第3話 徴税官

 地蔵が来てからと言うもの、村は復興の一途を辿っていた。

 畑に作物がなるようになっただけではない。

 それによって希望を得た村人達は、これまで修復もせずに朽ちるに任せていた家を修理し、道の雑草を抜いて整備を行った。

 余裕がない時には向けられなかった所に目が向けられるようになったおかげだ。

 荒れ果てていた家も道も畑も、見違えるように綺麗になってゆく。

 復興どころか、一部においては飢饉が襲う以前よりも栄えていた面もあるかも知れない。


『ふむ、中々よい社だ』


 地蔵はそんな村の中心に立っていた。

 野ざらしではなく、村人達が地蔵のために建てた小さな社の中だ。

 村人達は余裕が無いながらも村を救った恩人である地蔵にもっと大きな建物を建てようとしていたのだが、他ならぬ地蔵が断ったのだ。


『我の身体が入る程度の大きさの社があれば十分だ。

 豪奢な建物など要らぬ。

 雨風が凌げれば、それで良いのだ』


 村人達は自分達の負担を考えてくれたであろうこの慎ましやかな恩人に感謝しつつ、地蔵の望むまま、人の等身よりも小さなこの社を建てた。

 しかし、小さいとはいえ彼らの思いを籠めた、それは素晴らしい社だった。


 なったばかりの作物をお供え物として受け取り、地蔵は村の中心地から彼らを見守る。

 村人達はそんな地蔵の加護に感謝しながら、村を栄えさせるために各々が自分達に出来ることを精一杯にやろうとしていた。

 全てが良い方向へと働いていた。


 しかし、そんな村に新たな災いの種が降り掛かろうとしていた。


『ぬ?』


 ある日、村の入口の方から一人の村人が走ってきた。

 地蔵はその必死の形相からただならぬ様子を感じ取り、意識を傾ける。

 果たして、その村人は村の中心まで来ると、村にとって危難となり得る急ぎの報せについて叫んだ。


「りょ、領主の遣いが来たぞ!?」

「そ、そんな……この前税を払ったばかりなのに、また取り立てる気なのか!」

「折角、ジゾゥ様の御力で作物がなったと言うのに、全部持って行かれるのか!?」


 男がもたらした知らせに、騒然となる村人達。

 基本的に、領主は村に対して何かをしてくれるということはない。

 配下の徴税官が来て、彼らから出来た作物を取り上げていくだけだ。

 領主の遣いとは村人達にとって飢饉と同じような災厄でしかない。


 村の入口から長い毛を持った獣に跨った男達が数名入ってきて、彼らの前に停まった。


「村長は居るか!」

「は、はい……この村の村長はワシですが」


 獣に跨った数名の男達の中から、一際立派な服を着た男が一歩前に出ると、村人達に向かって居丈高にそう問い掛ける。

 畑の前に集まっていた村人達の中から、杖を突いた一人の老人が前へと進み出た。


「この度、領主様の命により追加の税を徴収することとなった」

「そんな!? この前税を払ったばかりではないですか!?」


 村長に対して、男は獣に跨ったまま見下ろし、そう告げてくる。

 その言葉に、村長は悲痛な叫びを上げた。

 基本的に税を徴収するのは年に一度だ。

 収穫の時期の後、その年に出来た作物の内、何割かを領主配下の徴税官が持って行く。

 しかし、何らかの事態が発生した時には追加で税の徴収が行われることがある。

 そうなると、村人達は生活のために溜め込んでいた備蓄から支払うしかなくなる。

 追加の税を取り立てられることは、その年一年間苦境に陥ることを意味するのだ。

 ましてや、今は飢饉によってただでさえ備蓄が枯渇しかけている状態なのだから、死活問題だ。


「魔王の軍勢と戦うため、軍備を整える必要があるのだ。

 貴様らを守るためでもあるのだから、大人しく従え。

 ……む? 向こうに見える畑には作物がなっているではないか!

