立てるその瞬間、彼の悲鳴が、高く耳を突く。

「珍しく大きな声だすなぁ…」

「ひいっ…ひぃっ……」

がくがくと、彼の身体が痙攣し、吹き出すように涙が、頬を濡らしている。

嗚咽を吐きながら、ずきずきと痛むだろう陰茎を、どうにか手で庇おうとする。

震える手を、指で小突き、裏筋に沿って一列に、とんとんと、判を押すようにたばこの火を押し付けた。

「ア゛ァ…!あ゛…!きひぃっ…!イ゛…!」

ぞろりと並んだ焼き跡から、体液が滲み出て、ピンク色の傷口を覆い隠そうとする。

俺は、生傷だらけのそれを握りこみ、カリ首にそって、ぐるりと丸く、焼き跡をつけた。

癒着した肉と肉の隙間に入り込んだ空気が、火種に焼き潰されたのか、ぷしゅ、と、気の抜けるような音がした。

たばこの火に、なす術なく、彼のタンパク質は凝固し、陰茎そのものの形を変えていく。

繰り返し焼く毎に、カリ首の突起がなだらかになり、その代わりにいびつな丸い焼き跡の集合体が姿を見せる。

「ひぃ゛…ゔっ…。ひィ゛っ…」

しゃくりあげるような泣き声。

焼き潰されていく自分の性器を直視したくないのか、それとも、悲惨な泣き顔を見られたくないのか。

彼は両の手で、顔を覆い隠し、過呼吸を起こしそうな程に、細かく息を吸っている。

裏筋に沿った焼き跡の横に、丁寧に、縦一列、同じものをつける。

じゅっ、じゅっ、と、一定の間隔を置いて、彼の陰茎が、焼き潰される。

反り返った彼の肋骨が、服越しにもわかる程に隆起し、吸い込んだ空気で膨らんでいた。

丸められたつま先が、敷布を引っ掻き、きゅい、と、高い音を立てた。

「ア゛ッ、ア゛ッ、ア゛ッ……!!」

「隙間なくやってみようかなって。おとなしくしててね」

「ひィ゛ィっ…」

悲鳴こそ、噛み締めた歯の隙間から漏らすような声量だが、彼の身体に与えられる痛みを思うと、こころが痛んだ。

しかして、それとは別に、その姿はとても好ましく、こうして性器を焼き潰して、初めてわかる反応と声に、たまらぬ充足感を得ていた。

もっと知りたいのだ。

あらゆる方法を駆使して、彼のあらゆる反応を、知りたいのだ。

俺は、どこまで行っても好奇心の奴隷のままだ。

湧き高ぶるその気持ちに手を引かれ、一口、たばこを吸い、火種を大きくして、彼の陰茎に再びそれを押し付けた。

「ぐぅ…ぁ…」

じゅうっ、と、肉を焼く音。

重なり合った傷口が、少し炭化する、焦げ臭いにおい。

これも、彼を知らなければ、体験することなどできなかったのだ。

陰茎の裏側を、丸い焼け跡で覆い隠し、そそり立ったままの彼のものを押し下げ、表側に炎をあてがう。

「ひん゛っ…」

彼が身動ぎし、指先で押し下げていた陰茎が離れ、上を向いた。

先端に溜まっていた先走りか、それとも他の体液か。

それがぴんと跳ねて、俺の頬についた。

それを指先でこそげ、口にいれる。

いわれぬ不味さ、と形容すべきだろうか、独特な臭気と味を持つ体液は、舌の根に深く染み込み、俺の脳に焼き付いた。

覚えておこう、と、思う。

味を、においを、音を、声を、苦痛に悶えるその様を。

彼のあらゆるものを、覚えておきたいのだ。

消えない痕がつけばいいと、思うのだ。

じゅっ、じゅっ。

淡々と続く、小さな焼き音と、彼の堪えた嗚咽。

その中で、俺は彼のことだけを考えていた。これを焼き終えたあとは、何をしてみようか。

彼を、どうしようか。

彼を知る為に、どう攻め苛もうか。

表面をすっかり焼き跡で覆われた、彼のものを、指で弄ぶ。

無残に潰された、いびつな彼の陰茎を、手のひらで握り込んだ。

彼の身体が、弓のように反り、口の端から、泡を吹く。

「まだ萎えてないの。どうしようもない子だね」

染み出したリンパ液ごと、彼の陰茎を、手のひらでしごく。

ぬるつきのないリンパ液は、俺の手が彼の傷口を擦り上げる、その悍ましい痛みを和らげることはできないようだった。

手のひらの繊細な神経が、脈動する彼の熱を、クレーターのように重なり合ったへこみの感触を、俺に伝えてくれる。

