第4話 一揆

 人は生まれながらにして平等かと問われたら、何と答えるだろうか。

 平等だと答える者も中には居るだろう。

 しかし、おそらくは大多数の者が不平等であると答える筈だ。


 あるべき論は兎も角、現実問題として人は不平等である。

 王家に生まれた者、貴族の家に生まれた者、商人の家に生まれた者、農村に生まれた者……それぞれが予め決められた範囲での人生を歩む。


 農村に生まれた者は朝から晩まで働き、僅かな作物を糧にする。

 しかし、それすらも領主や王家に税として取り上げられてしまう。

 そんな仕打ちを受けて農民たちは何もしないのか?

 しないのだ。

 何故なら、彼らにとってそれはずっと当たり前のこととして行われており、そういうものだと親から子、子から孫へと継がれてきたのだ。


 故に、虐げられようとも搾取されようとも、農民は領主や王家に牙を剥いたりはしない。

 ……限界を超えなければ、の話だが。


『どうしてこうなった』

「あ、あはは……」


 目の前の光景に思わず漏れた地蔵の呟きに、ソフィーヤは苦笑するしかなかった。

 彼女達の目の前には地蔵がこの村に訪れた時の十倍近い人が居る。

 勿論、この短い期間で子供が生まれて人口が増えたわけではない。

 近隣の、あるいは少し離れた村から救いを求めて移住してきた者達だ。


 地蔵が訪れた村で奇跡が起こったこと、そして領主の徴税人を追い払ったことは近隣の村にも知れ渡っていた。

 それを聞いた各村は義憤によって助太刀に参上した、わけでは勿論ない。

 ソフィーヤの村と同じように他の村々も困窮しているのだ、そんな余裕はあるわけもない。

 では、何故集まったのかと問われれば、自分達も救ってほしいという願望と、この村が領主軍によって攻め滅ぼされたら明日は我が身だからだ。


 勿論、ソフィーヤの村にはこれだけの人数を収容するような場所はないため、急いで小屋を建てている。

 食糧問題もあるかと思ったが、そちらについては各村が持参した種と地蔵の法力で何とかなっていた。


 生活については仮住まいさえ完成すれば急務ではなくなるが、問題はそれ以外の部分、具体的には対領主に関してだ。


『これでは一揆になってしまうな。

 あまり好ましいことではないのだが……』


 人を救済するのが自身の務めだと認識している地蔵にとって、戦や一揆などは忌むべきことだ。

 何故なら、そうやって武器を向ける相手もまた人であり、地蔵にとっては救うべき対象だからだ。


 とはいえ、搾取されて困窮している村人達には他に方法が無かったのも事実であるし、それを否定するつもりはない。

 地蔵としては、飢饉であるにも関わらず追加の税を取り立てようとした領主に説教をして丸く収まれば万々歳だと考えていた。

 しかし、この状況では最早それで済む話ではなくなってしまっている。


「そ、村長さんに戦いを止めて貰うように頼んでみましょうか?」

『いや、それも無理であろう。

 事ここに至っては、一つの村の村長が異を唱えても何も変わるまい』


 現在、この村……いや、反領主の拠点の運営は移住してきた各村の村長の合議によって行われている。

 勿論、最初にあった村の村長の発言力は頼ってきた他の村の村長よりは大きいのだが、首魁というわけではないのだ。

 仮に村長が戦いの中止を提案しても、他の村の村長は頷かないだろう。


『それに、ここまで話が大きくなってきてしまえば、領主の方も引くに引けまい』

「それは……」


 ただの村娘である上にまだ幼いソフィーヤには難しいことは分からないが、少なくともこの状況で何も無かったことには出来ないということは理解出来た。


 実際、この村と徴税官のいざこざだけであればそこまで大きな話にはならない筈だった。

 歯向かったといっても小さな村が一つであれば、精々数人の騎士が派遣されてくるだけだっただろう。

 それであれば地蔵だけでもどうにか出来た筈だし、そのやり取りを通して領主に心変わりを迫ることも出来たかも知れない。


 しかし、複数の村の連合による領主への反抗にまで発展した今となっては、村人達が戦う姿勢を止めたとしても領主の方がそれでは済まないだろう。

 他の地の領主への体面もあることだし、「やめましょう」「分かりました」では終わる筈がない。


「ジゾゥ様……」

『ふむ、このまま何もしなければ戦いが始まってしまいそうだからな。

 一度皆と話してみるべきだろう』

「分かりました!

