第十三回 わたしの願い、そして賭け

二十

「さて、答えは出たかな」

 盗人岳ぬすっとだけはいかにも余裕の表情で、身動きの取れないわたしと茉莉まりに語りかける。りなとえるは、縛られてはいないようだ。相手にされていないのかもしれない。

 わたしは眼鏡をかけたまま、盗人岳の目の力を受けている。茉莉の「探知サーチ」と同じで、もうひとつの力は「石」の眼鏡では防げないということだろう。それなら、二人がかけている眼鏡は、残念ながら無意味だ。

「変わらないわよ。あんたには従わない」

 茉莉が即答する。

「わたしも」

 それ以外に選択肢はない。

「残念だ。女に手を出すのは気が引けるんだが、もっとお仕置きが必要かな」

「…っ!!」

 既に縛られていた身体に、更なる重力がのしかかる。盗人岳が、力のレベルを上げたのか。身体が動かない状態で更なる力を受け、わたしと茉莉は床に倒れ込む。

「何度言えば分かるんだ? 無駄なんだよ。

 言っておくが、『従う』と言うまでお前たちは永遠にこのままだぞ? さっさとそう言えば帰してやると言ってるんだ!」


 この男は三年後、「二十四にじゅうしの瞳」のもうひとつの力をすべて手に入れた状態で、権力に挑むつもりだ。「探知」が役立つかは分からないけれど、「直観像記憶アイコニック・メモリ」は、わたしたちがここを突き止めたように、潰すべき対象を探し出すのに使われるだろう。

 いまわたしたちが受けているこの力を受けて、政治家や金持ちが屈服せずに耐えるだろうか。銃や刀のように直接命を奪われることはないけれど、こんな力で縛り付けられたら、わたしが金持ちなら、迷わず大金を払ってしまいそうだ。

