第六回 二十四の瞳

「わたしの目を、移植?」

 茉莉まりは確かにそう言った。

 つまり、茉莉の言葉が本当なら、茉莉のその目の力は、もともとはわたしの目の力だということになる。そういう意味で、茉莉はわたしが「オリジナル」だと言ったのだ。

「だから、そう言ってるでしょ。盗人岳武ぬすっとだけたけしは、なるこの網膜の細胞を採取して保管していた。その細胞に何かしらの手を加えて、身寄りのない孤児の少女たちの目に移植したの。どうして少年じゃ駄目だったのか、そこまではわからない。

 その孤児たちはみんな、なること同じ、いいえ、それに加えて、なるこの目よりもちょっとだけ便利なもう一つの力を手に入れたってわけ。

 あたしもその孤児の一人。全員その力は違うし、それは発現するまでわからない。

 なることあたしを含めて、目の力を持ってるのは全部で十二人。に、『二十四にじゅうしの瞳』、って、あたしは勝手に呼んでるけど」

 茉莉はひと息でそう説明した。そしてまた噛んだ。厨二っぽい単語が照れくさいなら、わざわざ言わなくていいのに。

「それで、ほかの十人はどこにいるの。盗人岳先生は?」

「わかってれば苦労しないわよ。一人は幼馴染だから知ってる。でも、その他は直接会ったことがないからわからない。…盗人岳は、生きてるかどうかも分からない」

「行方不明、ってこと?」

「そう。七年前、あたしたちにこの目を与えるだけ与えて、あいつはそのまま姿を消した。この目の研究については一切口外してなかったみたいで、普通に自己都合で大学を退職したってことになってるみたい。だから捜索願も出されてないし、どこに住んでるかもわからないわ」


 盗人岳武、わたしにこの眼鏡のレンズを与えた人物。彼はわたしの目に対して、さして興味を見せなかった、ように見えた。でも、実際は、わたしの知らないうちに、わたしの目を利用していたのだ。その原理はまったくわからないけれど、わたしの目を使って、茉莉と他の少女たちに何かをした。その結果、少なくともいまここにいる茉莉は、わたしと同じ、いや、それに加えて「探知サーチ」の力まで手にしている。

 小学生のときに彼にこの目を見せてから、誰かがわたしのことを追ってくることは一度もなかった。だから、彼がこの目について口外していないという茉莉の考えは正しいだろう。

 でも、茉莉はいま「七年前」と言った。それは、わたしがこの目の力を手に入れた年だ。それが本当なら、盗人岳先生は、わたしがこの目を彼に見せてすぐに、孤児たちへのわたしの目の細胞の移植に着手していたことになる。


 それを聞いて、煮え切らない気持ちが湧き上がる。

 それは、「ひどい」とか、「恨む」というのとは、たぶん違う。

 確かに、わたしになにも言わないで勝手に移植をしたのは道義的にどうなのかとか、一言断ってくれてもよかったのにとは思う。でも、別にわたしは直接痛みを味わったわけでもなければ、わたしが何か損をしたわけでもない。きっと、犯罪行為でもないはずだ。そもそも、そんなことで目の力を他人に移せてしまうということ自体、科学に詳しくないわたしでもトンデモだとわかるし、いくら小学生だったとはいえ、わたしは説明されても信じなかっただろう。

 むしろ、今や生活に欠かせないこのレンズをくれて、そのうえ目のことを誰にも言いふらさないでいてくれたことに関しては、感謝しなければいけないのかもしれない。


 とはいえ、単純に気味が悪い。

 わたしは科学的なことはわからないけれど、この目の力は、きっとすごい発見ではないだろうか。もしかしたら、歴史的な大発見かもしれない。

 なのに、それについて周りに発表もせず、十一人もの孤児に目の力を与えるだけ与えて、いまはおそらく行方不明。

 平凡な一女子高生としてのわたしの考えだけれど、盗人岳は明らかに何かを企んでいるとしか思えない。

 こんなの、出来の悪いSFかなにかのプロットにしか聞こえないけれど、わたしの目の力自体がそんなものだから、何とも言えない。私をいとも簡単に眠らせてみせた茉莉がいて、その茉莉が真剣にこう言ってくるのだから、それを信じないわけにはいかないだろう。