わざといつもより、強く握り、彼の傷口を磨りおろす。

「イタイ…イダイ…。おまわり、ざぁ…。イ゛ダイィ…」

「イタイじゃないよ。イイって言いなよ。気持ちいいって」

「イ゛ィィ…。ぎもぢいいで、すぅっ…」

咥えたばこの口元が、笑う。

ふしゅ、と、吐き出された煙が、彼の傷口にあたる。

それすらも、今の彼には、恐ろしく沁みるのだろう。

俺はわざと、亀頭のくぼみに、たばこの煙を吐きかける。

全体の傷口を手のひらですり潰され、たばこの煙をかけられるというのは、それこそ、まともに生きていたら味わえるものではないだろう。

それはきっと、俺も彼も、同じだ。

柔らかい傷口が破れ、ぷつぷつと、血の雫を吐き出しはじめる。

幾分か、摩擦が減るだろうが、痛みそのものが無くなるわけではないだろう。

「出したら、やめてあげるよ」

俺がそう言うと、彼はくちゃくちゃの顔で、「そしたら、もうちんちんは、ゆるしてください」と、小さな声で言った。

どうしごいてやれば、彼が達せるのか、なんて、想像もつかない。

緩慢なストロークは、傷口をじわりじわりと広げ、掻きむしっていく。

かといって、激しく擦り上げれば、どうなるのだろうか。

彼が俺の手の中に、吐精するのを、期待した。

ぬちぬちと、粘質な音を立てて、陰茎を包み込んだ手を上下させる。

次第に速度を上げ、本来ならば、所謂手コキで彼が達するのを、精々数分待つだけだ。

けれど、傷口をしごかれ、彼はどうするのだろうか。

ぎゅっと目を閉じ、口元を手のひらで覆い隠し、痛みに耐えているだけのようにも見える。

彼の眉根を寄せた表情をよく見ようと、顔を近づけた。

小さな声が、漏れている。

「おまわりさ…おまわりさん…いたい…」

ああ、と、俺は腹の中で感嘆した。

「おまわりさん…すき…。ひどい…。すき…」

ふつふつと湧き上がる、言いようのないあたたかな気持ちが、俺の中にしあわせとなって積み上がっていく。

血みどろの陰茎を愛撫されてなお、今の彼が呼んでくれるのは、パトカーでなく、俺だったのだ。

それがたまらなく嬉しく、思わず、あいた手を、彼の頬に添えた。

口元を隠した手を退けさせ、狼狽える唇を舐めた。

柔らかな唇を、舌と歯とで蹂躙する。

手を休めることなく動かしているのに、彼はおとなしく、俺のしたいようにさせてくれた。

「舌出して」

「ん…」

短い舌が、唇に乗る。

それを歯で噛み、吸い付き、どうにか俺の口内へと、引き込もうとする。

愛しい言葉を吐く舌を、俺の中に入れてしまいたかったのだ。

「ア…」

小さく、彼が声をあげた。

ふるふるっ、と、全身を震わせる。

受け皿になるように、亀頭に添えた手のひらに、ぬるまゆい粘液が、とぷとぷと流れ落ちてきた。

「あー…」

彼は情けない声をあげて、枕元にあるティッシュ箱に手を伸ばした。

「汚し…おまわりさ…拭いて…」

「ん。ああ…」

手のひらにへばりついた、血と精液を、紙で拭き取ってしまうのは、少し惜しかった。

けれど、彼を抱擁したくて、それを拭い取った。

彼に覆いかぶさるように、けれど潰してしまわないように、彼の身体を、俺の身体の下に入れた。

密着した部分があたたかく、そこから、なにか良いものが雪崩れ込んでくる。

彼も今、しあわせだろうか。

顔をあげて、彼を窺い見ると、黒いまなこが、俺を見ていた。

「今日、おまわりさんが甘えんぼですね…」

うふふ、と、小さく笑って、俺の背中を、とんとん、と、指先で叩いた。

「なにかやなことでも…あったんですか…?」

発端は、きみのせいだと、言えなかった。

「いや、もう、どうでもいい」

彼の薄っぺらい胸に、鼻先を押し付けて、俺は息を吐いた。

心音が聞こえる。

この腹を割いて、動く心臓を握りたい。

そんな欲求を抱えながら、今日ばかりは俺の負けだという気分と共に、俺は安寧を選ぶ。





2016/11/14

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