第2話 笑顔のメアリー

「で? 依頼者というのはどこにいるんですか」

「あの館だよ」


 彼は宿に面した大通のずっと先、この街の中心部である大きな館を指さした。

 そこには、他の家とは全く違う石造りの館があった。

 立派な門があり、鉄格子のその先は色とりどりの花が咲く庭が見える。あのような造りの建物を、なんというのだっただろうか。

 私が首を傾げて思考に耽っていると、彼はポン、と私の肩に手を置いて、微笑んだ。


「すごい城だろう? なにせこの辺りの領主だからな。あれくらいに住まないと格好がつかないよな」


 そうだ。アレは城というのだった。

 久しく聞かない名だったので、すっかり忘れてしまっていたようだ。

 通りすがる旅人達も城を指差しては、この辺りの領主様は城を持てる程金を持っているのだな、と言っていた。


「人間と言うのはおかしなものです。大きな家に住むと格好がつくなんて」


 なぜ人間と言うのは、住処の大きさで自分の権威を見せつけようというのか。

 大きすぎる虚栄心は身の破滅を招く。

 くだらない事項に囚われて、無理をして自分を大きく見せようとすれば必ず損をする。

 大金を持っているように匂わせれば、盗賊がやってくるのと同じように。

 ここの領主が何を考えてこんな城に住んでいるのかは分からないが、どうせ大した理由もないのだろう、と私はあたりをつけた。

 その思考は理解できないし、理解する気もないが、私の隣にいる彼はそのような人間でないことを願うばかりだ。


「本当にな。豪邸を持てば立派な人間だとかなんとか言う奴がいるけれど、俺には全く理解できない。人間、金のあるなしで決まる訳じゃないしな。ここの領主にしたって、周辺の国々に対して自分の権威を見せつけるといっても、もっと他の方法があるだろうに」


 私の心配は杞憂だったようだが、彼はしかし、と区切って言葉を続ける。


「この街に住んでいる住人たちの生活を考えると、そうも言っていられないんだな。これが」

「どういうことです?」


 まったく予想だにしない言葉が彼の口から飛び出てきたので、思わず聞き返してしまった。


「あそこで消費される食糧や蝋燭を売る人や、あそこで働いている騎士や執事、メイドの生活なんかも給金で保障される訳だ。上流階級の社交場にもなっているのかもしれない。社交場にするということは、必然的にパーティーもすることになる。すると、また莫大な金が、あの城から流れ出るわけだ。そんなことを考えると、やっぱりアレは必要な建物のように見えてくるだろう?」


 なるほど。彼の言う事も一理あるかもしれない。

 城の大きさばかりに気を取られて、思考が偏ってしまっていたらしい。

 というより、そんな一面があることを思いもしなかった。

 有体に言えばそうだったので、私はそうですね、と小さく呟いみせた。


 その後少しの間を開けて、そういえば、と彼が尋ねてきた。


「お前はなんで世界の果てを目指してるんだ? 昨日の夜聞きそびれてた」

「簡単なことです。疑問に思ったことはありませんか? この世界に『果て』というものが存在するのか否か。私はそれを確かめたいだけです」

「純粋な好奇心ってやつか」

「ええ。単なる好奇心ですよ」


 彼はふむ、と変に頷いた。


「俺は果てというのは見たことがない。だが、あれば見てみたいとも思う」

「でしょう? そういえば、今まであなたも世界中を旅してきたんですよね。その途中にでも世界の果てはどうなっているのか、という疑問を持つ人はいたんですか?」


 今まで不思議だったのだが、こんなにも森の外の世界は広く、人々は多くいるのだ。

 これだけの人が居れば、次第にそういった好奇心を持った人間が出てきてもおかしくないと思ったわけだ。

 この質問に対して、彼は少し考えてから、何か言葉を選ぶように話し始めた。


「居たには、居た。だけど、結局そいつらは『果て』どころか、世界全てを巡ることすらできなかったんだよ」

「どういうことです?」

「あまり気分の良い話じゃないぞ? ……それでも良ければ話をするが」


 何をためらっているのだろうか。仮にも彼は世界地図を作ろうとしている身のはずだ。この手の話しに喰いついてこないのは何かおかしい気がしたが、私はそれでも気になったので、彼に続きを促した。


