第24話

隈が出来ていた。ヒイロの目の下にだ。作業はなんとか終わったものの、エルベの事が心配なことと、照り続ける光とがあって、とても眠る気にはなれなかった。

「良かった、ちゃんと完成したよ・・・・・・」

良かった、と言う彼の言葉にはいつもより更に力が無い。完成したその「鎧」を身につけたエルベも気が気でない様子だった。

「ああ、これで大丈夫だ。だからヒイロ、君は休め。君が乗ってきたあの物体の中でなら休めるんじゃないのか?なに、目が覚めた時には良い報告をしてやるから、心配はいらないさ」

今日はスニェジカも、向こうで迎え撃つ準備をしてくれているからな、とエルベは幾らか出会った時より柔らかい表情で言った。

それでも頑なに休息を取ろうとしないヒイロと、それに手を焼き不機嫌そうなサヨに、エルベは苦笑しながら緑の触手を片方ずつぺたりと額にあてがった。


「仕方ないな、無理にでもリラックスしてもらうぞ」

エルベがそう言うと、不思議とヒイロは眠気を感じはじめていた。一方のサヨは、いつもとさほど変わらなく見える。エルベはサヨの反応を見て驚きつつも、この子はそういえばいつもリラックスしていたか、と一人合点していた。

「この触手に共存している植物には、気持ちを落ち着かせる効果があるんだ。あの叔父には効かないけど、きっと今のヒイロならばぐっすり眠れるだろう。あの物体までは僕が運んでいくから、その後は頼んだよ。」

その時にはもう、ヒイロは年相応のかわいらしい寝息を立てていた。サヨはこくりと頷き、小さな歩幅で歩み出す。それを見てエルベは、サヨの歩く速さに合わせてヒイロを運んでいく。

船の中にヒイロを起こさないようにゆっくりと下ろすと、エルベはサヨがいることを確認して、「絶対にここにいるんだよ」と念を押してから素早く外へ飛び出した。


爽やかだが、僅かに甘みを含んだ香りがする。あの食事のときに漂っていた甘い香りに、どこか似ていた。

サヨがそれを、エルベの触手に宿る植物の香りだと認識したその瞬間、リラックスしているとは思えないほどに素早く一つの考えが導き出された。


もしこれが本当だとした場合、エルベが危険だ。ヒイロには申し訳ないが、すぐにでも起こしてヒイロの元へ向かわなければ!

「ヒイロ、おきて!!エルベがあぶないの!!」

懸命にヒイロの体を揺する。しかしエルベが言ったとおりヒイロは、眠り始めて少ししか経っていないにも関わらず、すっかり深い場所まで潜っているようで、なかなか目を覚まさない。

サヨは叫んだ。なかなか話さないあのサヨが、大きな声を出した。


「わるいのはきっと」--



大口を叩いて来たな、と思う。実際彼らから離れた途端、体が小刻みに震えだした。らしくないなあ、自分は一族を導く「最強」にならなきゃいけないというのに。エルベはぐるぐると変わる景色と同じような心模様に戸惑っていた。そろそろ叔父の呼び出し場所に着く。あれこれ考えるのは止そう。と首を振る。

叔父はエルベのことを、彼らの住処の一部屋に呼び出した。真っ白な、何も無い一部屋に、だ。

心を決めよう。廊下を駆けて、その部屋の前に立つ。ゆっくりと戸に手をかけ、部屋に入り込むと、そこには--誰もいなかった。

あれだけ強く自分を保ってきたのに、拍子抜けしたという表情をしてただ立ち尽くしていると、ほのかに甘い香りが漂ってきた。自分の触手に宿る植物の香りと、同じような香りがある・・・・・・。

警戒が緩んでいたエルベは、その香りにあっさりと呑まれてしまった。心地良い気分に、段々と何も考えられなくなってくる。

抵抗しなければとは思っても、何もかもが自分自身の言う事を聞かず、とうとう意識は完全に濁りきった。自分は、何をムキになっていたのだろう。この優しい何かに、身を任せて、何もかも投げ出してしまおうか。


「--よかった、ちゃんと効いてる」

どこからともなく現れたその幸せな夢の主は優しく微笑んだ。

ここまで来ればもう分からないとは言えまい。そう、叔父を影で操っているであろう黒幕とは、彼女--スニェジカのことだった。

「兄さん、そのまま私の言うことを聞いて」

スニェジカは考えることを放棄したエルベの片手を、服に触らないよう器用に避けながら握る。サヨがヒイロにしたのと、全く変わらないように。そしてもう片方の手で鋭く尖った石を取り出して、彼の手にそっと滑り込ませ、しっかりと握らせた。


「それを自分の喉にあてるの」

そう言うと、不思議なことにエルベの手がゆっくりと持ち上がり、刃を自らの喉に向けぴったりとあてた状態で静止した。

「そう、それでいい」

スニェジカの背の小さな窓から差し込む光と、一面の白のその部屋で、優しく可愛らしい妹は自分のお願いを聞いてくれた兄に向かって心から喜ばしいという表情をした。

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