第6話 白紙の進路希望調査票



 やっぱり水川はあんなバイトするべきじゃない。


 お母さんに会って、僕の中でその思いは確信に変わっていた。学校で会ったらハッキリ伝えてやる——そう思っていたけど、それから二週間くらい水川は学校に来なかった。休み時間、空席の水川の机に誰かが腰かけて他のクラスメートと談笑しているのを見ると、まるで彼女はこのクラスの中にいなかったことになっているみたいで、誰が悪いというわけではなくむしろ水川の自業自得な面は大きいけど、僕はなんだか気分が落ち着かなかった。


「なぁ灰慈、あれ書いた?」


「あれ?」


 僕が聞き返すと、ツヅラが呆れた表情で言った。


「進路希望調査票だよ。7月の三者面談までに出せってやつ。あれ一応今日が締切日なんだけど」


「あ、そうだったっけ」


 僕はスクールバッグの中を漁った。ぐしゃぐしゃになった進路希望調査票が出てきた。それを見てツヅラはぷっと笑う。


「ひどい扱いだな。ま、お前はそんなに悩む必要もないか。花屋継いで花咲師はなさかしになるんだろ」


 記入しなきゃいけないのは、文理選択の希望と将来どんな職種に就きたいかの二項目だ。確かに花葬はなはぶりをする前の僕なら、何も考えずに埋められたと思う。


「……分からない。正直悩んでる」


「あれ、そうなの?」


「ツヅラはどうすんのさ」


「俺? とりあえず大学に行くつもりだよ。今の成績ならそこそこ良いとこ行けそうだし、俺は親父みたいな警官になるよりは研究者になりたいんだ」


 そう言ってツヅラはひらりと自分の進路希望調査票を見せてきた。理系に進んで生物系の——おそらくスズメの——研究者になるつもりらしい。


「はは、ツヅラらしいや」


「そういうお前はらしくないな。じいちゃんに憧れてたんじゃなかったのか? こないだ初めて花葬りやったって聞いたけど」


「スズメに聞いたんなら、僕がそこで失敗したのも知ってるだろ。花葬りを何のためにやるのか分からなくなったんだ。じいちゃんみたいに無差別に依頼を受けるなんて、今の僕にはできる気がしないよ」


 ツヅラはふぅんと言っただけだった。ツヅラは面倒くさがりだから、僕から相談しない限りはこれ以上干渉してこない。それを知っているからこそ、僕はこの話題を続ける気はなかった。誰に聞いたって答えが分かるような話じゃない。もう少し自分で考えてみたかった。きっとじいちゃんもそうやって一人で悩んだんじゃないかな……なんとなく、そう思ったから。




「そういえば水川ってなんで休んでるか知らない?」


「さぁ? 聞いてみるか」


 ツヅラは教室の窓を開けた。すぐにスズメが一匹こちらまで飛んでくる。ツヅラがぱくぱくと聞き取れない音で何かを伝えると、スズメはチュンと鳴いてどこかに飛んで行った。相変わらず便利な能力だ。


「にしてもお前が水川のこと気にかけるなんて。もしかして好きになったとか」


「ち、ちっげーよ! そんなんじゃないって!」


 フランス人ハーフの整った顔がニヤニヤとこちらを見てくる。自分は女子にあんまり興味がないくせに、他人の話には首を突っ込んでくるのだ。


 それにしても水川を好きになるなんてありえない。あんなの僕のタイプではないし、水川の方も僕のことをむしろ嫌ってそうだし。


 そりゃ確かに、水川のお母さんから聞いた話はちょっと意外だったけど。







 放課後、僕は教室に残って黒柳に頼まれた書類の整理をしていた。今度の三者面談に向けて、クラスメートそれぞれの提出物の状況とか、部活での成績とかを冊子にまとめる必要があるらしい。こんなの僕がやっていいのかという気もするけど、黒柳は「お前なら大丈夫」と言って丸投げだ。


「灰慈、先生の手伝いもう終わりそう?」


「うん、あと少し」


 自称・野鳥観察会の活動が終わったのか、ツヅラが教室に戻ってきた。


「なら一緒に帰ろうぜ。あ、そうだ。水川のことだけど、スズメから報告あったよ」


「なんて言ってた?」


「あいつ今停学になってるんだって。二週間くらい前に外部から水川がバイトしてるって密告があったらしい。ザマス先生がここぞとばかりに食いついて停学処分を主張するもんだから、職員室で抗議できる先生がいなかったみたいだ」



——ん、待てよ。


 二週間くらい前っていえば、時期的には僕たちが怪しい男に絡まれてる水川を見つけた日と被る。



「……なぁ、もしかしてそれって僕たちのせい? あの日制服着たまんまだったしさ」


「僕って言うな。あの男に恨まれたとしたら灰慈、お前のせいだろ」


「うっ、確かに……。半分八つ当たりになっちゃったしなぁ。水川にまた嫌われたかも」


 ちょうど手元にあるのは水川に関する書類だった。証明写真の中の彼女が鋭い眼差しで僕を睨んでいるような気がする。こんなんじゃ次に顔を合わせた時にまともに会話できるかも怪しいな……そう思いながらなんとなく書類を見ていると、誕生日の欄でふと目がとまった。




「あれ、この日付どこかで見た気が——」




 僕がその日付の意味を思い出すのは、もう少し後のことになる。





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