「なるほど。それで、あなた…茉莉は、どうしてオリジナルを見たいと思ったの。まさか、始末したいとか、そういうの?」

「はあ? し、始末? なに言ってんのよあんた」

 茉莉は心から驚いたような表情でそう告げる。さっきの呆れ顔もそうだけれど、美少女は、どんな表情をしてもしっくりくる。

「じゃあ、何。わたしが盗人岳の居場所を知ってると思ったとか?」

「そんなの期待してないわよ。街を歩いてたら、あなたをたまたま『探知』したの」


 それから茉莉は、わたしを追ってくるまでのあらすじを、少し早口で説明した。


 少なくとも、茉莉はわたしに危害を加えるつもりはないこと。そして、クラスメイトや周囲の人間に対して目の力を使うつもりもないこと。

「探知」は、自分の視界が及ぶ範囲でしか使えないこと。

 今年の一月、たまたま街を歩いていたら、「探知」に反応する人間に初めて遭遇したこと。

それが眼鏡をかけていたことで、それがかつて盗人岳武から話だけ聞いていた「オリジナル」、千明なるこだと確信したこと。

「探知」が途切れないように電車でわたしを追いかけ、何とか最寄り駅までは特定したこと。

その後、必死で高校まで特定し、転入手続きを済ませたこと。

 そして本当は、わたしの家の前まで行って、直接今日のようにわたしに説明をするつもりが、タイミングが悪く「衝突事件」になってしまったこと。

 バツが悪くなり、恥ずかしいので厨二っぽくその場を取り繕ってしまったこと。

 …そして、いざわたしにこうやって説明してみて、どうして転校してまでわたしを追ってきたのかが自分でもよくわからない(茉莉いわく「ふ、普通そうするでしょ」)ということ。


 そして、教室での壁ドンと、あの冷たい声のトーンは、単なるかっこつけだった(茉莉いわく、「そ、そのほうが引き締まるじゃない」)ということ。


 説明を聞いていてわかった。茉莉は、そのベクトルこそりなやえると違うけれど、二人と同レベルの天然だ。ドジっ子と言った方がいいかもしれない。それも漫画レベルの。

 茉莉は敵でもなんでもなく、単にわたしと同じ力を持ったドジっ子だったのだ。

 盗人岳のしたこと、そして茉莉の言うところの「二十四の瞳」に関する話を聞いてしまった以上、完全に気持ちがすっきりしたとは言えない。でも、茉莉を敵だと信じていろいろと思いつめてしまった、さっきまでの時間を返してほしい。あの声のトーン、ほんとうに怖くて、とてもかっこつけには思えなかった。相当練習したのではないだろうか。

「そういうあなたはどうなのよ? 自分と同じ目の能力を持った子がいたら、普通追いかけない?」

 多少追いかけはするかもしれないけれど、まあ転校はしないだろう。

「だいたい、そんな簡単に転校なんかよくできたね。親は…」

 そこまで言って、わたしは「ごめん」と謝った。

 茉莉は自分が孤児だと言っていたのだった。もちろん孤児でも里親がいないとも限らないけれど、この様子だと、きっといまは一人暮らしなのだろう。

「いまさら気にしてないわ。家賃と生活費は、盗人岳から毎月充分な額が振り込まれてる。振込元は偽装されてて、居場所は分からないままだけど」

「ほかの十人も、そう?」

「きっとそうね。生活に困って彼女たちが能力を悪用でもすれば、いつ世間にこの目のことが露見してもおかしくないし、盗人岳にも支障が出るでしょうから。

 でも、全員がいい子とも限らないし、むしろ、露見させて一山当てたいと思っている子だっているかもしれない。いつまでもこの状態が続くとは限らないわ。

 できれば、他の子のことも『探知』して、釘を刺したいけど、あたしの目じゃ限界がある」


 確かに、茉莉の「探知」では、目の前にいる相手を追尾するのがやっとだ。大まかな居場所が分かったとしてもまだそれでは足りないのに、それすらも分からない状態で日本列島をあてもなく探し回るなんて、不可能に近い。そもそも、国内にいるかどうかだってわからないのだ。

