己一つで咲く花は無く。
憧れの白馬の王子様こと、白騎士ランティス氏に顔どころから名前までしっかりと覚えられていた事がそんなに嬉しかったのか、クリスは直立不動の姿勢のまま、完全に自らの意識を手放していた。
全く器用な事をする奴である。
流石に呆れたので、私とヴェイロンはそのまま放っといて立ち去るつもりであったのだが、ランティス氏がそれを許さなかったので、しぶしぶ近所の公園にまで運ぶことにした。
よくよく考えてみると、このまま路地裏に置き去りになどしたら後で報復が恐ろしいので、これで良かったのかもしれない。
普段ならまだしも、今それをするのは、クリスからランティス氏を
「全く本当に面倒臭い奴であるな……」
「護衛どころか、丁稚の手伝いすら、満足にできんとはな」
未だ幸せそうな顔をしたまま、ベンチに転がされているクリスの横顔を見ながら、私とヴェイロンは深く溜息を吐いた。
時たまハートマークつきの
「ふふ、面白い人なんですね、クリスさんは」
「まぁ、そういう見方もあるとは言えるな……」
図らずしも、クリスのお陰で一旦休憩タイムと相成った我々は、今は公園のベンチに腰掛けて一休みしている。
ああだこうだやっている間に、気付けば時刻は昼過ぎ。
正に昼飯時であるので、まぁ、これはこれである意味、丁度いい。
「ひとまず、飯でも食うか。今日も折角、百人長殿が配給の弁当を寄越してくれているしな」
「あ! それはいいですね、それじゃあ黒騎士殿も……って、もう食べてる?!」
「そいつはほっといていいぞ、丁稚殿。基本的に好きな時に好きな様に食ってるからな」
既に黒パンにむしゃぶりついているヴェイロンを後目に、ランティス氏と揃って
今日のアテは塩漬け肉とチーズだ。無論それだけでは喉が詰まるので、小さな革水筒に入れた薄いワインの水割りも、百人長殿は支給してくれた。恐らく、元は行軍用の備蓄兵糧であろう。
都市部はともかく、地方では水の調達はそう容易なものではない。かといって生水は持ち歩くには保存に適さない。魔術に頼るという手もあるが、それはそれでコストも人手も掛かる。そうなれば、やはり腐敗に強く飲みやすい、昔ながらのアルコールの水割りが、行軍飲料には適当である。元から鎮痛・興奮作用のある強い酒をガブ飲みしていた酒豪の第三騎士団であるなら、尚の事であろう。
とは言え、それも今や昔の話だ。上下水道の整備が行き届いている王都に駐屯する限りは、最早不要な蓄えである。そして、今のこの御時世、王都駐屯軍である騎士団の任務は、専ら治安維持活動ばかりになっている。最早行軍するアテも先も、当分ありはしない。
だからまぁ、こうやって、社会奉仕活動従事者にも気前良く振舞っているのだろう。
「やはり、こういった兵糧も、今の騎士団では最早お荷物でしかないか」
ワインの水割りを水筒から直接飲みながら、ふと、そう尋ねると、ランティス氏が苦笑いする。
「不要な
「まぁ、だからこそ今こうして我々の手元に届いているのだ。個人的にはありがたい話であるな」
「ふん、飯、屋根、仕事で貧民共を手懐けるのは、治安維持の方策としてはそれこそ、基本中の基本でしかないわ。やって当然の事よ」
鼻息荒くヴェイロンがそう締め括り、頬張っていたパンをワインの水割りで流し込む。
まさに手懐けられる側の無職の分際で偉そうな奴である。
まぁ、いつもの事であるが。
「しかし、クリスは当分起きそうにないな。勇者、此処は任せたぞ」
「? 構わんが、お前はどうするのだ」
「食後の運動だ」
「あんまり公園から離れるなよ」
「案ずるな、最優先事項は俺も弁えている。互いに目の付く所には居る」
それだけ言って、ヴェイロンは公園の隅へと移動していき、いつも腰に帯びている剣を鞘ごと引き抜いて、そのまま、ゆっくりと素振りを始めた。
いつもの事なのだが、偉くゆっくりである。
何で普通にやらんのだろうといつも思っているのだが、邪魔するのも何なので、毎度の如く、ただ私は眺めているだけである。
しかし。
「……見事な太刀筋ですね」
それを見ていたランティス氏が、すぐ横で息を飲みながら、そう言った。
ふむ、王立士官学校卒の白騎士が言うからには、嘘ではないのだろうが……私にはその凄味が分からん。
