怪奇!ぬらりひょん

久佐馬野景

怪奇!ぬらりひょん

 ぬらりひょんは、ただ困惑している。

 今この時代、ぬらりひょんのことを知る者など一人としていない。

 いやいや待ちたまえ、ぬらりひょんといえばあの珍妙な頭をした、妖怪の総大将だと言われるアレだろう。それか人の家に上がり込んで勝手に飲み食いをするとかいう――。

 それはまあ、ぬらりひょんのことだろう。しかし当人にとってこの言説は寝耳に水である。

 妖怪の総大将――これは後の世に言われ始めたこと。ついでに言われる飲み食い云々もまた、後の世のこと。

 では元来のぬらりひょんとは何なのかと訊かれて、答えられることはただ一つ。あの姿形だけである。

 ぬらりひょんは絶滅した。絶滅妖怪だなんだのと言われる通り、彼のことを知る者はもういない。

 ところが、気付けばぬらりひょんは妖怪の総大将に祭り上げられている。

 妖怪の総大将――響きはびしっと決まっている。

 だが、彼としてはこれはあまり面白くない。ぬらりひょんの実体を忘れ去られ、勝手に広まった風説で立場が決められてしまう。

 ぬらりひょんは自分がわからない。概念である妖怪は人が感得しなければ存在出来ないので、過去の彼を知る者がいない以上、自らの過去を知らぬまま存在しなければならない。

 では現在の通説通りに構えていればいいのだろうと思うのだが、彼を感得した人間はよっぽどのひねくれ者だったらしい。ぬらりひょんが、何もないということを知ってしまっていたのである。

「まあまあ、そう気に病む必要はないさ」

 ぬらりひょんを感得した少年は無感動に言った。

 ぬらりひょんは前述のような複雑な心境を少年にすっかり話していた。少年はぬらりひょんを見ても驚くでもなく哀れみの声をかけたのである。誰のせいでこんな思いをしなければならないのだと言いたかったが、しかし少年の淡泊な反応にすっかり毒気を抜かれたぬらりひょんは結局己の心中を打ち明けることになった。

「そのモノの実体なんて、周りが勝手に作っていくものじゃないか。そもそも妖怪なんてモノは全部ツクリモノだろう。だから君の場合は現在の通説が君の全て。ただ最初の過去が抜け落ちて、ちょっと新しい過去が付いたんだから、気にする人なんていないさ」

 ぬらりひょんは今まで今のような疑問を持ったことなどない。それがこの少年が感得したせいで少年に依って顕れてしまった。

 だから少年の言葉は上辺だけのものだということは明白だ。そんなことを思っていたのならぬらりひょんはこんな惨めな感情を伴ってこの世に出て来はしなかった。

 そのぬらりひょんの考えは言わずとも伝わったのだろう。少年は特に悪びれる様子もなく「悪かったよ」と言う。

「僕の前から消えさえすれば、君はもうこんな思いをせずにすむだろう。ただ僕は君を強烈に意識してしまっている。こうなればもう一蓮托生だ。という訳でぬらりひょん、今度は僕の疑問に答えてくれ」

 少年はゆっくりとぬらりひょんと向き合う。

「僕は一体誰なんだ?」

 なるほどよく見れば、少年は見事なのっぺらぼうであった。

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