「さっき、幼馴染が一人いるって言ってなかった? その子の能力は、どうなの」

「あの子は、『探知』以外はわたしと同じ。もう一つの力は、確か『直感像記憶アイコニック・メモリ』とか言ってたかしら」


 直感像記憶。

 ちょっと前に、テレビでもじゃもじゃ頭の脳科学者がそんなことを話しているのを聞いたことがある。

 確か、読んだ本のページや目にした風景を、内容で覚えるのではなくて、まるでスキャナでコピーした画像のように、そのまま脳内に記憶できる体質だったと思う。

 そんな力を、わたしの目の細胞を移植した子が持っているなんて。盗人岳が何らかの改良をしたのかもしれないけれど、正直、ちょっとだけ羨ましい。

「探知」はともかく、自分の意思で相手を眠らせるかどうかを選択できる能力があれば、この眼鏡もいらない。それに加えて「直感像記憶」があれば、数学の公式や日本史の年表とか、テストの暗記ものは一夜漬けでもばっちりだろう。

 それにひきかえ、その目の「オリジナル」であるわたしは、ただ相手を眠らせるだけ。自分の意思で制御もできない。

 なんだか、自分が出来損ないの姉になったような気分だ。年齢は同じだけれど。


 まあ、それはいいとして。

「その子が、ほかの子の情報をその『直感像記憶』で覚えているってことはないの」

 もし、その「直感像記憶」を持つ子が、ほかの孤児の情報を何かしらの資料でひと目でも見ていれば、それを覚えているだろう。それなら、その情報を元に辿っていくということもできるんじゃないだろうか。

 もっとも、そんな誰でも思いつくようなことは、茉莉はもう考えているか。

「なるほど、確かに。なるこ、あなた頭いいわね!」

 考えていなかった。


 結局、週末にその子の元を訪れて、そこで何らかの情報が得られることに望みを託すことになった。

 携帯電話で連絡を取ればいいのではと思ったけれど、茉莉もその子も、携帯は持っていないらしい。身寄りのない未成年が携帯を持つのは、保証人などの関係で難しいのかもしれない。

 その子、本荘由利ほんじょうゆりは、もともと茉莉が通っていた高校に今でも通っていて、その近くに住んでいるという。

 その最寄り駅には、電車で四十分もかからない。

 何より、茉莉がわたしを探知したときにわたしが買い物に行っていた大きな街だから、また買い物がてら行くのもやぶさかではない。

 それに、この目のことが不特定多数に知れ渡ることになるのは、わたしも困る。

 これまでは、この目を持つのはわたしだけだと思っていたから、わたしがそれを周囲に伝えず、そのまま墓場まで持っていけば、なにひとつ面倒なことにはならないはずだった。

 でも、わたしと茉莉のほかにそれが十人もいるとなれば、話は違う。

 噂は、それを聞いた人が三人いれば、わずか数日で街中に広まるという。

 昔、数人の女子高生の噂が、町の信用金庫を一週間で潰しかけたという話も聞いたことがある。いまはSNSだってあるし、いつそれが日本中に拡散するかもわからない。噂の拡散を根本からせき止めていくことが、平凡を維持するための近道だ。もうすでに平凡ではない気もするけれど、いずれにしても、これ以上非凡にさせないことが必要だ。

 それに、盗人岳の動向だって知りたいし、その企みも気になる。というよりは、茉莉の話を聞いてしまった以上、なにも知ろうとしないわけにはいかない気がする。


 わたしは、茉莉のことをまだ完全に信用したわけではない。

 でも、盗人岳武の名前を茉莉が自分から出したこと、(早口だったけれど)詳細な説明、そして茉莉のドジっ子ぶりからすれば、彼女が嘘をついていない、いや、嘘をつけるような人間ではないということはよくわかる。

