第24話 眼孔姦
寝返りを打つ。瞼の隙間から、白い光が透けている。
じっとりとした瞼を開き、光源を見た。
隣の布団に寝転がる彼が、熱心にスマートフォンを見つめていた。時刻はもう二時近いのに、彼はまだ眠る気になっていないらしい。眩い液晶に照らされて、毛布をかぶった彼の顔が暗闇に浮かんでいる。
俺は、布団から出ると明かりをつけた。今の今までほとんど真っ暗だった室内に、蛍光灯の光が落ちる。眩しさに目がつんとして、慣れていく。
「あれ…?なにかするんですか…?」
彼は、スマートフォンから視線を外し、立ち上がっていた俺を見上げる。
黒く艶やかな目が、前髪の隙間から覗いている。幼さの残るくるんとした眼球がしばたいて、俺の様子をうかがっている。
少し眠くなっているのかもしれない、うっすらと充血した眼球に向けて、俺は目を細めた。
座卓の上に、視線を走らせる。夕食をとる為に、端に寄せたメモ紙や、彼がらくがきして遊ぶためのコピー用紙。開きっぱなしのペンケースに、消しゴム。そして俺がここで仕事をするために使うものが突っ込まれたペン立て。
俺は、ペン立てからカッターナイフを抜き取ると、彼の隣に腰を下ろした。
彼はまだ髪の隙間から俺を見ている。ちょうどスマホゲームに区切りをつけたようで、ホーム画面が表示されていた。背景のパトカーの上にアイコンがいくつも並んでいる。
うつ伏せでスマートフォンを触っていた彼の前髪をつかんだ。
よくよく目を観察する。彼は辛そうに顔を歪めていたが、俺の手から逃げることはしなかった。
ただ、腕を顔の下まで引き上げてジャージの袖で口と鼻を隠しただけだ。相変わらず、俺に顔面を全部見られるのを嫌がっている。
「おまわりさん…」
遠慮がちな声が、俺にかけられる。夜更かししすぎて怒っているのだと勘違いさせたかもしれない。俺は彼をそんな行き違いで怯えさせたくはなかった。
「怒ってないよ」
ぼそりとつぶやくと、彼はほっとしたように眉根を下げた。
俺が彼にひどいことをするのは彼が原因ではなくて、俺が俺の勝手でそうするのだというのを、いつかきちんと説明してやったほうがいいかもしれない。理不尽な暴行に、彼が怯えて俺に理由のない謝罪を述べるのはこころが痛む。
きちきちきちっ
ひっかかる音を立てて、カッターナイフの刃を押し出し、彼の左目に近づける。彼の視界には、その薄い金属の刃が近く研ぎ澄まされて見えているのだろう。
「目を開けてて」
反射的に目を閉じようとする彼を、そう言って制する。
まつげの並んだ真ん中にある、その深い水面に、なにかを入れたい。それだけだった。
ぶつり、と、柔らかな膜を突き破る手応えがして、ずぶずぶと沈み込むように、その薄刃が彼を穿った。
途端、彼は涙の代わりに真っ赤な血を眼孔から溢れ出させた。
「ア゛ァァ…!?」
目を抑えようとする彼を組み伏せ、仰向けになった彼の上に乗る。
両手首を片手で押さえつけ、穴の開いた彼の眼球を観察する。彼が顔を見せたくないのは承知の上だが、俺は今はそれよりも、彼の切り裂かれた眼窩を見たいのだ。
赤い水面が割れて、苦悶の表情へ、その雫を垂らしていた。
そこに、指を入れる。
水面の裂け目に、親指を押し込むと、彼は、ぎぃっと声をあげた。
噛み潰したような声は耳障りではない。温かく柔らかい眼窩の中を、親指で練る。彼の感じる悍ましい痛みに、ぞくぞくとした興奮を覚えこそすれ、彼を解放するつもりはない。
「ヴッ…ウゥッ…。ア゛……」
悲痛な声は、目を潰されたからだけではなさそうだ。俺は、唇の先で彼に謝罪した。彼が顔を隠すのを拒んでいるのは、俺の都合だ。
繊細な視覚器官は、俺の指で丹念に揉み潰され、どろどろの肉へと変わっていく。本当に水晶体は、レンズのかたちをしているのだろうか。親指でまさぐって、中にそれらしいものがないか探す。この奥に繋がる視神経は、脳に繋がっているのだろう。
