第42話血尿を飲尿するはなし

交番の引き戸を叩く音がする。

乱暴に何度もだ。

緊急かと思い、部屋着のまま外に出ると、酔っ払いらしき男が、交番の前でなにか喚いていた。

「どうされました」

扉越しに、至極冷静な口調で問いかけても、男は、ここを開けろ、と繰り返す。

厄介な予感しかせず、けれどこのまま放置してガラスを割られても面倒だ。

そうなれば、器物破損の現行犯でしょっぴいてしまえばいいのだけど。

そう思っていたら、男は扉に向かって頭を打ち付けはじめた。

金属製の扉が、衝撃でびりびり震える。

酒のせいで痛みが鈍いのか、額が割れて、ガラスに血が飛んだ。

「ちょっと、あんた…」

慌てて扉を開け、男を制止させようとする。

途端、男は両手を振り回して喚き立てる。

大声が交番に響いた。

きぃ、と、居住スペースに繋がる引き戸から、小さな音がした。

細く開いた隙間から、彼の顔が見えた。

危ないから、くるな、と、声を出そうとして飲み込んだ。

男が俺に向かって拳を振り上げたのに、対応が遅れた。

固く握られた拳が、俺の下腹部にめり込んだ。

二発ほど、ちょうど膀胱の真上辺りだ。

加減を忘れた拳が、そのままずれ込んで鳩尾付近を打つ。

力任せのそれが、俺の腹に食い込んで、思わず声が漏れた。

「う、ぐっ…」

こんな時だというのに、真っ先に浮かんだのは、暴行だかの現行犯…だったのだから、職業病もいいところだ。

顔面を殴られ、よろめいた俺に向かって、きんと彼の声が届いた。

「おまわりさん…!」

パイプ椅子を持ち上げて、俺に向かって振り下ろそうとしていた男は、そちらを見て、彼に向かっても、何事か叫んだ。

男が、彼に向かって椅子を振り下ろす想像をして、ぞっとした。

「行かせねぇよ…!」

男の腕を掴み、捻りあげる。

こきん、と、衝撃があって、男の肩の関節が外れる。

ぎゃあっと悲鳴をあげる男を、床に倒し、外れた関節をはめ直してやる。

激痛のせいか、男は大人しくなり、ぶつぶついいながら、床に突っ伏していた。

「きみは奥に…!しばらく出てこないで…!」

彼は、弾かれたように、家の中に消える。ひどく怯えていなければいいが。

「ああ、いいから。あんた、ちょっと落ち着きなよ。飲み過ぎだ」

そう言いながら、ポケットのスマートフォンで市の警察署に応援を要請する。

暴行、現行犯。自傷があり、かすり傷だが、出血している。そんなようなことを早口で伝えると、すぐに応援のパトカーがやってきて、男に手錠をかけてくれた。

交番で状況の説明をした上、調書を取られる側と言うのも、妙な気分ではあったけれど、顔なじみのおかげで、随分と手早く処理が終わる。

「あと任せていいですか?」

「ええよ。お疲れさん。あとは俺がやっとくから。あー、腹んとこ、またちゃんと病院診てもらわなかんで」

関西訛りのあの巡査は、へらへらっと笑って、

「おしっこでえへんくなったら、泌尿器科で、看護師さんにやさーっしく、カテーテルいれてもらえ?」

と、冗談めかして引き上げていった。

彼のことだ、うまいこと書類を仕上げて、俺にくる手間は最低限になるようにしてくれるだろう。

交番の引き戸を閉めて、施錠する。

下っ腹が、確かに少し痛む。