 無理やり眠らせたというやり方は少し物騒だけれど、事情を知らなかったとはいえ、わたしが茉莉を恐れて逃げるようにしていたのも事実で、そうせざるを得ない部分もあったのかもしれない。

 怪我もしなかったことだし、眠ったわたしを階下の保健室までひとりで連れてきた茉莉の努力に免じて、とりあえずは、茉莉を信じることにしてみようと思う。

 でも、よりによって、ただでさえわたしがあまり成績の良くない体育の授業を初回から欠席させたことについては、少しだけ搾ろうと思う。


十一

「な、なんでわたしが奢るはめになるのよ!」

 体育の授業を欠席させたペナルティとして茉莉に奢ってもらった購買の焼きそばパンを、茉莉の泣き言をBGMにほおばる。ついでにバナナミルクも。

 だって、昨日の焼きそばパンの味を覚えていないのは、ほとんど茉莉のせいだ。それに、わたしはいちごミルクは苦手なのだ。

「出た! なるの鬼畜プレイ」

「こう見えてドSやからね、なるちゃんは」

 草葉くさはえるさん、そして片藪かたやぶりなのサイドキックが入る。わたしと茉莉という、昨日までは考えられなかった組み合わせの屋上でのランチタイムに、当然のように同席する。

「草葉さんと…」

「片藪りな。りなでええんよ」

「わたしも、えるでいいよ」

「り、りなとえ、えるは、なるこの話を聞いても、あたしのことを恐ろしいとかヤバいとか思わないの? 正気?」

 茉莉ははじめて他人をファーストネームで呼ぶ際は必ず噛むらしい。

「この子たち大丈夫なの? 色んな意味で」

 茉莉がそう私に耳打ちしてくる。

 茉莉はそう言いながらも、なんとなく目を少し潤ませているように見える。


 確かに、この二人がわたしの目について何の疑いも持たないことに、わたしはすっかり慣れてしまっていたけれど、一般人がこの目のことを知って恐怖もドン引きもしないというのは、きっと普通ではまずありえないことだ。


 茉莉はきっと、これまで自分の目のことを誰にも打ち明けられずに、あるいは信じてもらえずに生きてきたのだろう。わたしには両親がいたけれど、茉莉にはそれすらない。

 本当なのに、それをもし伝えれば「何を言っているんだ」と馬鹿にされる。それなら、と証明してみせれば、きっともう誰も近寄ってはこない。

 そんな苦悩を、茉莉は七年間ずっと抱えてきたのだ。まだ見ぬ十人も、きっとそうだろう。

 盗人岳が何を企んでいるのかわからないけれど、彼は茉莉たちのそうした苦悩を考えたことがあるのだろうか。そう思うと、さっきは「感謝しなければいけない」とも思ったけれど、やっぱり、怒りにも似た感情がこみ上げる。


 でも、その苦悩の「オリジナル」は、わたしの目だ。

 わたしは自分の意思でそれを茉莉たちに分け与えたわけではないし、いままでそんな事実も知らなかった。そうだけれど、わたしの目が茉莉たちの人生を変えてしまったことは間違いない。

 謝る、というのは違うと思う。わたしが直接手を下したわけではないから、謝ったところで責任が伴わない。

 でも、できるなら、茉莉以外の十人と会って話してみたい。

 どう思っているか、聞きたい。

 もし、わたしのことを恨んでいるなら、辛いけれど、それにわたしにはどうしようもないけれど、それを受け止めたいという気持ちもある。

 もし、いま孤独を味わっているなら、わたしの両親、そしてえるやりなのように、この目のことを知っても、変わらずにそれを受け止めてくれる人たちが世の中にはいるということを、どうにかして伝えたい。


「うん、大丈夫。色んな意味で」

 わたしは茉莉にそう答えた。


 そうは言ってみたものの、本当に大丈夫かな。

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