「……ある大陸のある国の魔法学校に、地図製作を志す奴らがいた。奴らは世界地図を作ろうとしていてな。苦心の末、今までなかった測量の魔道具を作り上げたんだ。その作り上げた奴は狂喜乱舞してな。周りの奴らに言いふらしたそうだよ。その気持ちも分からなくはない……なにせ、大陸の位置、面積、この世界全てを探査し、使用者の頭に情報として叩き込む、そういう魔道具だとんだから。それが本当だったのなら、素晴らしい話だ」

「思っていた、ということは結果は違ったんですか?」


 私の言葉に、彼は苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「ご明察。奴らは失敗した。その『理論上は』完全な魔道具を使った瞬間、魔道具は莫大な魔力を使用者から吸い取った。結果はもうわかるだろ? 体中の魔力を吸われた人間は、例外もなく死滅する……。使った奴はこの世から永遠に消え去っちまったって訳さ」

「他の方々はそれからどうしたんです?」

「壊したよ。友人が一人死んだんだ。当たり前の感情だろう」


 聞き方が悪かったのだろう。

 私が求めている回答とは違う回答が返ってきたので、私はもう一度問い直す。


「そうではありません。その魔道具を作った、張本人はどうしたのですか?」

「さぁな。そこまで聞いて、俺は聞くのをやめたから、詳細は知らない」


 彼はまだ、苦虫をかみつぶしたような、暗く重い顔をしていた。

 なぜだろう、と不思議に思ったが、私はそれ以上追及するのを止めた。

 理由が分からないものに手を出すと酷い目に合う、というのは、今まで痛いほど経験してきたので、私は黙って歩くことにした。



 それから数歩歩いた先にあった、路地。

 大通りから横にそれて続く、その道に差し掛かったあたりで、彼は急に館の方ではなく、路地の奥を注意深く見つめていた。

 どうしたのか、と問うて私もそちらを見てみると、路地の奥に首輪と足枷をつけられた人々がたくさん歩いていた。


 異様な雰囲気を私は感じた。どの人間も暗くうつろな顔をしていて、俯いている。

 衣服がぼろぼろな男や、泣きじゃくっている女が何人もいた。年端もいかぬような少年も、少女もだ。

 人種も様々だ。耳がとがっているのがエルフで、頭の上に猫や犬の耳、シカや牛の角を生やした獣人、トカゲやワニのような肌を持ち、縦長の紅い目をした爬人はじんまでいた。もちろん人間もいる。


「驚いた。こんな平和そうな街にも奴隷商がいるのか」


 彼の顔には先ほどまでの暗い顔は無かったので、私は安心した。

 なにに安心したのか、分からないが。


「ドレイショウ? なんですかそれは」

「ああ、お前は馴染みがないのか。奴隷商ってのは、奴隷を売ってる商人のことだ。で、奴隷っていうのは、金を出して買える、一生の労働力、って認識かな? ま、労働力って言っても、男と女、容姿や得意なモノなんかで用途はかなり変わるんだがな。俺は雇ったことがないから分からないが、かなり繁盛するらしいぞ」

「人間が人間を買うんですか?」

「そう。あるときは畑仕事をさせたり、またあるときは家事をやらせたり、またあるときは性的処理道具としてとか……な。まったく、人間が人間を買うなんて、おかしな話さ。そう思わないか?」


 おかしいのか、おかしくないのか。その判断は私にはつかなかった。少なくとも奴隷商という人間は、奴隷がいてこそ商売が成り立つし、奴隷の方の事情は分からないが、労働力として提供されることを承諾して、このような事態になっているのだろう。

 なんとも、言いようがなかったので、私は無理やり話題を変えることにした。


「今連れられているあの人たちは、どのような用途に使われる奴隷なんでしょう」

「あいつらの恰好を見るに、きっと性処理用の奴隷だろう。爬人は分からないけれど、あの人間の女や男、獣人もみんな一様に奴隷にしては綺麗な部類だからな。まったく、何をしでかして奴隷になんかなったんだか……」


