第3話 ゲリラダンジョンでござる
空になった器を前に、満足そうにニンゾーはその痩せすぎにも見える腹を撫でた。こんなに細いのによくもまあ、二杯もにしんそばが入るものだ。
「そういえば主殿の名前はハトリであったか、名前の響きといい食べ物の趣味といい、主殿とは何かと縁がありそうでござるな」
「偶然とはそう言うものだろう」
と、俺は適当にはぐらかしておく。
ふう、やはり食後は熱い茶に限るな。
「それにしてもまだ昼の一時半でござるか。もう一度ダンジョンに潜るべきでござろうか」
言われてニンゾーが視線を向ける先を追った。そこにはこの雰囲気には似つかわしくない、デジタルな時計がかけられており13:31と表示されてある。まあ、あの時代にはコンパクトで正確な時計なんて流通してなかったし、かといってなければ不便なものだからな。そこはうまいこと現実とフィクションをすり合わせたのだろう。ただそれならデジタルはどうよと言いたくもなるが。まあ文句を言っても仕方がない。そうか、一時半、一時半ねと頭の中で反芻する。
ん? 一時半?
「……ところでニンゾーや。今日は何曜日だ?」
「うむ? 日曜日でござるが?」
俺は思わず立ち上がった。ひっくり返しそうになった器をニンゾーが冷静に支えながら、立ち上がった俺を見上げる。
「どうしたでござるか?」
「経験値ダンジョンが来てる。やばい、急がなくちゃ」
「経験値ダンジョン?」
「ニンゾー! 早く行くぞ、ほら、この後ならいくらでも休憩していいから」
「え? え? それはいいでござるが、よく事態がのみこめてないでござるよ」
「詳しくは行ってから話す! あ、お姉さんこれお勘定ね」
俺はコインを店員にきっちり渡して、ニンゾーの手をとり立ち上がった。おそらく、出現してるとしたらさっきのポータルがあった方角のはずだ。
時計を見ると、13:32。
間に合え!
俺はニンゾーの手を引いたまま、食後だというのに全速力で街を走った。
街の外、さっきのチュートリアルダンジョンのポータルはゲームと同じく、一度クリアすると消えてしまった。そして今はその位置に、先程とは違う色でポータルが開かれている。刻まれた文字もチュートリアルではない。
“ゲリラダンジョン、経験値を稼げ!”
移動時間もあったので、現在時刻は一時四十分ごろだろうか。
「初日にして出遅れてしまったか」
「これは、ちゅーとりあるとは違うでござるか?」
「とりあえず中に入ろう。そこで敵を倒しながら説明する。ちなみに今回は俺も一緒に敵を倒すから、時間一杯ここを周回するぞ」
「さっきはついたら説明すると言っていたでござるが」
「ここの敵を倒すと簡単に強くなれる。ただこのダンジョンに入れる時間は一時から二時に限られている」
「……ずいぶんとざっくりしているが、あいわかったでござる」
そう言って俺達は、今度はそろってポータルへと飛び乗った。
*
ゲリラダンジョン、それはプレイヤーごとに別の時間に、『突発的に《ゲリラで》』出現する特殊なダンジョンだ。今や様々なソーシャルゲームでも同じように実施されており、知る人も多いだろう。このタップ&ブレイバーズでも、それは当然取り入れられている。
ただ複数種類用意されている他のゲームと違い、このゲームのゲリラダンジョンは一種類のみ、経験値が普通の五十倍近く手に入る通称“経験値ダンジョン”だけだった。
まず前提として、このタップ&ブレイバーズというゲームはレベルアップが相当にシビアだ。
十レベルくらいまでなら通常のダンジョン報酬、合成システムだけで苦も無く上げることが出来る。だが次第に、レベルが上がるごとに指数関数的に必要経験値が上昇していき、しまいにはほぼ垂直、一レベル上げるだけで目もくらむような数の敵を倒す必要がでてくる。それを緩和してくれるのが他でもない、このゲリラダンジョンなのだ。
タップ&ブレイバーズでの主な経験値の入手方法は二つ、ダンジョンクリア時にパーティメンバーに平等に与えられるものと、キャラクター同士を合成して入手するものだ。このゲリラダンジョンではこのうち前者、ダンジョンクリア時の報酬経験値が増えることになる。
合成システムの利用できないこの世界でも問題なく機能し、大量の経験値を供給してくれるダンジョン。これほど今の俺達に必要なものはないだろう。
俺たちはこの世界にいつかやってくるであろう、強力な“ボス”の撃退を目標としている。そしてこのボス、非常に恐ろしいことにレベルマックスでも負け得るのだ。だからこそ少しでも強く、負けないように。