「あれは、そんなに大したものであるのか?」
丁度いい機会であるので、私は思い切ってそう聞いてみることにしたが。
「?! あ、あれを見て、黒騎士殿の
酷く驚かれてしまった。
ランティス氏はその綺麗な蒼瞳を見開き、信じられないといった表情でこちらを見る。
「う、うむ……すまん分からん」
「ど、どうして?! 勇者殿も、かつては戦場に居た身ではないのですか?!」
「いや、まぁ、そりゃ居たが……私は丙種勇者であるからな。魔族とばかり戦ってたもので、ああいう人向けの剣術の類にはどうも疎くて……」
「騎士剣技は対人ばかりを想定したものではありませんよ! 武術は全て魔物や大型害獣に対する備えも想定して組み立てられています! それに、己に向けられたものではないから分からないだなんてそんな……い、いや、しかし、確かに魔族のような輩と相対する場合は、槍などの長柄が基本と言う話ですしね……分からないのも無理はありませんか!」
「ま、まぁ、そんなところだ」
そう言って、一人納得するランティス氏に合せるように、相槌を打っておく。
しかし……私も良く使用していた武器は剣なのだが……まぁ話がこじれるので黙っておこう。
実際、私が剣術というか、武術の類に対して無頓着である事は確かであるし、基本的に我流の私には、体系付けられた武術の凄味は良く分からない。丸っきり知らないわけでは当然ないが、精通しているかどうかと言えば、間違いなく否である。私に限らず、神託の力で戦う丙種勇者なんてのはだいたいこんなものであろう。
まぁ、しかし、それは今は良かろう。
一先ずは、ランティス氏の話に耳を傾ける。
「えーと、とりあえず、簡単に説明しますと……あれは、非常に身体に負担の掛かる素振りなのです。ゆっくり振る方が勢いで振り降ろしたり引いたりできない分、疲れますからね」
「へぇ、そういう理屈だったのか。しかし、だったら、あれは誰だってやるような鍛錬ではないのか? 特に騎士団では珍しくなかろう」
基本的に騎士やら戦士の訓練の場をしっかり見たことが無い私には、正直馴染がない。
しかし、ランティス氏は更に顔を強張らせて、またヴェイロンに視線を送る。
「確かにやるだけなら誰でもやりますが……練度がまるで違うんですよ! 見てください、黒騎士殿の太刀筋を!」
言われて、また見てみる。
やっぱり、まるで分からない。
いつも見ているせいもあるのだろうが、いつも通りのヴェイロンにしか見えない。
「……分かりませんか?」
「……すまん、分からん。どこがどう凄いんだ?」
「まず、離れているせいもあるとは思いますが……
「なるほど、確かにそれは凄い事だな」
何もしなくても、腕に力を入れれば多少腕は震えるものだ。
しかし、ヴェイロンはそれすらも抑制して、それでいて真っ直ぐな太刀筋を保ったまま、ゆっくりと素振りを続けているようである。
確かに大した芸当であるが、ランティス氏に言われなければ、私は恐らく一生気付かなかったろう。
技術的な審美眼は私にはまるでない。
というか、むしろ、それだけの業前があっても、ヴェイロンが士官出来ていないという事実の方に驚く。
アイツの偏屈な人格と黒騎士という不名誉な経歴が最大の原因であるとは思うが、それにしたって王立士官学校卒の白騎士が絶賛する剣技の持ち主がタダの無職をやっているという事実に変わりはない。
それを鑑みるに、いよいよ、武の時代は終わりを告げているのだろう。
「しかし、いつも見ていると、まるで気付かんものだな」
「確かに、常在戦場であった勇者殿や騎士殿にとっては、逆に当たり前の事で気付き難いのかもしれませんね」
「ふーむ、まぁ、そんなもんかもしれ……」
そう、肩を並べて座っているランティス氏に顔を向けて声を掛けたところで。
「……ん?」
私は、とある違和感に気付いた。
「おや? どうしました? 勇者殿」
「あ、いや……その」
此方を向いて、詰め寄ってくるランティス氏の顔を見て、違和感は確信に変わる。
やはり、以前と違う。
隠すような事でもないので、素直に言ってみることにする。
「なんだか、やけに丁稚殿の顔が近いと思ってな」
しかし、言った途端、ランティス氏は蒼い目を見開き、顔を朱に染めて金髪を振り乱し。