つきりと、刺すような痛みが、動くたびに腹を突いた。

居住スペースに戻ると、彼が恐る恐る、寝室のドアから顔を覗かせた。

「あの、おまわりさん…」

「ああ、まだ起きてたの。びっくりしただろ」

男の勢いに気圧されたのだろう、彼は不安そうで、俺の腹に手を回してくっついてきた。

こういう仕草は、やはり子どものようで、つい頭を撫でてあやしてやりたくなる。

「おまわりさん、けがは…?」

俺に頭を撫でられながら、彼が聞いた。

「腹と顔殴られたけど…。顔はそんなに…あとで痣になるかな…。腹は血尿くらい出るかも」

血尿、という言葉を聞いて、彼が目を丸くしたのを、俺は見逃さなかった。

彼がなにかしら食欲を覚えた時の顔だ。少し嫌な予感はすれども、さすがにここでいきなりなにかされることもないだろうと、そう思って、彼を連れて、居間に向かう。

「さすがに気が鎮まらなくて寝付けなさそうだな…。きみは先に寝ていいからね」

「はい…」

そう答えた彼は、毛布をかぶって、かちかちとゲーム機をいじり始めた。

付き合って起きているつもりなのだろう。俺もテレビをつけて、録画したっきりのロードショーを、流し見することにした。

三十分程経っただろうか。

ロードショーのアクション映画は、そろそろヒロインが攫われて、主人公が追跡の計画を立てているあたりだ。

一時停止して、トイレに立つ。

下腹部がやはり、ちくりと痛んで、嫌な予感はする。

トイレに向かう俺の後ろを、彼の足音が追いかけてきた。

「なに」

「いえ、あの…トイレですか…?」

「そうだよ」

「へへ…」

トイレのドアを開けて、身体を滑り込ませようとすると、彼がドアをつかんで閉めるのを邪魔してくる。

「こら」

「血尿…」

俺は頭痛を覚えて、こめかみに指をやる。

きっと、血尿を舐めたいだとか、飲みたいだとか言うに決まっているのだ、彼は。

まだ出るとも決まっていないのに。

「出ないかもしれないんだって」

「でも…、出たらもったいないし…。あっ…!」

彼が、俺の横をすり抜けて、便器に座る。

「血尿だといけないから…あの、口開けてますから…」

口の中に、放尿しろと。

これで血の味がしなかったら、どうするつもりなのか。

けれど、このまま押し問答を続けて、彼が折れるまでのことを思うと、きっと俺の尿意は、待ってはくれないだろう。

「こぼさないでよ」

「がんばります…!」

彼の口に、俺の陰茎を咥えさせて、下腹部にちからを入れる。

矢張り、つきり、と、小さく痛んだ。

彼の口に、なるべく少しずつ流し込むように努める。彼が喉を鳴らして、俺の排泄物を飲む。

「んっ…。くふっ…」

彼が小さく噎せて、唇の端から流れた液体は、薄めたワインのような色をしていて、彼の期待通りのことになっているのだと、俺にわからせてくれた。

用を足し終わった俺の陰茎から口を離し、名残惜しそうに、彼が鈴口をなめる。

「血の味、した?」

「しましたよ…」

彼は至極嬉しそうで、へへ…、と、声を出して笑った。

彼の喜びは、未だに俺の理解の範疇にない。

目的を果たしたので、居間に戻って映画の続きを眺める。

彼がお茶を持って、俺のせなかをつついた。

「あ、お茶?ありがとう」

「たくさん飲んでくださいね…!」

たくさん?