やはり、このゲリラダンジョンは外せない。
「と言うわけで、これをひたすら、時間一杯、倒さなくちゃならない、わけ、だっ、と」
「……むう、ずいぶん手ごたえがないが、主殿がそう言うなら間違いないのでござろう」
俺とニンゾーはものすごい速度で迫ってくる色とりどりのピー太人形を切り捨てていく。これがこのゲリラダンジョンの敵キャラクターであった。攻撃力も防御力もほとんどない。ゆえにどれだけ弱くても倒せる。
必要なのは、手数だけ。
そして俺達は全キャラクターの中でもずば抜けた素早さを持つ
あっという間にすべての敵を倒し切り、俺達はポータルへと帰還させられた。
「ふう、いくら弱いと言っても、あれだけの数がいたら少し疲労もたまるでござるな」
「よしもう一周だな」
「ござる!?」
なんだその叫びは。
「言っただろ、時間一杯だって。まだあと十分もあるじゃないか」
「で、でも万が一があればその時間を過ぎてしまうかもしれぬでござる」
「ああ、別に一時から二時にしか“入れない”ってだけで出ることはできるんだ。理想としては二時直前に戻ってきてもう一度入った瞬間に二時を過ぎる、というところかな」
「主殿は意外と鬼畜でござったか」
「でも強くなりたいだろ?」
「……それを言われると返せないでござるよ」
そういうところ、本当に面倒がなくていいぜ。
率先してダンジョンのポータルに飛び乗るニンゾーの後を追って、俺もゲリラダンジョンに侵入する。再び流れ込むような勢いでこちらにやってくる大量のピー太人形。
「それにしても、主殿もなかなか達者でござるな。戦闘は拙者に任せるのではなかったのでござるか?」
「ここじゃ倒しただけ平等に経験値が入るからな。本当は五人パーティで入るのが一番効率がいいんだが、まあ今はしょうがない。そのうち仲間が増えたらもっと簡単になるだろう」
「……もしやこれを毎日?」
「もちろんだ。大まかな計算だが、これでお前はやっと七レベルってところだろう。レベルは高くなればなるほど上がりにくくなるし、多分数か月毎日潜ってやっとレベルマックスになる感じじゃないかな」
「……ううむ、やっぱり強くなってる気はしないでござるが」
まあ、それには同意する。
手ごたえのない人形を切り続けて本当に強くなるのかと。
しかし、あの紙にも書いてあったようにここはタップ&ブレイバーズの世界だ。その法則、ルールがそのまま適用されていて、しかも親切にこんなダンジョンまで再現してるところを見ると、やはりレベルの概念はあるに違いない。
「まあ、あくまで基礎が高まるだけだ。本当に強いかはそれこそ本当の“経験”が重要になるだろうし、これ以外の普通のダンジョンにも挑戦しなくちゃな」
「……休みなしでござるか」
「いやもちろん休みもするさ。そうだな、効率を重視して朝に普通のダンジョンを一つ、昼食後の一時間にこのゲリラをひたすら周回するというのでどうだ」
「そう聞くとあまり大変そうじゃないでござるな」
「一人でダンジョンに行かせたりはしない。俺も一緒に回るんだから、無茶だけはさせないと約束しよう」
そう言うと、ほんの少しだけニンゾーのペースが上がった気がした。わかりやすい奴。よし、じゃあ俺もあまり気を抜いているわけにもいかないな。
飛んでくるピー太人形を的確に突く。
心地いいほど確かに、それは人形の心臓部であった。きらきらと光の粒子となりピー太人形は霧散する。
現代じゃこんな風に派手に、また物騒に体を動かすことはなかった。別に攻撃に快楽を感じるような変人ではないつもりだが、それでも思った通りの動きが適うとうれしくなる。
結局、ペースを上げた俺達は二時前にもう一周終えてしまい、時間ぎりぎりであったが追加でさらにゲリラダンジョンをめぐることになった。
*
「疲れたでござる」
「おい主の前で寝転がるなよ忍者」
茶屋の向かいの一軒家。そこが俺のために用意されたいわゆるホームだった。ニンゾーは帰ってくるなりその一階の大部屋の畳の上にごろんと寝そべった。放り投げた足がふすまを突き破りそうでひやっとするが、さすが忍者、器用に空中でピタリと止めて丁寧に折り曲げることで接触を避けた。
非常に無駄な身体能力の使い方だ。
「これだけ疲れさせたのは主殿でござるからな。これを礼に失するというのは少し違うのではござらんか?」
「そんな風に屁理屈ばかりこねてると師匠に“このたわけ”とか言われるぞ」
俺はそう言いながら、実際に自分の師匠のことを思いだしていた。
忍者の師匠、忍とは何たるかを教えてくれたあの人。
