23歳派遣社員の戯言

受話器

甘えたことを言っている

わたしは、自分が就職できなかったのか、就職しなかったのか、いまだによくわからないままでいます。


「就職できなかった」と言うと、「最大限の努力をしたけど、できなかった」というニュアンスになる。努力をした人でないと言ってはいけない言葉のような気がする。どこまでやれば努力をしたってことになるのか私にはわかりません。わからないけど、私は頑張っていなかったと思います。辛かったけど、苦しかったけど、つらがっていただけで、苦しがっていただけで、頑張っていなかったと思います。

頑張っている人は、週に何回もエントリーをして、説明会にいって、エントリーシートをなん十枚も書いて、面接の練習もたくさんして、ニュースも調べて、一般常識を勉強して、企業分析をして、業界分析をして、きっちり精査した内容の自己PRや志望動機を考えて、準備万端で緊張しても疑問を抱いても逃げずに笑顔で面接に臨んでいくのだと思います。

私は頑張っていないから、行きたくない企業にエントリーしなかったし、説明会に行って話を聞きながらどうせ選ばれるわけがないと考えていたし、興味のないニュースや一般常識なんて必死でチェックしたくなかったし、企業分析や業界分析のやり方なんてわからないし、人より劣っている自分のPRなんて信じ込めるはずがないし、企業に魅力を感じていない志望動機はきっとぺらぺらで、大した準備もせず疑問を捨てられずに面接に臨んでいました。

実際、就職なんてしたくなかったです。しなければまずいという焦りがあるだけ。そんな人はきっとたくさんいると思うけど、それでも就職できた人は他に優れているところがあったのだと思います。たとえば学歴、容姿、性格、コミュニケーション能力、強かさ、自信、そうでもなければ数、根性。運、って言うと運のせいにするのかって言われそうですね。数だと思います。数を打てば、運も掴みやすくなると思いますから。必死さ、というのもある。危機感を最大まで上げて必死になれるのも強さだと思います。


実際、どうして就職できなかったのかはわかりません。きっと全部だめだったんだろうと思います。


いま、派遣社員として働いています。いまでも、就職したくありません。


デザイナーとして働いている友人がいます。彼女は、毎日遅くまで働いています。睡眠時間も短いようです。こんな生活いつまでも続けられない、といいます。夢をもって、やりたかった仕事をしています。だけど、夢が叶うまで、心と体がもつかどうかわからない、といいます。

教員として働いている友人がいます。子どもたちに振り回されてへとへとになって、放課後も仕事をして、家に帰っても仕事をして、睡眠時間も削って、それでも仕事がおわらない、といいます。


全然、珍しいケースじゃないです。きっと、生きていこうと思ったら、がんばらないといけないんだ、と思います。


私はいま、派遣社員として働いています。事務員です。週5日出勤で、残業代を払いたくないからと、毎日8時間きっちりで帰されます。時給制で、一人暮らしをしようとすれば、家賃が二万の家に済んでもカツカツの生活、という計算です。

実家で暮らしています。携帯代とか、奨学金の返還とか、もろもろの雑費を引いて、家に二万か三万入れて、月に二万円貯金しても、自由に使えるお金が五万円残ります。


なにも不満なんてないのに、凄く不安です。不安でいないと、不安です。


ちゃんと仕事をしている子は、いつか道が開けるでしょう。かわいい子や性格のいい子は、結婚して家庭に入るでしょう。正規雇用をされている子は、一生そこで働けるかもしれないし、そうでなくとも正規雇用の職歴が残ります。


でも就職したくない。いやなんです。結婚もしたくありません。他人に合わせて暮らすことなんてできないし、子どもも欲しくありません。子どもができたら、子どもに全てを明け渡さなければいけないような気がする。就職すれば、いまの自分は死にます。結婚すれば、いまの自分は死にます。子どもができれば、いまの自分は死ぬんです。


甘えたことを言っています。


就職するのが簡単なら、正規雇用されることが人格を書き換えられることでないのなら、就職したくないなんてたぶん思わなかったと思います。つらいのは拘束時間の長さだけじゃない。私にとって就職のイメージは、「矯正されること」です。


甘えたことを言っている。


経済的な自立がしたい。ちゃんと大人になりたいです。精神的な自立がしたい。ちゃんと大人になりたいです。


就職できなかったのか、就職しなかったのか。

このままでもいいのか、このままではいけないのか。

何を選ぶべきなのか、何を捨てるべきなのか。


今日も、わからないままでいます。

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