もし、深く深く指を、刃物を、押し込んでいけば、彼の脳に触れることができるのだろうか。彼のナカミを触ることで、なにかが少し理解できるのではないか。
彼の穴を捏ねまわしながら、俺はまだ見ぬ彼の内側に思いを馳せた。
「イ゛…ッ…!アァ……!」
残った片方の目が、歪められて、溢れる涙を垂れ流すままにしている。それは、やはり黒々として美しかった。
どろどろになった彼の眼窩を掻き回し、その魅力的な赤い湖面を愉しんだ。練り潰された、柔らかい眼球は、すっかりとかたちを変えて、彼の目尻からぽたぽたと落ちていく。
やはり顔を隠したいのだろう、いつもよりも抵抗する時間が長い。彼が諦めないうちは、俺は左手で彼の手首を押さえ込んだ。
彼の動きが鈍くなる頃には、俺の左腕も少し疲れてしまっていた。手を離すと彼は緩慢な動きで、自分の顔の下半分を手のひらで覆った。
じっとりと汗で濡れた彼の前髪を掻き上げ、改めてぱっくりと開いた彼の眼窩を見る。濡れて波打つような肉の先に、なにかあるような気がして俺は背筋を震わせた。ここにも、俺のものが入るんじゃないだろうか。
彼の頭部を両手でつかむと、口元を隠したまま彼は俺に従った。
固くなったものを、下着から引きずり出し、彼の左目があった場所に宛がっても、彼は右目で俺を見ただけで、大きく抵抗することはなかった。彼の意識が比較的明白な時に、こういうことをしたのは稀で、それが少し不安になる。けれども、彼の開いた傷口に、俺は俺を沈めることをやめられなかった。
ぐぷりと音を立てて、彼の頭部へと浸入する。狭い骨格が、俺を跳ね除けようとするが、構わず押し込んだ。
内側に収まりきらず、押し出された肉の繊維が、隙間から飛び出し、彼の顔を汚していく。
ゆっくりと律動させるたびに、引き出された柔らかな肉がぶちゅぶちゅと音を立てる。
彼の脳が、じきに吸い出されてしまうのではないかと思うと、たまらなく高揚した気持ちになった。口元を隠す彼の手が、ちから無く、ずるりと顔の横に落ちた。その指先が、俺が頭部を蹂躙するたびに、ひくひくと動いている。
反射なのだろうか。彼の唇から漏れる、母音だけの呻きもまた、俺が動くたびに小さく発せられた。
彼の右目が上向き、涙の中で溺れている。忙しなく動き回る黒い瞳が、時折俺のことを見ている。
血泡が彼の左目で吹き立っていた。じっとりとした温かい中で、彼の意識を探る。
まだ彼は、俺をきちんと認識しているだろうか。
仮に、彼がいつもと同じように俺のすることに従っていてもいい。燃え盛るような痛みの中で、わけもわからなくなっていてくれたって構わない。
ただ、できれば、ほんの少しだけ、彼にもかけらのような快感があってくれれば、俺はもっと幸せだろうに。そう思いながら、彼の眼窩をひときわ奥まで突いた。
温かい肉の中に、ぐりぐりと押し付け、音も無く吐いた熱が、彼の中に注がれていく。血まみれのものを引き抜くと、血泡に混じった白い粘液を視認できた。俺は少し征服感に浸った。小さな眼窩のその奥に、圧迫され引きずり出された脳の破片があったとしても、俺にはそれがそうとはわからないだろうことが、残念に思えた。
彼の口がはくはくと動き、残った右目が歪み、そして、蕩けるように目尻を下げた。
黒々とした瞳が、くっと大きくなり、彼の意識が更に混濁したのを感じる。深い深い傷口に注ぎ込んだ異物のせいだろうか。どこか繋がる先に、おかしな信号が繋がってしまっているようで、ジャージ越しの股間が、俺の後ろで緩やかに膨らんでいた。
俺は身体を後ろに下げて、彼の股間をくつろげてやる。雫の浮いたものを、手のひらでさすると、彼の腰がひくんひくんと反応した。
数回、血まみれの手でしごいていた。
俺は少し躊躇ってから、口を開くと、彼のものを咥え込んだ。さして大きさのないそれは、俺の口にすっぽりと収まり、喉の奥を触られるような不快感もなかった。
