第6話ある日の森の夜[5]
標高1800m程に位置する草原地帯の真っ只中にある4万エーカーもの広い敷地を持つラグジュアリーキャンプホテルは、自然環境保全に配慮する運営で有名だ。自然素材を利用した料理にも定評があり、基本的には現地調達可能な食材しか使わないこともファンが多い理由の一つとなっている。また、警護もしやすい環境との評判も高く各国の要人たちもよく利用していた。
そのホテルには八つの棟がある。そのうちの一つの庭で主人達を運び終えた黒虎が警戒心無く気持ちよさそうにあくびをしていた。手塗り感のある荒い漆喰の白い壁が木の皮材を編み込んで作った屋根によく馴染じんでいる。オーガニックデザインの近代的な高級感をもつカウンターバーを擁するダイニングスペースは天井が高く解放感に溢れていた。そこには温かみのある有機的な曲線をもつ家具が備え付けられている。その部屋から続くテント張りのテラス。藤で編まれたローブベットがいくつか並ぶそこからは草原や街並みを下方に見渡せた。ローブベット横の少し高めの小上がりにはクッションマットと触り心地のよいラグが敷かれる。決して安くはないだろうことが簡単に想像ができる高級感あふれる場所でナカハラが口元に拳の人差し指を当てながらこれは悩ましいというな表情をしていた。
アヤが茶器をもって小上がりに上がってくると「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな」とナカハラは言葉を軽くぶつけた。アヤは「そうだね」といった顔をすると茶器の載ったモザイク柄がかわいらしいトレイをラグの上に置く。そしておもむろに両手を使い首にかけたチェーンを引っ張りあげると胸元から黄金色がかったアクア色の石が現れた。その海中から太陽を見上げた時のような色の石を手のひらに載せる。そして「我が汝の主であることを示せ」と命ずると、石は筆で書かれたような金色の文字印を宙に浮き出す。
「申し訳ございません。お手数をとらせてしまい。世界手形の持主証明をしていただきありがとうございました」
ナカハラが丁寧にお礼を言う。敬語はやめてほしい、とアヤは困ったような顔で懇願する。わかったよ、とナカハラは承諾する。警護要請も来てないし、お忍び?と続けた。
「ごめんなさい。私がその国に来ていると分かると少し騒がしくなるんだ」
「しかし何だってあんなところにいたのか。それぐらいは少し話を聞かせてくれないかな?」
うん、とアヤがうなずく。
「あの白象とはこの間、仲良くなったばっかりだったんだ……」
「もしかして、契約をする約束だった?」
「そんな感じ。あの時とても嫌な感じがしてあの子に呼びかけても全然反応ないし、見つからないし」
「…でそうこうしているうちに結界をみつけて破った、と」
「うん。いかにも華乃国って感じの服の女が魔法道具にしようとしてた。でも、もう虫の息で……」
「そうか……。でも、無理やり道具にされなくてよかったかもしれない」
すこし強めの風がテラスを抜け、栗色のまっすぐな髪と置きランタンの火を軽くゆらす。
違うんだ、とアヤがナカハラの方に向き合いそう言葉を強めに発する。あの子は騎獣になりたがったけど、私が少し迷ってて、私が、もっと早く決断していればっと矢継ぎ早に言葉を吐き出しては声を詰まらせた。潤んだ茶色の大きな目を伏せ下を向く。口元をぎゅっと縛り、こみ上げてくる感情を懸命に抑える様子にナカハラは「つらかったね」と彼女の肩に手を乗せる。少し大きく息を吸うとアヤは感情の置き場を求めるようにナカハラの胸に顔をつっぷした。
ナカハラはやり場を失い宙に浮いた両手を彼女の頭と背中に回し子供をあやすようにアヤを抱きすくめた。テラスからみえる街並みのずっと向こうの、刻々と星が生まれる稜線から夏の大三角形が丁度天頂に向けて昇りきっていた。その一点を成す五番目に天頂で明るい星が白く輝く。
魔導士外交官と森のシェフ 綾川加桜 @ayagaw
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