 しばらく見ていると、彼らはどうやら奥の方に向かっているようだった。その先に何があるのか、私は少し気になったので彼に質問を投げかけてみた。

 彼は少し考えて、答えを返してきた。


「きっとあの先に奴隷商の拠点があるんだろう。奴隷専用の見世物檻とかな。見世物にして、金持ちどもに売りつけるんだよ。これは大変すばらしい奴隷ですよ、って感じでな」

「見世物檻……」


 見世物、というのは辛辣な言葉ではなかろうか、と私は思う。

 だが、それ以上を考えるのはなぜか奴隷たちに失礼なような気がしたので、やめておいた。

 彼らも生きるためにやっていることなのだろう。そう割り切って、私は彼らの背中を一瞥した後、彼に先へ進むよう促した。



 門に近づくにつれて、門を守る甲冑姿の守衛が目に付いた。

 背の高い者と、背の高い者の半分くらいの背の者……身長においては対照的な二人が、門の前に立つ私たちに向けて視線を送ってきている。

 彼は警戒心を出している二人の守衛の内、背の高い方に一礼し話しかけた。


「初めまして。私はルーカスという者です。それで、こっちは私の連れのルネ。私たちは旅をしていて――」

「何用か。旅人よ。ここにはお前たちにくれてやる食べ物はないぞ」


 自己紹介の途中で遮ってきた守衛に対し、彼は微笑を絶やさなかった。

 私だったら確実に、あの背の高い髭面へ一発平手をやっていたところだろうに。彼はこの程度では動じない程度の器は持っているらしい。


「いや、ここの領主様が、この街の地図を作れる者を募集している、と聞きまして」


 彼のその言葉を聞いた瞬間、二人の守衛の顔つきが、警戒する顔から敵を見るような目に変わった。

 何が問題だったのだろうか。だが、それ以上彼らが何かをしてくるような気配はない。代わりに、かなり嫌々、といった様子で彼に向けて言葉を発した。


「フン……。いいだろう、中に入れ。中に入ったら、シェルミ様の地図の件でここに通された、という旨を話せ。それと、武器類は持ち込み禁止だ。こちらで預かる」


 有無を言わさぬ男の物言いに、彼はあっさりと腰にあった黒い剣を守衛に持たせた。


「っ!? お前、なんだこのクソ重い剣は!」

「ああ、魔法の剣で特別製なんですよ。ちょっとやそっとじゃ傷つきませんが、私以外の者が抜こうとすれば、その抜こうとした人間を切り裂く剣です。扱いにはお気をつけて。ああ、そういえば、武器はその剣一本だけです。あっちの御嬢さんにはなにも持たせてないので安心してください。それでは、失礼します」