 村長さん達を呼んできます!」


 地蔵の言葉を聞いたソフィーヤは、集会場で話し合いをしている村長達を呼びに行った。

 程無くして、各村の村長がやってきた。

 否、それだけではなくこの拠点に居る者達の内、見張り等で持ち場を離れられない者以外は皆、中央の広場に集まってきた。


「ジゾゥ様、何やらお話がおありとか」

『うむ』


 地蔵は社から浮き上がり、集まった皆の顔を見回せる位置に移動した。


『今、皆の中では領主に対してどう戦うかを考えていることだろう』


 地蔵の話に集まった者達は不安そうにそれぞれ顔を見回せる。


「もしやジゾゥ様、領主との戦いをやめよ……と?」

『自らが生き残るため、採り得る手段を採ろうとしている者達を否定するつもりはない』

「そうですか、それは良かったです」


 不安そうに告げてきた村長の一人の言葉を、地蔵は首を横に振れないので身体ごと振って答える。

 その言葉に、話し合いをしていた村長達がホッと安堵したような表情になった。


『ただ、一つだけ忘れないでほしいことがある。

 それは、領主や徴税官もまた人であると言うことだ』

「領主や徴税官も人?」

「それは……どういう意味でしょう?」

『皆には敵にしか見えないかも知れんが、領主や徴税官もまた我が救う対象だと言うことだ』


 その言葉に、集まった者達に言い知れぬ衝撃が走った。

 虐げられてきた農民達にとって、自分達から僅かな作物を搾取する領主や徴税官は、地蔵の言った通り敵としか考えていなかった。

 それを、自分達を助けてくれた地蔵は彼らも助けるべきだと言う。


 地蔵は彼らを裏切ったのだろうか。

 いや、そうではない。

 地蔵は遥か高みにあり、その高みから見れば領主も農民も等しいと言うことなのだろう。


 それは、世の階級の下層に位置付けられていた彼らにとって、太陽が東から昇る程の衝撃だった。ちなみに、この世界では太陽は西から昇る。

 領主に反抗しようとしていた彼らだが、自分達が領主と対等などと考えたことはなかったのだ。

 衝撃が過ぎ去った後、言い知れぬ熱が彼らの胸に宿る。

 人々はその熱のままに、声を上げた。


「……………お……」

「……………おおお」

「おおおおーーー!」


 一人、また一人と歓声を上げて行き、最後には集まった者全てが咆哮していた。


「やはりジゾゥ様は素晴らしい御方じゃ!」

「ありがたや、ありがたや」

「何処までも着いて行きます、ジゾゥ様!」

『ぬ?』


 想像と異なる反応に地蔵が首ごと身体を傾ける。

 地蔵の予想では、あくまで領主の打倒に拘る者達を粘り強く説得することになると思っていたからだ。

 しかし、皆は反発するどころかその場で跪いて地蔵を拝み始めたではないか。


「ジゾゥ様を信じるのじゃ、さすれば救われる」

『いや、救いを求められれば全力を尽くすつもりだし間違ってはおらんが』

「おお、ジゾゥ様。どうぞこの世をお守りください」

『いや、我は道祖神由来なのでその地しか守れんぞ?』

「皆、ジゾゥ様の素晴らしさを他の者達にも伝えよう!

 領主だってジゾゥ様の教えを受ければ改心するだろう!」

「それはいい!」

「そうしよう!」

『聞かんかい』


 救済を旨とする新興宗教、ジゾゥ教の誕生である。


『どうしてこうなった』

「あ、あはは……」

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