まず、彼の血の味がして、その奥に塩味を含んだ形容しがたいえぐみを感じる。
単独ならば口を離してしまっただろうその不快な香味を、彼の血がぼんやりとさせている。
むぐむぐと舌を動かし、彼のものを刺激するたびに、小さく彼の身体が動いた。
手を伸ばして、彼の腕を引き寄せ、手のひらを触ってみると、あたたかい指が俺の指先をきゅっとつかんだ。
じわりと身体に再び熱が流れ込んだ気がして、俺は右手を自分の股間にあてがった。
彼のものを口に含み、右手は股間に伸ばし、左手で彼の指を触る、不恰好な姿だ。それでも、滲むような気持ち良さが、俺の身体を支配していく。
彼もまた、俺の下手くそな舌に嬲られて、下腹を蠢かせている。
彼のものを上顎にすりつけ、舌でこね回し、吸い付くと、あのまずい塩味が、とぷとぷと俺の舌に絡みついてきた。溢れる唾液をすすり、塩味ごと飲み下す。まだ彼は満足していない。
俺の方はというと、緩慢に自慰にふけってこそいるが、上り詰めたいという欲はあまりなく、彼が悦んでいる様を見て行う、惰性のようなものだ。
唾液を飲んだせいで、彼の血の味が薄まってしまう。えずきながら、俺は彼のものをしゃぶり続けた。若い頃に盛んな友人たちと見た淫猥な動画だとかが頭の中に思い起こされる。あれのように動かしたとしても、彼がそれで具合がいいのかはわからない。けれど、少なくとも、俺はこうされたら不快ではない、そんな手探りで、彼を愛撫した。
とぷんと、彼の先端から、ねばる液体が零れ落ちてきた。独特の臭みに、俺は咳き込んだ。
俺の口から、白いものが垂れ落ち、彼の下腹にべたりと張り付く。舌からねっとりと糸を引いた。
俺は身体を起こすと、ティッシュを取って、口に残った味をそこに吐き出した。
舌に残る後味はまずく、好んで飲めるようなものではなかったが、彼の微睡みの中に、ひとときの快感をもたらしたのだとすると、気分がよかった。
半端に勃起した俺のものを、彼の腹に押し当ててすりつけた。彼の顔が俺の顔の真下にある。
とろとろと眠るように伏せられた彼の右目、そして、乾いて固まりかけた血肉と、それの泉源は、まだ枯渇せずにぷつぷつと泡立っている。
その中には、俺の出したものがちらついていたが、俺は構わず彼の眼窩に舌を這わせながら、腰を動かした。
揺すぶられた彼が、俺の頭に手を置いた。髪の中を、彼の指が蠢いている。
精液の味を易々と押し流す、鉄臭い血の味を感じながら、俺はようやく満足した。
汗をかいていた。
身体を離した途端、湿った衣服の冷たさが沁みた。
俺は彼の身体をティッシュで乱雑に拭き、服を着せ直して布団に放り込む。
息をしているのだし、放っておいて差し支えないだろう。赤く広がった枕の染みは、明日どうにかしてやろう。
着替えを持って、シャワーを浴びようと、暗い廊下を歩く。
風呂場で、ぬるい水流を頭から被って目を閉じると、瞼の裏に彼の黒い目が焼き付いていた。潰れた左目が、真っ赤な肉を晒しで、口を開けている。ぐるぐると二つの目が重なってひとつになる。
それは、赤い金魚が身を潜めていそうな、恐ろしく深く冷たい水脈だった。それが蠕動する、細い筋の繊維をだらしなく垂らしている。
じっと、こちらを見ている。
とろけた肉をわななかせて、ひた、と。
逸らすこともなく、その湖面を俺に向け、俺はそれを見ている。
血みどろの金魚が身体を翻した。
俺は鏡に頭を押し付けて、手のひらで顔を覆った。爪の間、皮膚の隙間に潜りこんだ彼の血が、まだ落ちていない。
濡れた親指を口に咥え、舌先で爪の間をこそげて吸った。彼の血の味がして、少し懐かしいような気持ちに浸った。
水のにおいが、指に染み込んで、しばらく取れなかった。
了
初出20160328
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