「…利尿作用?」

「はい…!そうしたら、たくさん飲める…!」

彼はいたく、あれが気に入ってしまったらしく、一杯を飲み干す側から、次のを注ごうとする。

勧められるままに飲んでいてはきりがない。それに、彼の好む玄米茶は、言わずもがな、利尿作用を提供してくれる。俺はじきに尿意を覚えて、またトイレに立つことになる。

立ち上がると、彼が俺を見上げ、「トイレですか…?」と、期待した声で言った。

トイレに移動するのが面倒に思えて、彼にそこで口を開けるように言う。

彼は迷うことなく口を開き、舌を出して、ここに入れろと言わんばかりに、顔をあげた。

萎えたかたちの陰茎を持って、彼の口に入れる。

温かい口内に引き込まれ、ぬるりと、舌が俺の先端を撫でた。些か違った気分に浸りながら、下腹部にちからを入れる。

「出ない」

「えー…」

致し方ないのだ。

ゆるく勃起してしまったそれは、排尿するには不便なことで、萎えてしまうまで待つか、別の意味での排泄をするかしなければ、彼の望むものは得られないだろう。

「くちでしたら…おしっこ出ますか…?」

「出ると思うけど…」

彼は俺の陰茎を、口内に引き込み、先端を舌でくるくると撫でる。

吸い付きながら、頭を前後させて扱く。

じゅる、と、唾液が吸われる音がして、勢い余った陰茎が、ちゅぽんと、彼の唇から逃れた。

竿の部分に、唇を当て、柔らかく噛むように動かしながら、舌でちろちろと舐める。そうして、また先端を口内に入れて、律動を繰り返す。

拙かったフェラチオが、少しうまくなっていることに、なんだか罪悪感のようなものを覚えながら、彼の望むように、俺はされるままでいた。

「ん、くっ…」

ぞくりと、腰に痺れるような快感が伝わって、座り込みたくなる。

腰を下ろすと、彼は俺の股ぐらに顔を埋めて、愛撫を繰り返した。

にゅぷにゅぷと、彼の小さな唇が、俺の陰茎をしごき、そうしながら、舌は先端を撫で回す。

「うぁ…」

思わず床に手をついて、身体を支えた。

「寝転がっても、いいですよ…?」

「ん…」

仰向けになった俺からは、彼の顔が、俺の股間で行っていることがよく見えた。

長めの前髪が、ちらちらと揺れて、幼い顔が覗く。

情けない声が、自分の口から出て行くのが、どこか他人事で、けれど、俺は片手で顔を覆いながら、彼にされるままになっていた。

「うぁ…あ…。ひっ…」

じゅぷじゅぷと、唾液が絡み、吸われ、ピストンのように動かされる彼の髪は、さらさらとゆれる。

いたく官能的で、指の隙間からそれを見ながら、俺は情けなく呻くことしかできなかった。

「ひっ…、ひあっ…」

ぼろ、と、目から涙が零れた。

ゆっくりと、彼に追い込まれている。

こんな感覚は初めてで、いつも俺が勝手に彼を使っていたのに、こんなにも、彼から責められてしまうと、どうしたらいいのかわからなかったのだ。

むず痒いような、足を動かさずにはいられず、彼の顔を挟むようにしたり、膝を曲げ伸ばしたりして、快感の激流に抗おうとする。

「あー……。くぅっ…、あ、うぁ…」

先端からほとばしったものを、彼が飲み下す。

それだけでなく、敏感になった先端を、じゅるじゅると吸われ、中に残っていたものが、一滴の全てまで、彼の舌に吸い出されていった。

「ああ、あ…。あーー……」

がくがくと腰を震わせ、俺は彼に、やめてくれ、と懇願したくなった。

きっと、血尿の味と混ざらないようにしたかったのだろうけれど、俺には、達した俺を、彼が更に追い込もうとしているように思えてしまった。

「やだっ…、もう、やめ…あ、ぁぁ…」

彼の髪をつかんで、そう懇願して、はじめて、彼は唇を離してくれた。

唇に残っていた精液を舐めながら、こちらを見下ろす彼は、どこか大人びたようで、それもまた、俺を征服する為の姿に思えた。

「はぁっ…はぁっ…」

溢れていた涙を、手のひらでこすり、彼に気づかれないように、服の裾で拭った。

ふにゃりとした陰茎を、彼がまた咥える。早く排泄しろ、と言われているようだった。

敏感だった状態が薄れるに連れて、忘れていた尿意が、またやってくる。

彼の口の中に、排泄した。

こくり、こくりと、彼の喉が動いて、俺の出したものを飲んでいく。

目を開いて、俺の腹を見つめながら、排泄物を飲み下す。

嫌な顔をしていないから、きっとまだ、鉄の味がしているのだろう。

俺はぐったりと、起き上がることもできないまま、彼が俺の出したものを飲みきるのを待った。

ようやく彼の唇が離れ、彼が唇を舐めながら、小さな声で「ごちそうさま」と言っても、俺はすぐに起き上がれなかった。

「おまわりさんも、あんな声出すんですね…」

彼が、ふふっと、嬉しそうにわらった。

彼からしてみれば、そうなのだろう。

普段見られない姿を見られて声が聞けたのだ。

「楽しそうに言うな…」

「たのしかったですよ…!」

おいしかったですし、と、彼は付け足した。

「明日になったら治っちゃってたらどうしよう…。もう少し殴っておいたほうがいいですか…?」

「いや、いい。治ってたほうがいいから。やめろって…」

ちからのない彼が、カットガラスの重い灰皿をつかんで、俺の下腹部を狙おうとする。

それを制止させながら、俺は服を直して、自分の布団へと逃げ込んだ。

寝込みを襲われるなんて、さすがにないだろうと思うけれど、腹を鈍器で何度も殴打するくらい、彼は平気でやりかねない。

「勘弁しろって…!」

俺がそう言うと、彼は、ごとんと、ガラスの灰皿を座卓に戻し、「ちぇー」と残念そうな声を出した。

もそもそと、毛布にくるまりにいく彼を見ながら、電気の紐を引いて、明かりを消した。

寝込みを襲われる不安と共に目を閉じる。

けれど、俺が嫌だと言ったことを、更に追い込んでくるような彼でないのは知っているのだ。

その答えに行き着いて、俺は、ふっと安堵し、寝息を立てる彼を見ようと目を開いた。

暗がりの中で、彼は眠りながら、しあわせそうに口元を緩ませていた。






2016/08/19

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る