しかしニンゾーはその言葉に目を丸くするばかりだった。
「拙者に師匠はいないでござるよ」
「え?」
「拙者は幼少より一人で技を研いたでござる。だからこんな風に誰かと一緒に修行するのは初めてでござる」
俺はその言葉に、やはりこの世界はゲームなのだと思い知らされた。
変なところでかつての街並みを正確に再現しているかと思えば、実在した人物がいないことになっている。
いや、人物だからこそ、この世界に登場させられないのかもしれない。あの人は間違いなく、“伝説の忍者”なんて呼ばれたかつての服部忍三よりはるかに強かった。あの強さのまま登場させたら、彼は間違いなくスーパーレア以上の壊れキャラになるだろう。
しかし、もし今後このゲームでもステータスのインフレが起こるとしたら。
いつか彼も登場することになるのかもしれない。
俺はせいぜい、その時に師匠が女体化していないことを祈るばかりだ。
……フラグじゃないぞ。
「それじゃあニンゾーは今まで一人だったわけか。……ってか今までどんなことして暮らしてたんだ?」
そう尋ねるとニンゾーは視線を逸らす。
「……団子を食べたり、団子を食べたり、時々そばを食べたりして暮らしていたでござる」
「それ、収入ないだろ」
そうつっこむと、ニンゾーは顔が見えないように向こう側に身体ごと転がった。
その反応を見て、俺はああ、と思い当る。
「俺はどんなこと言われても引かないぞ」
「……本当でござるか?」
「ああ、もちろんだ」
そう言うとわずかに沈黙が訪れた。
しばらくして、小さく口を開く。
「……人を殺して収入を得ていたでござる」
その声からは後ろめたさが聞こえた。
そう、このころの俺はまだ特定の人間に仕えてはおらず、ただ依頼がある度にあっちについてこっちについて、いろいろなところで要人暗殺をして暮らしていた。
このニンゾーもまた、同じだったのだろう。
「そうか。そりゃ大変だったな。まあもう人殺ししなくていいんだ。これからはダンジョンで稼いできれいな金で団子を食おうぜ。って、ダンジョンでもモンスターを殺してんのか? うーん、まあ、あれはいいだろう」
「……怖いとか、汚いとか思ったりしないでござるか?」
俺はそっと寝転がるニンゾーの側に寄った。
それからぽんと頭をなでる。おお、思ったより髪の毛がふわふわしてるじゃないか。こういうところはちゃんと女体化の恩恵があるんだな。
ニンゾーが顔を向けた。
「そんなこたあ思わねえよ。本当に、本当に大変だったな。生きるために必要だったんだ、誰も責めやしねえよ。ただこれからは、誰か大事な人を守るとき以外は人を殺しちゃだめだぞ」
「そんなの……当たり前でござるよ」
ニンゾーが俺の腕をやんわりとどけて、ぴょこっと座りなおす。
「主殿」
「うん?」
「体を動かしたら甘いものが食べたくなったでござる」
「そうか、じゃあ団子……いや、あんみつでも食べに行くか」
「主殿はすごいでござるな。拙者もちょうど団子じゃなくてあんみつが食べたいと思ったところでござった」
俺は財布を確認して、二人だと思った以上に金がかかるなと思った。
もしかしたら、十分の一になるとしたらあまりこのテストプレイの報酬は得られないかもしれない。ただまあ、と跳ねるようなご機嫌のニンゾーを見て思う。
多分、この少女がここまで過酷な生き方を強いられていたのは、少なからず俺のせいでもある。俺のかつての生活を、彼女は無理やりなぞらせられている。
そんな彼女に甘いものを買ってやれるのなら、多少報酬が減ってもいいかとも、思えてしまうのだった。
しかし。
「主殿は太っ腹でござるな」
ホームから少し離れた、あんみつが名物の別の茶屋。
ものすごい速度で重ねられていくあんみつの器に、俺は思わず頭を抱えた。
「……よくそんなに食えるな。俺なんか、見てるだけで胸焼けが……うぷ」
「乙女にとって甘いものは別腹でござるよ。これくらい、あの運動量を考えると序の口でござる。あ、お姉さんおかわりをお願いするでござる」
そうか、乙女ね。
俺は本日二度目となる女体化の影響とやらを思い知らされ、ひっそりと後悔したのだった。
伝説の忍者、ソシャゲにハマる~相棒はくノ一な俺~ 儚 無理 @ryuresp
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。伝説の忍者、ソシャゲにハマる~相棒はくノ一な俺~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます