第1話 人間国宝・15代目花咲師



「はいよっと」


 僕は商店街の一角に構える団子屋の焼き網の下、燃え尽きた炭に手をかざす。すると炭の下に溜まっていた灰がふわっと浮き上がり、朝日に照らされてきらきらと銀色に光った。やがて光の粒は結集していって——灰だったものは小さな白い花弁となり焼き網の下を埋め尽くした。


「おおおお! さすがだなぁ、人間国宝さん!」


「や、やめてよ、その呼び方恥ずかしいんだってば」


 思わず顔が赤くなり、僕は団子屋のおっちゃんから顔を背けた。


 人間国宝——国が定めた重要無形文化財の保持者のこと。能楽、和楽器、陶芸など数々の伝統技能の保持者が対象になる中で、一風変わっているのが"御伽術師おとぎじゅつし"という部門。この国にはまれに、おとぎ話に出てくるような不思議な力を持った家系が存在する。僕の家、桜庭さくらば家はそのうちの一つなのだ。そしてその家系に生まれて力を継承している者のことを総じて御伽術師と呼ぶ。そう、僕は『灰を花に変える力』を持つ、15代目花咲師はなさかしなのである。


 ……と仰々しく自己紹介をしてみたけれど、僕の花咲師の力なんて日常的には団子屋のおっちゃんの灰掃除くらいにしか役に立たないわけで、それ以外は至って普通、大事なことなのでもう一度言おう、僕は情けないくらいとにかく普通の高校生である。


「まぁまぁ、そんなむくれんなや灰慈はいじ。ほれ、いつもの」


「……ありがと」


 団子屋のおっちゃんの灰掃除を手伝う代わりに、僕は報酬として焼き立ての団子を受け取る。


「おはよう、灰慈」


 住宅地につながる路地から商店街に出てきた、同じブレザーの制服。しかし身長がギリギリ160cm台に収まっている僕と、今年の健康診断で180cmを超えた彼が着た制服では、まるで同じデザインのものだとは思えない。あくびをしながら歩く彼の周りには何匹ものスズメたちがチュンチュンと群がっていた。


「おはよう、ツヅラ。今日もモテモテだな」


 僕は少し皮肉を込めて言ったつもりだったが、彼はフランス人の母譲りの端正な顔つきを崩さずに答える。


「おう、羨ましいだろ。お前も相変わらずマジックみたいな力だこと。どうせならもっと派手な花にすりゃいいじゃん、バラとかさ」


 ツヅラは団子屋の焼き網の下を覗いて笑った。


「前も言ったろ、好きな花を咲かせられるわけじゃないんだよ。灰になる前のものの性質とかに左右されるんだってば」


 鳥飼とりかいツヅラ——僕の幼馴染であり彼もまた人間国宝・14代目遣雀師つかいすずめし。僕の家が花咲か爺さんのモデルであるならば、彼の家は舌切り雀のモデルである。


「どのみちバラはうちの店にはちょっと合わないだろ、ツヅラ。ほら、お前の分もあるぞ。あとスズメちゃんたちのも」


「ありがとうおじさん」


 ツヅラは団子の串を二本受け取ると、一本は肩に乗るスズメに差し出す。スズメは野鳥とは思えないほど行儀よく団子をつついた。


 すると、また別のところから一匹のスズメがツヅラに向かって飛んできた。団子に引き寄せられたのかと思ったが、そのスズメはちょこんとツヅラの頭の上に乗ってリズミカルに鳴く。ツヅラはその鳴き声に答えるように口をパクパクと動かす。音は聞き取れない。ツヅラの家の遣雀師の力とは『スズメと会話できる力』なのだ。ツヅラがうんうんと頷くと、頭の上に乗っていたスズメはどこかに飛んで行った。


「やべぇよ灰慈。今日はザマス先生が校門に立ってるって」


「げ、マジか」


「ザマス先生、お前の髪の毛の色大好きだからなぁ」


 そう言ってツヅラは僕の髪を軽く引っ張る。僕の髪の色は生まれつき薄いピンク色。花咲師の力を持つ子はなぜかこの髪の色で生まれてくる。先代のじいちゃんの髪も、同じ色をしていた。


「捕まったら面倒だな……ツヅラ、走ろう」


「オッケー。じゃあ行ってきます、おじさん」


「おう! 行ってらっしゃい!」


 団子屋のおっちゃんが笑って手を振っているのを横目に、僕とツヅラは走り出した。








「早くなさい! 始業まであと10分ですよ!」


 校門の前に甲高い叫び声が響き、生徒たちはわたわたと駆け足で校門をくぐり抜けていく。ぴっちりとした暖色のスーツに、トサカのように立った前髪。彼女は座間澄子ざますみこ先生——通称、ザマス先生。生徒指導に厳しく、一度目をつけられると30分はお説教確約だ。僕も入学したての一ヶ月前はしょっちゅうこの髪のせいでお説教をこうむった。未だに生まれつきだってことを信じてもらえていないので、彼女の目を引く行動は極力控えている。


 僕とツヅラはなるべく他の生徒が固まっているタイミングに合わせて校門を抜けた。ザマス先生はこちらをちらりと一瞥いちべつしたが、何も言わなかった。なぜなら彼女は、後からやってきた一人の生徒に標的を変えていたからだ。


水川みずかわさん! 急ぎなさい!」


 その名前を聞いて、僕とツヅラは後ろを振り返る。同じクラスの水川雪乃ゆきの。黒髪ショートヘアで、いつも一人でツンとしている一匹狼な女子。顔はキレイだけど、僕は彼女が笑っているところを見たことがない。


 四月は男子たちが下心むきだしで彼女に果敢に話しかけにいったものだけど、全員あっけなく玉砕した。一方で女子というのは勘が鋭くて、初めから水川をグループに誘おうとするものはいなかったし、その方が水川も居心地がいいらしかった。そういうわけで、たった一ヶ月の間に彼女はクラスの中で浮いた存在になった。


 水川はザマス先生に注意されたにも関わらず、ゆっくりとした歩みを変えない。もう校門の外に残っているのは彼女だけだ。校門をくぐり抜けた生徒たちは固唾かたずを呑んで二人の攻防を見守っている。


「水川さん! 早く! 遅刻になりますよ!」


 先生がキーキーと叫ぶ。耐えかねたのか、水川はすっと顔を上げて不機嫌そうな顔でぼそりと呟いた。




「うるさいな……自分は時代遅れのくせに」




 様子を見ていた上級生の一人がヒュウと口笛を吹く。ザマス先生の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていった。


「んななななななッ!? 先生に向かって、なんってことを!!! ちょっとこっちへ来なさい!!!」


 もう一オクターブ高い声で叫んだザマス先生は、水川の細い手首をむんずと掴むと彼女を生徒指導室の方へと引っ張っていく。二人がその場からいなくなると、まるで見世物が終わったかのように校門のそばにいた生徒たちは散り散りになっていった。隣にいたツヅラはふぅと溜め息を吐く。


「あーあ、水川やっちゃったな。"時代遅れ"はバブル世代には禁句なのに」


「本当だよ。普通、思ってても面と向かって言わないよな。あいつやっぱ変なの」


 僕もツヅラに相槌を打ち、教室へと向かう。


 水川はこの後お説教されてからホームルームに遅れてやってきて、何事もなかったかのように自分の席に着くのだろう。そしてきっとその事情を聞くクラスメートは一人もいない。それが僕たちの日常で、そのバランスを崩さないように丁寧に生きることが、学校生活を一番楽しく過ごすコツなのだと思っていた。




 そう、この時の僕はまだ……水川のこと、何一つ分かっていなかったんだ。



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