「!? そそそ、それは失礼をしました!!」
大きく仰け反って、私にそう謝ってきた。
いや、まぁ、謝るほどの事では全くないのだが。
「も、もも……もしかして、僕が無意識のうちに勇者殿に顔を寄せすぎて……」
何だか小声でブツブツ言っているようだが、よく聞き取れない。
顔が近い事にそれほどまでに問題があったのだろうか。
まぁ、今を時めく白騎士である上、普段は素顔隠しているわけだしな、まじまじ見られる事で何か困る事もあるのやもしれん。
いまいち真意はわからんが、とりあえず思ったままの事を告げることにする。
「前はもっとほら、こうやって、私が見上げるような形であったではないか」
「え……あ? ……ああ。なるほど。そういう事でしたか……というか、今頃気づいたんですか、それ」
そう、私が返答すると、何故か、ランティス氏はこれまで一度も見たことがないような冷めた顔で一度嘆息したが。
「それだったら、答えはこれですよ」
直後にはいつも通りの柔らかい笑みを浮かべながら、ベンチを二度叩いた後。
「あとは、こっちです」
座ったまま軽く足をあげて、私に靴を見せてきた。
相変わらず、何の変哲もないミドルブーツである。
「ベンチと、靴がどうした?」
「まずはお互いに座り合っていることが最大の原因です。それだけじゃわからないと思いますから、次はこのブーツ。実はこのブーツ、結構な厚底なんですよ。その上、中の構造も、軽く爪先立ちになるようになっています。だから、このブーツを履いていると、立ってるときは普通より身長が高くなるんですよ。ちなみに、普段つけてる甲冑のグリーブも、同じ構造をしています」
「え?」
まさかの
足元ばっかり何かと見ている私でもまるで気付けなかった。
流石に驚く。
「なんでまたそんな事を。騎士からしてみれば足腰の安定は、何よりも大事な事ではないか」
いくら武術を体系的には知らん私でも、当然ながら全く無知というわけではない。
戦場で実際に見聞きした術理については流石に多少の理解はあるし、無論、自分でも剣を振るう以上、足回りの重要性はそれこそ身に滲みて分かっている。
少なくとも、上底の上、爪先立ちまでするような踏ん張りの効かない靴では、剣技など十全に振るえるはずがない。そんな事は、体系武術門外漢の私でも分かる。
というか、そんな重心が不安定な状態で歌って踊ってやっていたのであるか……それはそれで凄い事であるな。
「全く勇者殿の仰る通りなんですが……ほら、僕、結構小さいんですよ。こうやって座ると良く分かると思いますが、座高はそんなに高くないでしょう?」
「確かに……私と同じくらいか、いや、ちょっと小さいくらいであるな。こうしてベンチで並んで座ってみると、良く分かるな……ああ、なるほど、だから、今回はタダのベンチが最大のカラクリなのであるな」
考えても見れば、こうやって肩を並べて、隣り合って座るのは初めてだ。
普段はお互いあまり傍にはいないし、近くてもせいぜいは大きめのテーブル越しである。
しかも、普段のランティス氏は軽装とはいえ甲冑を身に着けているわけで、今よりは当然大柄に見える。
「やっぱり、身体が小さいとそれだけで騎士としては問題がありますので……せめてタッパだけは稼ごうってことで、ああなってるんですよ。お恥ずかしい話ですけどね!」
「なるほど……しかし、だったら丁稚である今は普通の靴でもいいのではないか?」
「いやぁ、普通の靴に慣れちゃうとまた元のグリーブに慣らすのが大変なので」
「ああ、それなら、仕方あるまいな」
まぁ、騎士や武人であるのなら、体躯はあるに越したことはない。
実際、身長制限や体重制限が課せられている騎士団や傭兵団も珍しくはない。
結局、ああいった場所では身体が資本である。
第三騎士団もそう言った事情は無論あるだろうが……基本的にインドア派の白騎士相手にまでそれを馬鹿正直に適用するわけにもいくまい。
かといって、今までの規則を容易に変える事も
白騎士興業を中心に活動させるつもりであるなら、背は高いに越したことはなかろうしな。あれは目立つことが仕事であるようなものだし。
しかし、本来通り多少でも戦士としての役目を求めるならば、折衷案もクソも不採用で話は終わりである。逆にいえば、そんな役目、今はハナから微塵も期待していないこそ、許されている特例であるとも言える。
