十日目(1) 狙い定める友人
浅く広い川を挟んだ両岸で両軍が向き合ったその直後に、
見慣れない色の光。
川の両岸が見渡せる、草の繁る丘の上でそれを知った。
「厭な感じだね、確かに」
両腕で己の体を抱き込んで、
「こう、魔力を外に出そうとしているのを、プツン、と
「違いねえ」
「
「そうだね。早速効果が出てるよ」
ほら、と羅英は向こう岸を指差した。
「旗とか、幟とか…… そういうのが、ばたばた倒れている。持っている人が倒れたからだと思わない?」
「もともと死人の傀儡がいたってことか」
ふん、と鼻を鳴らす。それから目を閉じる。
もう死んだのだという少年の顔が浮かんで消える。
「確かに、使えなかったな」
思誠が呟く。
「桂雅様はお人好しなんだ」
羅英は笑んだ。
「自分の傀儡が死ぬのが怖くて使えなかったなんて。本当に手段を択ばない人だったら、最初の最初で使っていたんだろうな」
「ああ…… そうかもな」
際限なく広がった内乱を真っ先に止める手段だったのかもしれないのだ。王位を狙う者たちが手足としていた傀儡を全て失くす、戦いの術を失わせる、まさに秘術。
――内乱をここまで大きくしたのはおまえだ。
「比陽に偉そうに説教垂れてて、そのざまかよ」
本当は自分に言い聞かせるために言っていたのかもしれない。真相などどうでもいいが。
はあ、と背中を掻く。
「征雲の軍が崩れるのを見て、満足か?」
振り向く。羅英は肩を竦めた。
「どうなんだろねー。ざまあみろとは思うけど、それで
あと、と目を細める。
「どうする? 問題の王子様、逃げ出したみたいだよ?」
「なんだと?」
「大きな魔力が動いていってる」
ね、と反対岸の布陣の真ん中から北を差して、指を動かす。
「たぶん、征雲」
「……一人か?」
「いいや。維祥と雄飛が一緒じゃないかな?」
どうする、と彼は口を曲げる。
「逃がす?」
「訳に行かねえな。だけど俺らが何をできる」
「そうだねえ。二人とも戦闘要員じゃないよね」
あははあははは、と笑う羅英に溜め息を返す。
直後、二人で息を呑んだ。
後ろだ。
背中側に何か近付いてきている。
「冗談だろ」
羅英が顔を引き攣らせた。
「一気にここに飛んでくるよ」
「誰が、って聞くまでもねえか!」
と呻いて、振り返る。
草むらから光が天に伸びている。そこから影が飛び出してくる。
二人は叫び、走り出した。だが、その道に、赤仮面がのそりと立ち塞がる。
「
羅英が名を言うと、画面から覗いている口元が大きく歪んだ。
その後ろでは、大男が背に力の抜けた体を背負っている。
「
「敬え。尊き血をお持ちの方だ」
「知らないね」
「土壇場で裏切るとは――やはり人形になっているべきだったのか、おまえも」
「お断り」
じりじりと後ずさりながら、羅英は舌を出す。
「そこまで縛られてたまるか! 生憎、もう自由だ。玉英にもう近寄らせるつもりはない」
ひゅっと空気が裂ける音がした。
羅英が暗器を投げたらしい。それは雄飛の爪が弾き落とす。
「馬鹿野郎、当てろよ」
「無理無理!」
乾いた声を上げ続ける羅英に、思誠は舌を打った。雄飛の視線が向いてくる。背中を汗が伝う。
「我が主に何をした」
肚に響く声だ。
「謎の光の直後にお倒れになった。おまえたちはいったい何を!?」
「俺じゃねえ」
子どもじみた返しだ、とごちる間もなく、雄飛の爪が伸びてきた。
「おまえを人質に、桂雅にこの技を解かせよう」
ひっと喉を鳴らして避ける。くるりと背を向けて走り出す。
羅英もまた走ることを選んだようだ。
だが、その頭上を跳び越えて、雄飛が前に立つ。
また汗が流れる。揺れる長い爪に、心臓が騒ぐ。
――前回は負けてんだよ。
治ったはずの傷が疼く。じりじりと下がろうとして、後ろを見て、むき出しの刃を手にした維祥と目があった。
「ここでお荷物になって堪るかよ」
「死ぬのもごめんだよ」
羅英が笑う。彼はもう一度、小刀を右手に握っていた。
すうと息を吸って、地面を蹴る。
小さな刃が眉間を狙う。維祥は素手でそれを受けた。続けざまに、額を狙って羅英が蹴上げる。
その向こうに、倒れ伏せた征雲らしきが影が見える。
――あいつが起きると2対3になっちまう。その前になんとかしねぇと。
思誠は前を向き直る。雄飛の爪が伸びてくるので、横に跳んだ。
風の刃を飛ばす。同じように横跳びで避けられて、一気に爪が伸びてくる。
仰け反る。足を払われる。投げた刃は何もない空間に飛んで行った。
当たらない、と唇を噛む。圧し掛かってきたのは転がって避けた。
飛び起きて走って、草叢に飛び込む。
「莫迦め」
高い声が響いた。
「おまえの技では、草を薙ぎ払ってしまうだろう? 隠れても無駄だ」
「そもそも、動いていたら草が揺れてばれるだろ!?」
また小さく返し、どんどん奥に踏み入っていく。
両手で頭を掻いて、呻く。
「なんとかして当てらねえかな!?」
雑な技だ、と奥歯を鳴らす。
どうにかして、雄飛の動きを止めたい。地面に縫いとめるのでもなんでもいい。
「っと!」
脇を爪が掠めていく。びゅっと音がしたので屈みこむと、草が一気に伐り倒された。
羅英と維祥が揉みあっているのまで見通せるようになる。
「まじか」
爪が伸びてきたのを飛び退る。残っていた草を盾に、もっと下がる。
赤仮面の口元が歪む。
「いい加減掴まれ――刺されるといい!」
ぎらりと爪が光る。
その指から真っ直ぐに生えた爪が。
ぱち、と瞬いた。
「そうか」
あの爪は着脱不可だろう、と嗤う。
――とりあえず今を勝ち残ればいい。
じり、と地面を踏む。相手を睨む。
雄飛も同じだ。
すうっと爪を撫でて、一直線に跳びこんできた。
僅かに避ける。右脚を爪が貫いた。
目の前が白くなる、叫ぶ。
にっと雄飛の唇が綻ぶ。
同時に思誠も。
「逃げらんねえぞ」
雄飛の反対側の爪に左の掌を突き立てた。
叫ぶ。
左の掌から生まれた刃は、確かに雄飛の血を巻き上げた。
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