 よくもまぁ、私について口から出まかせが言えたものだ。

 だが、これは私にとって好都合だ。身体検査をされなくて良くなるのだから。

 私と彼はなぜ彼らが敵対するような目で見ていたのか、不思議に思いながらも門を抜けた。

 私は詰所らしきところに、あの黒い剣を守衛二人掛で運んでいるところを見た。

 アレは一体、どのくらい重いのだろうか。

 ここまで聞こえてくるぐらい、大きな音を立てて剣が置かれる。


「気になっていたのですが、あの剣、魔法の剣ですよね? 一体どこで手に入れたんです」

「ああ、あの剣か? いや、知り合いにもらっただけでな。俺も詳しい出所は知らないんだよ」

「そうなんですか」

「どうした? 気になることでもあるのか」

「いえ、あの剣、相当な業物でしょう。それも扱いが特別難しい部類の剣で、自分が斬りたいと思ったものしか切れない魔法が施されていました」

「驚いた。お前、かかってる魔法の解析までできるのか」


 彼は不思議そうに私を見るので、逆に私は彼に問うてやる。


「貴方はできないんですか?」

「いや、できないことはないが、俺以外にソレをできる奴は初めて見たからな。ちょっと驚いただけだ」


 どうやらそういう事らしい。

 彼は少しは魔法に精通しているようだ。私ほどではないにしろ、魔力はある方だと見て間違いはないだろう。

 私と彼は言葉を交わしながらゆっくりと通路を歩く。

 門と城の間の距離はかなりある。宿屋からここまでの道のりよりも、長いのではないだろうか。

 それにしても、手入れが行き届いている庭だ。

 多彩な色の花が咲き乱れていて、見ていて飽きない。

 庭師が相当良い腕の持ち主なのだろう。


「待て待て~!」


 そんな感想を抱いていると、どこからともなく子供の声がした。

 横を向いていた私は、少し前方を見やる。すると、私よりも小さい背の女の子が蝶を追いかけて、走ってくるではないか。

 走る速度はかなり早い。

 よく見ると、頭に猫の耳がついている子供の獣人だった。

 先ほどの奴隷の獣人のように、暗い雰囲気は一切感じさせない、まるで太陽に向かって咲く、黄色い大輪の花のような笑顔の女の子だ。


「わっ」


 よく前を見ていなかったのだろう。彼のすぐ近くまで迫っていた女の子は、蝶を追いかけるのに夢中になるあまり、足をもつれさせてしまったのだ。

 そんな少女を見て、彼はとっさに女の子を抱き留めた。可愛い顔に擦り傷がつくなど、私としても嫌だったので、彼に私は心から勝算の声を掛けた。


「よくやりましたね」

「危ないぞ、お嬢ちゃん。蝶を追うのに夢中になるのはいいが、周りをよく見るんだ」


 前のめりに倒れこみそうになっている女の子を、彼はうまくいなして、無傷で保護した。

 抱き留められた事実に気付いたのか、女の子はすぐさま彼と距離を取る。

 それは、他人にいきなり触れられたからだろうか。詳細はよくわからないが、警戒心から距離を取ったような印象は受けなかった。どちらかと言うより、彼を見て、距離をとったといったところか。


「おにいちゃん! たすけてくれて、ありがとう!」

「偉いな。ちゃんと礼が言えるのか」

「うん! わたし、ちゃんとおれいいえるの! おにいちゃんは、あたらしい『おてつだい』さん?」


 彼は女の子の言葉を聞いて、少しだけ顔が曇った。

 どうしたのだろうか。


「いや、俺は執事になりに来たわけじゃない。君のお姉さんの、シェルミさんに用があるんだ」

「ふーん。あなた、おねえちゃんに用があるの?」

「そうだ、だから――」


 彼が言葉を続けようとしたとき、私と女の子の眼が合った。

 うっ、とすかさず目をそらす。


「わぁああ! おねえさん、おにんぎょうみたいにキレイ!」

「あ、ありがとうございます」

「おねえさん、こえもすっごくきれいだねっ。わたし、おねえさんみたいになりたいな! ねぇ、わたしもおねえさんみたいになれるかなっ!?」


 光り輝いている瞳に、私はたじろいでしまう。

 子供は苦手なのだ。

 おどおどしている私に、彼は耳打ちをしてくる。


「変なことは言うなよ。どうやらこの子、獣人だけど領主の娘のようだ。悪い印象をもたれると、あとが怖い。頼むぞ」

「なっ」

「あーっ! おにいちゃんとおねえさん、ないしょばなししてるー! わたし、それなんていうかしってるよっ! おねえさんたち、『こいびとどうし』なんでしょっ」

「――っ! なにを馬鹿なことを言っているのですか。私と彼はそんな関係ではありません」


 突拍子もないことを言い出した女の子に私は諭すように言うが、彼女は全く聞く気がないようで、言葉を休む間もなく発している。


「わたし、メアリーっていうの! おねえさんとおにいさん、おなまえはなんていうの?」

「私はルネで、こっちはルーカスっていうんです。よろしくね。メアリーさん」

「るーかすさんと、るねさんだね! ねぇ、いっしょにあそぼうよっ。おねえちゃんはなんか、『ちずをかいてくれるひと』をさがしてていそがしいっていうし、わたしつまんないのっ」


 これはマズイのではないだろうか。

 ここで足止めを喰らってしまうと、いつまでたってもシェルミとやらに面会できない。

 そこまで考えてどうしようかと悩むと、メアリーは何か名案を思い付いたように声を張り上げた。


「そうだ! るーかすさんとるねさんでおねえちゃんを『せっとく』できないかなっ? やってくれたら、わたしのたからもの、あげる!」


 渡りに船、とはこのことかと私と彼は目を見合わせる。

 もちろん断る理由などないので快諾すると、メアリーは上機嫌でありがとうと再び礼をいい、城へ向けて歩き出した。


「いいぞ、ルネ。よくやったな……お前がそんなに子供好きだとは知らなかったよ」

「子供は嫌いです」

「嘘を吐け、お前、彼女の笑顔を見て、すっごく笑顔になってたじゃないか。自分じゃ気付かなかったのか?」

「……あの子の笑顔がとても可愛いんですから、仕方がないでしょう」


 私と彼は彼女の後をついていきながら、そんな話をしていた。

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吸血姫と最果ての羅針盤 蒼凍 柊一 @Aoiumi

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