第2話一之瀬美穂

 空には明るい星がいくつか瞬いている。8月初旬はたとえ夜だとしても蒸し暑かった。しかし、さすがに屋上となると風が冷たい。

 一之瀬美穂はゆっくりと体を起こした。めまいはだいぶ収まったようである。脳がまだ慣れていないのだろうか。辺りには一之瀬以外誰もいなく、このまま星を眺めていようかとまた天を仰いだ。しかし、一之瀬の希望を打ち破るかのように、夜の静寂の中で携帯の着信音が鳴り響いた。

 「もしもし」

 「どうじゃった?うまっくいったんじゃろ?」

 しわがれた声が携帯から飛ぶ。一之瀬の脳裏には歯が何本か抜けている口もとが映った。

 「ええ、案外すんなりと落ちましたね」

 「さすが、私欲のために脳の99%を「虚偽」に使う女はやることがはやいね」

 一之瀬は黙ったまま遠くの夜景を眺める。

 「それにしても、99%が虚偽なら野崎賢太も途中で気づくこともあっただろうに」

 一之瀬は野崎賢太との生活を振り返る。

 「あなたがくれた1%に助けられたんですよ、きっと」

 しわがれた声は何かに気付いたように呟く。

 「ああ確かお主の脳の1%は「優しさ」に作用するんだったか?」

 「さぁ、どうだろ」

 「何はともあれ、仕事お疲れさん。あ、わしのこと裏切ったりしないよね?」

 一之瀬は小さく微笑んだ。

 「さぁ、どうだろ」

 風に強く当たっていたせいで体が冷えてきたため、一之瀬は電話を切って屋内に入ろうとしたときに最後に一つと呼びかける声が聞こえた。

 「なんでしょう?」

 「野崎賢太は、恋愛対象としてどうじゃ?」

 「そうですね・・・99%ノーです」

 一之瀬は野崎賢太がさきほどまで立っていたところに妖しい影を映す銀色の輪を置き、そそくさと屋内につながるドアを目指して歩いた。

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99%脳 うにまる @ryu_no_ko47

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