十日目(2) 残された王子

 目を開ける。白い光が眩しくて、また閉じる。

 日差しから顔を隠したいと腕を上げて、その腕の重さに驚いた。

 体は横になっているらしい。背中に当たっているのは羽毛の詰まった寝具だろう。

 微かに唇を噛んで、もう一度瞼を押し上げる。

「眩しい」

 桂雅けいがは声を吐き出した。

「仕方ないじゃない、昼間だもの」

 応じた声があったことに驚いて、よろよろ頭を向ける。

 声の主はりんだ。

 彼女は鮮やかな空の色の襖曳アオザイを着て、漆の塗り込められた椅子の上に腰をかけていた。

 微かに花の香りがする部屋の中。窓は開け放たれていて、光も風も入り込んでくる。無いのは人の声ぐらいか。

「何処だ――」

「西寧の、あなたの城よ?」

 足を揺らして、凜は言葉を継いだ。

「戦場で倒れたって、連れて帰ってきてもらったの」

「そうか」

「あとでちゃんとお礼を言う」

「誰にだ」

「えっと…… なんて名前だろう、あの小父おじさん」

 彼女が首を傾げるのに、吹き出した。頭の芯がずきんと鳴る。

「俺は――倒れたのか」

「うん。右のこのへんにね、大きなこぶができてる」

 凜が、右耳の上あたりを撫でるような仕草をした。

 触ってみようとして、やはり腕が重いと諦めた。

「簡単な術だと思ったのだがな」

 先代の王が遺した秘術、動かすのは容易たやすかった。残されたのは疲労感。

 腕が重いのも、背が寝具から離れないのも、そのせいだ。

 初めて見る光の後を自分では分からないと息を吐く。

「戦はどうなった」

「勝ったって」

「如何様にして」

「知らない。聴いても分からないし」

 ただ、と凜は眉を寄せた。

征雲せいうんって人は、羅英らえいが城まで連れてきた」

「何故、羅英がなんだ」

「それも小父さんたちがすごい問い詰めてたよ。思誠しせいとも話をしたがってたけど、彼……大怪我してた」

「またか、あいつは」

 息を吐いてからぎこちなく顔を動かして、もう一度凜を見る。

「大変な怪我よ」

「そうなのか?」

 凜は一瞬、きつく目を瞑った。肩を揺らし、潤んだ眸を向けてきた。

「腕と足が、片っぽずつ無くなってた」

「……なんだと!?」

 かっと両目を開く。呻きながら、起き上がる。

「どうしている?」

「お医者様が見てくれてる。出血がひどいけど、なんとかするって。思誠も死ねるかって笑ってた」

 思わず溜め息をついた。寝台の中に座り込んだまま、両手で頭を抱える。

――大丈夫だ、気配は消えていない。思誠は死んでない。

 二度三度、大きく息を吸って。顔を上げる。

「他には何かあるか?」

 問うと、凜はさらに眸を潤ませた。

「征雲がね」

「……どうした」

 続きを促す。眉をぎゅっと寄せて、彼女はすとん、と椅子から飛び降りる。

 寝台にふわりと飛び乗って、すり寄ってきたので、つい頬をその髪に寄せた。

 温もりが伝わりあった後に。

「彼は死んだ――自分で喉を突いて」

 服の下に小さな刀を持っていたの、と震える声が告げる。

「下郎の手は借りぬって言われた」

「成程」

 血と力の上にふんぞり返っていた叔父らしい、とくつくつ笑う。

 何度も抱いた体が柔らかく寄り添ってくる。桂雅の肩に頰を乗せて、凜も長く息を吐いた。

「あの人が王様にならなくて良かった」

「本当にそう思うか」

「だって、戦が終わってからも酷い目に遭いそうじゃない」

「……俺は、どうだ」

 問う。凜は静かに視線を向けてきた。

い王様になって」

 瞬く。

「だって、生き残ちゃったでしょう?」

「確かに」

 己が王か、と嗤った。

 占いにこの未来は全く出なかったぞ、と喉を鳴らし続ける。

 それから、すぐ傍にある顔と、まだ見える未来を見つめ、抱きしめた。

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