「まぁ、だからこそ……余計に、黒騎士殿の太刀筋には、憧れる所がありますね!」
「ほう。アレは、そんなに凄い業前なのか」
「はい! ですが、それよりも……単純に、あれほどまでに武を練り上げられる時間を取れるという事が、既に羨ましいですね」
「ああ……そう言えば、他の騎士団員も嘆いていたな。剣を握る時間より歌ったり踊ったりの練習をしている時間の方が長いとかなんとか」
「仕方がないことなんですけどね」
最早、武とは無縁な白騎士と言えど、騎士は騎士。
古の騎士らしく武に打ち込む事を羨ましく思うのも、無理からぬ事か。
「やはり、丁稚殿のような立場でも……剣を振りたいと思うか?」
「ええ、やはり、騎士団の末席に名を連ねる以上は、そういった気持ちは強いですよ。大きな戦乱を騎士として経験していないからこその、勇み足かもしれませんけどね」
そう言って、寂しそうに笑うランティス氏の横顔を見て、クリスから聞いた、彼の昔話を思い出す。
憧れに追いつくために。
彼の憧れが何処の誰なのかは知らないし……知っていたとしても今の私がどうこう言うつもりはないが……いずれにせよ、今騎士であるのなら、剣という武について思う所があるのもまた、仕方のない事であるのかもしれない。
武によって救いを得たというのなら、尚の事。
「今の境遇はやはり、不本意であるか?」
ふと、私はそう尋ねた。
言ってもそれこそ、仕方のない事だろうに。
しかし、ランティス氏は気にした様子もなく、むしろ笑顔で、はっきりと答えてくれた。
「その問いをまるきり否定すれば、どうしても嘘になるでしょうね」
言い淀まず。
それこそ恐らく、嘘偽りなく。
「正直に言えば、今この時だけ丁稚として過ごすというやり方も、本意ではありません」
「……まぁ、そうであるよな」
日頃のランティス氏の言動から鑑みれば、確かに、到底看過できるものではないだろう。
何せ、現場から煙たがられるレベルのクソ生真面目がこの白騎士なのだ。
こんな、お上と世間様の両方に不義をするような真似、そりゃあ本心では面白かろう筈もあるまい。
嘘も方便であるとは言え、公式文書まで操作して身分を偽っているという事実には何の変わりもないのだ。悪い言い方をすれば、これは保身の為に組織ぐるみで行っている立派な汚職行為である。
「やはり、生き方を汚すような真似は、気に入らんか」
「ははは、まぁ、本音で言えばそうですよ……僕の信念や、敬愛する騎士としての生き方からすれば、このやり方は気に入りません。ですが、それでも……今はこれでいいんです」
「ほう? なんでだ?」
これがもしヴェイロンであれば確実に文句を垂らしているだろうに。
というか、影武者を立たせるなんて真似、絶対に許さんだろう。
自分が他者の名を名乗り、他者に自分の名を名乗らせるなど、あの黒騎士が許すとは思えない。
しかし、ランティス氏は。
「簡単な事ですよ、勇者殿」
柔らかく笑って、私にこう言った。
「こうしたほうが、結果的に多くの人の助けになるからですよ」
「助けに?」
「ええ」
その返答は、力強かった。
確信があると言った様子で、ランティス氏は続ける。
「自慢ではありませんが僕は腕力がありません。騎士としては
「まぁ、白騎士であるからな」
だいたいの白騎士は経歴に相応しい博覧強記であるが、その代償として、十全に武芸を振るえる程の鍛錬時間と現場経験は往々にして確保できていない。故に、あくまで彼らの役目は士官である。前線で指揮をして戦うのではなく、後方勤務と作戦立案が本来の彼等の仕事だ。
故に、実戦での白兵戦闘能力はハナから度外視されている。
それこそ、そういうものは普通の騎士や兵士の役目である。
白騎士にとって、武芸はあくまで二の次なのだ。
だからこそ、上底の式典用甲冑なんて実戦とは程遠い装備が支給されているのである。
「ここで僕があくまで我を通し、己が騎士道に準じると、声高に叫ぶことは容易でしょう。しかし、それは皆さんが折角考えてくれた僕の護衛計画を僕自身が邪魔をする事になります……それは、僕が愛し、そして僕を愛してくれる皆さんに要らぬ負担を掛けるという事です。故にこの状況では、自分は何もせず、皆さんを信じて身を任せることが、却って助けになるのではないかと、僕は思うのですよ」