 これだけあれば支払えるであろう」


 村長の反論に対して説明する男は、ふと前方にある畑に沢山の作物がなっているのを見付けた。

 先日、彼が同じように徴税に来た時には完全に枯れていた筈の畑にこんな短期間で作物がなっていることに多少の違和感はあるが、今はその原因よりも思わぬ成果を逃さぬように取り上げることが大事だった。

 元よりこの村には大して備蓄も無いと考えていた男は、最後の最期に絞り取ろうと思って訪れたのだが、予想外の大漁にほくそ笑んだ。

 領主もこの村からの徴収にはそこまで期待はしていまい。

 予想以上の収穫の一部を彼が懐に入れたとしても、気付くことはないだろう。

 脳裏に浮かんだ欲を隠しながら、男は村長へと重ねて命令した。


「あの作物を収穫して税として差し出せ。

 これは領主様の命令と思え」


 男はその作物を収穫して差し出すように告げるが、村長はそれを何とか拒もうと懇願する。


「そ、そんな……やっとなった作物なのです。

 これまで取り上げられたら、我々は餓死してしまいます!」

「やかましい! 貴様、領主様の命に逆らう気か!」

「そ、そのようなことは……っ!

 しかし、これ以上は本当に無理なのです!」

「ええい、差し出せと言ったら差し出さぬか!」


 男は声高に命に従うように告げるが、一向に従う様子を見せない村長。

 村人全員の命が懸っているのだから、村長が必死になるのも無理はない。

 しかし、そんなしつこい村長に苛立ち、男は背中から剣を振り抜くと村長に向かって振り被った。


「村長ーーーー!」

「きゃあああぁぁぁーーー!?」


 村人が命の危機に晒された村長の姿に悲鳴を上げる。

 誰もが村長が斬り捨てられて落命する姿を脳裏に浮かべたが、そこに割って入る者が居た。


『待てぃ!』


 勿論、地蔵である。

 地蔵は男と村長の間に割って入り、村長の代わりに振り下ろされる剣をその身に受ける。

 しかし、堅い石で出来た上に法力で強化された地蔵の身体は、並みの剣では欠けることすらない。

 それどころか、斬り掛かった剣の方が甲高い音を立てて中程から折れ飛んだ。


「な、何だ貴様は!?」

『地蔵だ!』


 突然現れた地蔵の姿と剣が折れたことに驚愕する男。

 反射的に誰何したものの、そんな相手の言葉な端から耳には入らなかった。


「おのれ、化け物が!」

『化け物ではない、地蔵だ!』

「ええい、貴様ら!

 こやつを斬り捨ててしまえ」


 男が後ろに控えていた者達へ命令を出すと、背後の男達はそれぞれに剣を抜いて地蔵へと斬り掛かろうとする。

 しかし、それより先に地蔵が動いた。


『させぬわ、地蔵回転乱舞!』

「な、なに!?」

「ぐああああーーーー!」


 ソフィーヤを獣達から救った時に見せた縦横無尽の体当たり攻撃に、更に回転を加えた地蔵回転乱舞。

 それを受けた男達は乗っていた獣ごと弾き飛ばされて地面に叩き付けられた。


「ぐ、ぐうう……お、おのれ……」

『この村人達は地蔵が救うと決めた。

 何人たりともそれを妨げる者は、この地蔵が許さん』

「覚えていろ、貴様ら。

 この報い……高く付くぞ!」


 地蔵によって倒された男達はそう捨て台詞を吐くと、獣達を起こして這う這うの体で逃げていった。





「ジゾゥ様、危ないところ助けて頂き、ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 村長や村人達が地蔵に礼を告げる。


『構わぬ、全ては地蔵の定めのままに』


 鷹揚にそう返しながらも、地蔵は何処か満足そうだった。


「しかし、領主様の徴税官を追い返してしまって、大丈夫でしょうか?」

「なに、構うことはねぇ!

 どのみちこれ以上食べ物を持っていかれたら、みんなで飢え死ぬしかねぇんだ!」

「そうだそうだ!」

「だが、領主の兵が攻めてきたらどうする?」

「そん時はそん時だ、戦うしかないだろう!!」


 これまで鬱憤が溜まっていたことの反動で、村人達の口からは次々に過激な発言が飛び出した。

 中には不安そうな者も居るが、全体としては徹底抗戦の方向に進んでいた。


『ふむ、これからどうなることやら……』

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