終章 めでたしめでたし、その先に



「そういや進路希望調査票出しなおしたんだって?」


 学校帰り、ツヅラがそう尋ねてきた。


「うん。やっぱり目指してみたいと思ったんだ。じいちゃんみたいな……いや、じいちゃんを超えるような花咲師はなさかしをさ」


「良いじゃん。灰慈ならなれるよ、俺はそう思ってる」


「テキトーだな」


「そんなことない。俺は面倒は嫌いだから、無責任なことは言わないようにしてるよ」


 ツヅラはそう言って笑う。




 水川のお母さんのお葬式から一ヶ月くらいが経っていた。黒柳に頼まれていたクラス委員の仕事は一通り片付き、僕は晴れて帰宅部という肩書きを取り戻した。いつも通りの日常。


 変わったことと言えば——水川が学校をやめた。


 隣の県に住んでいるお父さんと住むためだから、仕方ない。お葬式の後の対応とか引越しの準備とかでバタバタしていたのか、結局あの日以来一度も会わないまま彼女はこの街を去ってしまった。




「しっかし残念だったなぁ、まさか初恋と初失恋を同時に経験するなんてさ」


「ちょっ! 別に水川のことは好きとかそういうんじゃ……!」


「その割には顔赤いよ、灰慈」


「というか振られたわけでもねーし! そ、そりゃ確かに何の連絡もなくどっか行っちゃったけどさぁ……」


「まぁまぁ、あの水川の笑うとこ見れただけでいい経験になったんじゃない? うん」


「だから終わったことにするなぁぁぁぁ!」



 僕がツヅラを蹴ろうとすると、彼はひょいと避ける。いつの間にかもう家の前まで来ていた。桜庭花店のドアがガラッと開き、ご立腹な母さんの顔が。



「こら灰慈! あんまり店の前で騒ぐんじゃないよ! ご近所迷惑だし商売の邪魔!」


 そういう母さんの方が声が大きい。


「いいからさっさと来な。今日から新しくバイトの子雇うことにしたから」


「バイト?」


 母さんは店内の方に声をかけた。そうして出てきたのは……





「水川!?」





 僕の声は思わず裏返る。Tシャツの上に花屋の黒いエプロンを着た水川が、恥ずかしそうに下を向いていた。


「あれ、知り合いだったのかい。わざわざ隣の県から通いたいって言うから、何かあるのかと思ったけど」


 ツヅラはニヤニヤとしながら「桜庭アマゾネスがまた一人増えた」なんて呟いている。騒ぎを聞きつけたのか、炭蓮すみれとクララが店の中からこっちの様子を伺っているのが見える。店の奥ではばあちゃんが大きな声で野球中継に文句を言っているのが聞こえる。


「な、なんで水川がうちで……」


 僕が尋ねると、水川はぷいっと顔をそらして小さな声で言った。







「だって……あんたの近くにいないと。届けてくれるんでしょ、花」







 黒いショートヘアからのぞく耳は、夕日みたいに真っ赤に染まっていた。






——彼女に振り回される日々は、まだこれからも続いていきそうだ。







—end—



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