第25話
揺れている。また、地震だろうか。
やけに広い自分の部屋で、座り込んでいた。
人間という生き物は、水のない星に水を持ってきたり、太陽のない星にプラネタリウムのように覆いを作ってかりそめの太陽をつくってみたりした。が、どんな星だって、どうにもただ一つ、地震という災害だけはどうすることも出来なかった。いや、それで正解なのかもしれない。星という神秘的な物体の、その内部を、もし。
もし、侵してしまったら、我々人間は、天使達はおろか神をも激高させてしまうだろう。
--天使?
そういえば自分は小さい頃からそんなもの意識さえしなかった。夢のない子供だと大人に笑われたくらいなのに、どうして自分からそんな言葉が出てくるのだろうか。
そんな疑問と、「ヒイロ!」と強く名前を呼ぶ声が重なって、ようやくヒイロは、これが夢であったことに気がついた。懐かしいような、もう顔を合わせたくないような風景から、やけに焦った小さな少女の声で引き離される。
「んん・・・・・・そんなに焦ってどうしたんだ・・・・・・」
掠れた声で問いかける。夢見は別として、正直、もう少し寝ていたかった。
「エルベがあぶないの!」
「どういうこと?」
サヨの様子に、ぼんやりとした気分から一気に目が覚める。どうやらこれはただ事ではないらしい。
「ヒイロがねてたの、エルベのみみのはなのにおいがあったから。でもあのにおいにそっくりなにおい、サヨしってる」
「みんなでごはんたべたとき、エルベのにおいににてるにおいしてた。エルベがいないとき」
サヨの少ない言葉でも、ヒイロも大体何が言いたいかが理解できた。血縁があれば、寄生する植物も似たような植物になる可能性は高いのだろう。そしてエルベに寄生していた植物はリラックスさせる効果のある、つまりは精神にはたらく香りを持つ植物だ。
「あれ、たぶん、わるいにおい」
つまりサヨは、スニェジカの植物の効果は、悪い意味で精神に作用する植物なのではないか、と言いたかったのだ。
穴だらけの話だが、もし本当にそうだとしたらエルベの命が危ない。ヒイロは勢いよく立ち上がり、船内を駆け回って支度を整えた。最後にからからと音の鳴る何かをウエストポーチに放り込む。
「サヨ、行くぞ」
「うん」
バタバタと足音が聞こえる。オーデルの一族は、バタバタ、と言うよりは、とん、とん、と駆けるから、これは間違いなく彼らの足音だろう。この家の中にいる部外者達、つまり使用人らはぐっすり眠っていることだろうし、彼らの障害となるものもない。全ては整った。
ドアが開く。「ようこそ」スニェジカは、にっこり、満面の笑みで迎えた。
「エルベ!」
首に刃を突きつけた状態の兄の姿をわざと見せつけるように、入口の方を向かせる。スニェジカ自身は脚を組みながら、陽の差す窓辺に腰掛けていた。その笑みはどこか妖艶なものすら感じさせ、ヒイロは冷や汗を一筋流した。
「やめろ、スニェジカ」
「なにを?ああ、もしかしてわたしがお兄ちゃんに死なせようとしてる、なんて思ってる?」
もちろん実質そうであることに変わりはないのだが、スニェジカの筋書きでは違う。
「わたしね、お兄ちゃんもお父さんも、叔父さんとは違って嫌ってなんかいないわ。むしろ、一目見た時から大好きだと思っていたわ!何故かは分からないけれどね」
スニェジカはそっと立ち上がり、エルベに近付くと--優しく、頭を撫でた。それはほんの数日前なら、逆転していた光景だった。
「お兄ちゃんは自分から、つらい!って、役目を捨てたい!って、わたしの元に来たのよ。かわいそうに、こんなになるまで思いつめて」
お兄ちゃん、お願いだから自分を傷つけようとするのはやめて。そう言ってそっとその刃を下げさせる。
「茶番はいい、お前が操ってるんだろ?分かってるんだ」
きっ、とヒイロがスニェジカを睨む。スニェジカは一瞬ぽかんとしてから、なぁんだ、こういう時は調子を合わせてくれるものじゃないの?と不満げな表情に変わった。
「いいわ、折角だから全部教えてあげる」
兄が好きだからこそ、スニェジカは考えた。その役目から兄を解放してあげたい。きっと兄は本心では重圧に苦しんでいるはず。
それは、考えというよりは「そうであって欲しい」という願いに近かったのかもしれない。そして、その根底には少なからず『いもうと』の気持ちもあったのだろう。
「叔父さんのことは利用させてもらったわ。叔父さんが狙ってるとでも言えば、兄さんを隠せる理由になるかなって思って」
語るスニェジカを睨み続けながら、ヒイロは一歩後ろのサヨに、あることを尋ねていた。
星の天使 花森 待音 @Machi-Hanamori
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