 そんな未来は嫌だ。政治家や金持ちに嫌な人はきっとたくさんいるけれど、こんな男に国の将来を託すくらいなら、彼らのほうがずっといい。

 そして、その将来を取り戻せるかもしれない願いが、いまのわたしにはある。

 でも、身体が動かない。盗人岳の方を見つめられない。

 このまま、わたしは盗人岳に屈服するのだろうか。答えを出すのが遅かったかな。

「なるこ…絶対折れるんじゃないわよ。こんな下衆に負けたら、バス代返さないから」

 なにを。茉莉こそ、先に折れたらバナナミルク四本だ。

 でも、そんな冗談を言っていられるのも、そろそろ終わりかもしれない。身体が限界だ。床に押しつぶされそうになる。

「どうしても嫌だというなら、今日この場でお前らの目を貰ってしまってもいいな。少し早いが充分だろ…ぐっ! 何をする!!」


 その瞬間、身体を縛っていた力が緩む。

 わたしと茉莉が立ち上がって盗人岳を見ると、彼の目に赤い光が照らされている。

 後ろを振り返ると、えるとりなの二人が、レーザーポインターで盗人岳の目を照らしていた。

「秘技! レーザーの術!」

「念のため準備しといて良かったわ」


 レーザーを人の目に向けるのはいけないことだけれど、人を目の力で縛り付ける方がよほどいけないことだ。

 盗人岳は目を押さえる。

 彼は片目の視力がない。レーザーで片目が焼き付けば、しばらくはこちらを見つめることができないだろう。

「がっ…小娘が…一般人の分際で」

 盗人岳が捨て台詞を吐く。細かい台詞回しまで、いちいち小物感が溢れる。


「茉莉。少し、賭けに出ていい?」

 わたしは茉莉に問いかける。

「…賭け? 何よそれ。勝算はあるの」

「五分五分。駄目だったら、バス代奢る」

「ふん。信じるわ」

「よし。じゃあできたらバナナミルク四本ね」

「はあ? それは認めないわ」

「じゃあ、三本」

「………許可するわ」

 茉莉のゴーサインを得て、わたしは一世一代の賭けに出る。

「盗人岳、先生」

 わたしは目を押さえる盗人岳の前に仁王立ちになる。

 そして、眼鏡を外す。

「………何の真似だ」


 そうだ、わたしの願いは。


 この目の力で、他人を傷つける人がいなくなること。


「盗人岳武。…わたしを、見ろ」

 わたしは強く願って、盗人岳の目を睨みつけた。


二十一

 その瞬間、部屋を真っ白な閃光が包む。

 まるで爆風のような風が、書斎に積まれていた本を吹き飛ばした。窓ガラスは砕け、カーテンが踊る。

「がっ…! 貴様! 何を…!!」

「なるこ…あんた…これって…」

「おぉう! アトラクション!」

「なるちゃん…うちはいつかやると思ってたわ」


 だいぶ長く感じたけれど、きっと数秒の出来事だったと思う。

 閃光と暴風が止み、部屋に静寂が戻る。

 目の前には、盗人岳がうずくまっている。

「…!? 目が、目が見えん! 千明ちぎらなるこ、貴様、いったい何をした! 答えろ! そこにいるんだろう!」


 どうやら、わたしは賭けに成功したようだ。

「茉莉、バナナミルク三本ね。わたしの任意のタイミングで」

「…ふん。仕方ないわね。

 でもこれはどういうこと? 帰りにじっくり説明してもらうわよ」

「なる、これで本出せるね!」

「ラノベ一本書けるんちゃう? 女子高生ラノベ作家誕生、待ったなしやな」

 みんなが好き勝手言うのは置いておいて。


 やっぱり、わたしのもうひとつの力は、ないのではなくて、まだ発現していないだけだったようだ。

 そして、その力が、たったいま発現した。わたしの願いによって。

「探知」とか「直観像記憶」みたいにかっこよく名付けるとすれば、「追放」とでも言えばいいだろうか。

 英語訳がわからないので、帰ったら辞書で引いてみよう。


 そして。

「茉莉、ちょっとこっちを見て」

「え、何よいきなり」

 わたしは茉莉の目をじっと見つめる。茉莉は、もう慣れっこのくせに、毎度のように顔を赤らめる。

「…やっぱり」

「だから何なのよ! 説明しなさいってば!」

「百合百合してますなあ、片藪かたやぶ殿」

「してますなあ、草葉くさは殿」


 わたしが願ったのは、「この目の力で、他人を傷つける人がいなくなること」。


 だから、目の力で他人を傷つける意思がない相手には、この「追放」は使えないのだ。

 眠らせる力のほうがコントロールできるかどうかは帰りのバスの中でりなで試すとして、わたしも、 やっともうひとつの力を手に入れた。これでわたしも「二十四の瞳」の一員として、胸を張ってやっていける。

 …やっていくつもりはないけれど。

「…おい、貴様ら! そこにいるのか!

 ふざけるな! これは立派な傷害だぞ! 訴えてやる。大人をなめるなよ! 優秀な弁護士も知り合いにいるんだぞ!」

 盗人岳はうずくまったまま、何やらわめいている。

 本当に小物だ。「警察も裁判官も取り合わない」と言ったのは、あなた自身なのだけれど。

 きっと失明したわけではないはずで、盗人岳の視力はいずれ元に戻るだろう。でも、わたしの力がわたしの思った通りのものなら、彼にもう目の力はない。もう一度細胞を移植しても、二度と力は生じないはずだ。


 こうして、マッドサイエンティスト兼小物、盗人岳武による権力掌握の野望は断たれ、彼は正真正銘、ただの小物になった。

 目の力がもう使えない以上、わたしたちを追ってくることもないだろう。この小物には、わたしたちを脅せるほどの甲斐性も人脈もないはずだ。せっかく勉強ができるのだから、できれば今後は真っ当に生きてほしい。


 もちろん、他の「二十四の瞳」に会うという課題はまだ残されていて、これで一件落着というわけではない。

 錯乱した盗人岳に居場所を教えてもらうことは期待できないし、そうでなくても「私に何の得もない」だの何だの言って教えないだろう。結局、自分たちで探すしかない。

 それに、「石」の秘密、そして盗人岳が手に入れた「眠り姫」の本とわたしの関係は、何ひとつ明らかにならなかった。盗人岳が話した以上の情報は、きっと彼も知らないだろう。

 これらを解決する必要もあるだろうけれど、とりあえず一段落はついた。あとは、無理のない範囲で、ゆっくり答えを見つけていけばいい。


 うずくまる盗人岳を尻目に盗人岳邸を後にして、ちょうどいいタイミングで帰りのバスを拾うことができた。

 もっと長丁場になるかもしれないと思ったけれど、盗人岳邸でのやり取りは、結局は数時間で済んだ。明るいうちに帰れてよかった。

「ねえ、なるこ」

 茉莉が語りかける。

「あたし、なるこがオリジナルでよかったと思ってる」

 うれしいことを言ってくれる。でも、

「わたしじゃなければ、茉莉が巻き込まれることもなかったかもしれないよ」

「何言ってるのよ。なるこが盗人岳の力を消したんじゃない」

「でも、別の子がオリジナルだったら、始めからもうひとつの力で、盗人岳の暴走を防げたかもしれないでしょ」

「それはそうだけど。でも、それならその力も一緒に盗人岳にコピーされてたかもしれないじゃない。その方が、ずっと危険だった」

「…そうか」

「だから、なるこがオリジナルでよかった。何でも願いがあればいいってわけじゃないってことね」

「…それ、褒めてる?」

「五分五分」

 ここが公共交通機関の中だというのも忘れて、わたしたちは二人で声を上げて笑った。

 ちなみに、眼鏡を外したりなとえるは、わたしの目を見て二秒で眠った。そこはやっぱり直らないのか。


 そういえば、結局、盗人岳をぶん殴るのを忘れてしまった。

 まあ、あんな男、殴るにも値しないだろう。

 それに、彼の言葉を借りれば、直接手を下さないからこそ、完全犯罪なのだ。

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