第7話 雨、駆ける夜



***




「はぁっ、はぁっ……はぁっ」




——気づけば私は、その部屋を飛び出していた。


 辛気臭いあの場所から飛び出して、走って、走って、走って。




「っ!? 痛……」




 商店街の道路のタイルで足を滑らせて転んだ。思い切りぶつけた膝がズキズキと痛い。じんわりと広がる熱。血が出てるかもしれない。でもそんなこと、今はどうだっていい。


 いつの間にか外は雨が降っていたようで、当然傘なんて持たずにただ走ってきたから、服も靴もじわじわと雨水にひたされていく。




「ふっ……ふふ……あはははは! 何してるんだろう、本っ当に……」




 自分の馬鹿さ加減に、呆れて、絶望して、涙なんかより先に笑いが込み上げてきた。


 あそこにいたって私には何もできない。そのことを思い知らされるのが怖くて、何かできることを探すつもりで、いやそれは建前で、とにかく逃げ出したかったのだ。




——どうすれば助かるかなんて、分からないのに。




 足を止めると目から涙が溢れ出てきてしまいそうだった。痛む方の足を引きずりながら、雨が降る夜、誰もいない商店街の通りを歩く。



(誰か、誰か、誰か……)



 雨なのか自分の涙なのか分からない雫が乱れた髪を伝って落ちてくる。わずらわしい。水滴を払うように、首を横に振る。今、私は何を考えた? 誰か、なんて言っちゃいけなかったのに。私も、お母さんも、甘えてはいけなかったのに。




——二人で生きていくって、そう誓ったのに。




 ほとんどがすでに店じまいをしている商店街の中で、一軒だけまだ明かりがついている店があった。その奥から聞こえる談笑。民家と隣接してるんだろうか。幸せそうな家族。もし今私の手元にナイフがあったのなら、飛び込んで行って全員の胸に突き刺してしまいたいくらい、憎い。とはいえ、そうするほどの気力も今はがれてしまっているのだけど。


 そんなことを思って、私はふとその店の看板を見た。




「確か、ここって……」





 桜庭花店。


 私のお母さんに似てお人好しの、大バカの家。





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