天井から
21世紀の枕
天井から
じじじじじ…。
騒音公害のような蝉の鳴き音とアイスのように体も溶けそうな暑さ、そしてサウナのようなジメジメした空気。
「気持ち悪い…。」
築100年はゆうに超えてるであろう平屋建ての日本家屋、軒に吊るされたピクリとも動かない赤い金魚の柄が装飾された風鈴、そして真上の太陽がさんさんと差し込む縁側。そこに隣接する畳部屋に寝っ転がる白いワンピースを着た女の子。うっすらと見える下着など気にすることもなく私は朝からずっとゴロゴロしていた。
「飲み物…。」
おぼんに置いてあるコップは濡れていてこころなしかヒンヤリしていた。が、注がれていたサイダーの氷は暑さで全て溶けていてそのせいで炭酸が抜けている。
「うわぁ…。最悪…。」
炭酸が抜けたサイダーはただのシロップだ。そんな物を飲んでしまったせいで余計に喉が渇く。
「去年の今日はこんなに暑くなかったのになぁ…。はぁ…。」
私は小学三年生の頃から毎年、8月のお盆の時期に2泊3日で母の実家に通っている。母の実家付近は数えるだけの家屋と後は田んぼか雑木林しかなく、最寄りのスーパーやコンビニさえも車で30分かかるド田舎だ。だけどウルサイのは蝉の音だけだし、風も気持ちよくて涼しくて落ち着ける。それに田舎風景も綺麗で好きだ。だから私は高校1年生になった今でもここに来るのだ。
しかし、今年の夏はあまりにも異常すぎてこんなド田舎ですら耐えられなかったようだ。
「うー…。」
今は家に私だけしかいない。壊れたエアコンを取り換えるために街の電気屋へ出かけてるからだ。
「あー…。車の中は涼しいんだろうな…。付いて行けば良かったな…。」
あの時に、行くと言わなかった自分を恨みながら仰向けになっていた。
「考えても仕方ないし飲み物いれてこよ…。って、アレ…?」
起き上がれない。と言うか体がズッシリとして動かない。暑さのせいだろうか、金縛りにあったように硬直している。
「ヤバイ…。どうしよ…。」
全身、冷や汗でさっきとは比べ物にならない量の汗が流れている。
このまま起き上がれなかったら…、そんな恐怖が頭の中で連想しながら駆け巡った。
西日がジンジンと差し込む縁側。隣接する畳み部屋で玲子の体はまだ硬直したままだった。
畳は汗でグショグショになり気持ち悪い。
頭はボーっとして何も考えれない。
天井が歪んで見えてくる。
グニャ、グニャリ。
瞬間、蝉の音が一斉に鳴き止んだ。暑くてジメジメした空気は消え、ビショビショの汗も一瞬のうちに乾いたような気がした。
「…。」
動かなかった体も軽くなりヒョイと起き上がれた。
台所から聞こえるポツンと音を立てながら滴り落ちる水の音、畳縁も目の前のふすまもタンスもありとあらゆる物が歪んでいる空間。それはあまりにも不気味だった。
でも、ただじっとしているだけでは不安になるし、飲み物も欲しいし、とりあえず歪んだ家の中を散策することにした。
家の中は何もかもが歪んでいる。そのせいで開けられないふすまや扉もあった。しかし、窓から見える庭の草木は全く歪んでない。
家そのものも歪んでたりするのかな…。歪んだ空間の恐怖は、ほんの少しだけ好奇心に変わっていた。
水を飲んでほっと一息つき、この夢からは覚めるにはどうすれば良いか落ち着いて考えてみた。
ふと仰向けになっていたことを思い出し天井を見上げた。するとさっき起き上がれなかった時よりも歪んでいた。
「こんなに歪んでたっけ…?」
その時ドタンと天井から何か大きなものが落ちてきた。
「…!?」
ワタシが落ちてきた。髪型、顔、体、服、どこからどう見ても私だった。突然の出来事に頭の中がまた、こんがらがった。
「…。」
ワタシは私を黙って見ていた。もう一人のワタシに見つめられる状況は訳が分からなかった。
「…なんで、あなたがここにいるの?」
突然の問いかけに困惑した。
「そんなの…、私のほうが聞きたいよ…。」
夢なのか現実なのかさえ分からない歪んだ空間に行きたくて来たわけじゃない。すると、ワタシは何かを悟ったかのように頷いた。
「なるほどね…。」
少しだけ苦笑いしたワタシの表情は、同時に寂しそうにも見えた。
「…直ぐに、今から帰すから安心してね…。じゃあ、バイバイ…。」
サヨナラの言葉を言うと、私の意識は次第に遠のいていった。何も分からないままで、この歪んだ空間から離れていった…。
喧騒としたヒグラシの鳴き音。
囁きのように聞こえる風鈴の音。
涼しくて気持ちのいい風と空気。
目が覚めると、私は縁側に居た。真っ赤な光に照らされて少し眩しい。
不気味だったけど、どこか不思議な夢だった。
でも、もし現実だとしたらあのワタシが何だったのだろうか?
結局、何も分からなかった私は想像だけを膨らませていた。
次の日の夏は、いつもと同じ夏だった。
天井から 21世紀の枕 @makura8793
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