「丁稚殿……」
「ははは、すいません、だから、腕力の無い僕は、腕力で解決しなければならない事態では、皆さんを全面的に頼る事にしているんです。無論、僕が前にでられる場面では、全力で出しゃばらせて貰いますけどね!」
正直に言えば、その言葉は驚いた。
だが、考えてもみれば……むしろ、ランティス氏らしいと思えた。
彼は別に、考え無しで理想の騎士をやっているわけではないのだ。
世間知らずであるし、現場の小さな不正も許さない潔癖主義者であるが……考えても見れば、それだって監査という士官の仕事の範囲内でしかない。
ランティス氏は間違いなく箱入りのエリートであるし、夢見がちな正義漢である事に変わりはないのだが……だからって、まるきり現実と折り合いをつけていない筈もまた、考えてみればある訳がないのだ。
市井の憧れを一身に背負う白騎士であるのなら、尚の事、必要な事であろう。
一度、外の土に根付いて尚、温室育ちの不朽の理想であり続けるようとするのなら、その土から滋養を得て、雨風を受けても弛まぬ芯を育てねばならない。汚い泥水では育てないなどと戯けた事を言うだけでは、枯れ果てるだけなのだ。
そして、ランティス氏は正にそれを実行しているからこそ……今、正に此処に居るのだ。
「丁稚殿は、強いな」
「何を言いますか! 弱いから、皆さんのお世話になっているのですよ?」
「いいや、だからこそだ」
私は、強く、強く頷く。
そう、だからこそ。
だからこそであるのだ。
私は、断言しよう。
「己が弱みを自覚し、不足を人に頼れるというのは……これ以上ない強さであるよ」
人間、一人で出来る事など、高が知れている。
素養の差はあれど、皆、共有する時間は、等しく己が生きた歳の数だけである。
無論、遅く生まれた者もいれば、早く生まれた者もいる。遅く死ぬ者もいれば、早く死ぬ者もいる。だが、皆が限られた時間の中で生きている事には、何の変りもない。
その各々、どれだけ限られているかも分からない貴重な時間を叩き込み、何か一つ……例えば、白騎士であることに心血を注いだと言うのなら、他の事に心血を注いだ人間と、同じ技術を持ち得よう筈がない。腕力一つで生きた者達と同じだけの腕力など、持っている筈がないのだ。
それを弁えることが出来ているのは、何よりも強く、尊い事である。
少なくとも、私はそう思う。
「そんな風に、言われると……照れてしまいますね」
「私はそれこそ、思った事を言ったまでの事だ」
「ふふ、勇者殿のお墨付きを貰えるとは、正に恐悦至極。これが伝記だったら、僕が勇者殿に惚れ込んで、パーティに加えて貰うところですね!」
「ははは、茶化さんでくれ。自分でも、中々に気恥ずかしい事を言ったとは思っている」
そう言って、互いに笑い合いながら、空を見上げる。
気付けば、昼も中頃だ。
すっかり今日は社会奉仕活動をサボってしまったな。
「さて、今日は大して社会奉仕活動が捗っておらんし、クリスを叩き起こしたら、大急ぎで作業に取り掛かろう。少しくらいはちゃんとしておかんとな」
「その前に、勇者殿」
「ん、なんだ?」
立ち上がって伸びをしながら、そう呟いたところ。
そんな私を見上げながら、ランティス氏が訪ねてくる。
「早速ですけど、手を貸して貰ってもいいですか? 実はこの靴、立ち上がる時ちょっと大変なんです」
そう言って、笑いながら、右手を差し出してくる。
白魚の様な指が並んだ、偉く華奢な手である。
「構わんが、だったら今までだって気安く頼めば良かったろうに」
「お墨付き貰ったのは今回が初めてですので。だったら、強さを生かして、今後は苦手な事は、積極的に頼っていく姿勢を見せていこうかなぁと!」
「物は言い様であるな」
「えと、駄目ですか……?」
不安そうに、そう呟くランティス氏に、私は小さく微笑んで。
「いや、お安い御用だ」
軽く、手を取り、引き上げる。
子供の様に無邪気に笑うランティス氏は、驚くほど軽かった。
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