騎士については知ってか知らずか。

 『雌鹿の居眠亭』での打ち上げの翌日。  


 時刻は昼も半ば以上を過ぎたころ。

 場所は表通りの片隅。

 私とヴェイロンが壺を漁り、樽をひっくり返しながら、つい癖で足元を観察していたところ……立派に磨き上げられたブーツが視界に入ってきた。

 もう誰なのか、顔を見なくても分かる。

 しかし、一応、顔を上げて、そのブーツの持ち主と目を合わせると。


「妬ましい」


 目が合うなり、クリスは脹れ面を引っさげて、我々にそう恨み言を述べてきた。 


 故に我々は一先ず、にこやかに微笑んで。

 

「そんなに壺漁りが羨ましいなら、この場は譲るが?」

「俺も、貴様に樽を転がす栄誉をくれてやるに吝かではない」


 そう、軽妙かつ小洒落たジョークを返したのだが。


「おおおうっ!?」

「がふっ!」


 直後、返ってきたのは鋭利な刃であった。

 

 いや比喩とかでなく、クリスはマジで投げナイフを放ってきたのである。

 私は咄嗟に壺の後ろに隠れたので何とか無事であったが、逃げ遅れたヴェイロンは見事脳天に一撃を喰らってしまっている。

 兜が無ければ即死だったであろう。


「お二人との別れを惜しむ日がこんなにも早く来るとは思いませんでした」

「おい、貴様、幾ら何でもこれは短気が過ぎるだろう!」

「わかった、わかったから、そのダガーを仕舞えクリス! 私達が悪かった!」

「そう仰るという事は、やはり私が何を言いたいのか、お二人ともわかっているようですね」

 

 驚くほど可憐でたおやかな笑みを浮かべながら、肉厚のダガー片手にクリスが迫ってくる。

 クリスは我ら三人の中でも、倫理観はぶっちぎりに低い。

 それを上手いこと誤魔化す術を我々より多く知っているだけなのだ。

 というか、高い倫理観なんて持ってたら盗賊なんて稼業はやっていない。


「全く、妬ましいです」


 やおら、ダガーを逆手に持ち替えながら(あれは腕力が無いものでも鎖骨を貫き、心臓を一突きにするための構えである)、可愛らしい笑みとは裏腹に目の光だけを徐々に消して、クリスは囁く。

 

「どうして……お二人のような薄汚れた無職共が、私のランティス様のお隣にいたのですか……?」

 

 いつからランティス氏は個人の所有物になったのだ。

 というか、お前も無職ではないか。

 

 内心でそう思いつつも、今は口に出さず、とりあえず一度息を呑んでから、私は挙手をする。


「ね、願います!!」

「何を?」

「答弁の機会を願います!」

「許可します」


 どうにか言い訳の機会を得た私は、大きく一度深呼吸をしてから、ヴェイロンと短く頷き合う。

 

 今のクリスは冷静ではない。

 何を発言するかはじっくりと吟味しなければならない。

 下手な事を口にすれば、即座にクリスは猫科の猛獣のような俊敏さで、そのダガーを私の喉元へと突き立ててくるだろう。

 アイツはそういう事をする奴なのだ。


「どうか、これから私が言う事を落ち着いて聞いて欲しい」


 だから、この答弁は、慎重に慎重を重ねて、言葉を選ばなければならない。 

 ミスはできない。

 焦るな、私。

 何者にも明瞭で、そして分かりやすいように、クリスに事情を伝えるのだ。

 かといって、じっくり時間をかけている暇はない。

 好きなモノの為ならいくらでも我慢ができるのがクリスであるが、そうでない物には先ほどのような短気さを発揮するのもまたクリスなのである。

 故に、今は巧遅よりも拙速を尊ぶ必要がある。


 素早く、それでいて精確に状況が伝わる言葉。


 そもそも、クリスは何故、怒っているのか?

 そうだ、先日、我々が路地裏で別れた後の事を知らないからだ。

 クリスはあの後、すぐに握手会の最前列に並んでしまっているのだからな。

 

 故に、我々がランティス氏と共に居る理由がまるで分らず、ただただ「おかしい」と思っているのであろう。

 一応、あれこれ予測してクリスもフォローを入れてくれていたようではあったが、それにしたって我々の処遇……即ち、騎士団の下した社会奉仕活動命令の実刑までは予測していなかった筈だ。

 予測していたら、想定内の事で此処まで怒るはずがない。

 私だってまさかヴェイロンの巻き添えで実刑食らうなんて思ってなかったわ。


 それはそうと、要点は分かった。

 つまり、クリスは何故、我々が先日の握手会で第三騎士団のランティス氏と行動を共にしていたのか。

 そこが分からないからこそ理不尽を感じて、我々が何かしら良からぬ事をして彼と共にいたのだと思っているのであろう。


 ようは、先日別れた後、どうしてああいう事になったのかを端的に説明すればいいだけなのだ。

 なんだ、簡単な事ではないか。


 これほどの思考を僅か刹那の内に済ませた自分に賞賛を送りながら、私は言葉を続ける。


「クリスと、先日別れた後にだな……我々は、半裸スケッチ転売容疑の件でランティス氏に任意同行を促され……」


 既に、勝算は得た。

 これで間違いない。

 一度薄く笑みを浮かべてから……私はクリスに返答した。

 

「そのまま、までされていたのだ。此処まではいいか?」 

 

 

******



 数分後。

 

「なんだ、要するに実刑くらって服役してただけなんですね」

「最初からそう言っているではないか!! 人の話は最後まで聞くものだぞ!!」

「いや、さっきのは勇者が悪いと俺も思うぞ」

「まだ話の途中だったではないか!?」


 あの後、クリスは私の話を遮って、的確に胸元を一突きにしようとダガーで襲い掛かって来たが……咄嗟にヴェイロンと二人で取り抑えたので大事には至らずに済んだ。

 それでも、私の首筋にはうっすらと血が滲んでいる。

 こいつ、誤解が解けなかったら本当に私を亡き者にするつもりであったな……冤罪の可能性をまるで考えていないのだろうか?

 極刑は執行する前に吟味に吟味を重ねるべきではないのか?

 

「じゃあ今やってる壺漁りも、日課のそれではないわけですね」

「……まぁ、そういう事だ。これも社会奉仕活動の一環と言う奴でな。今日に限っては、ただの清掃業務だ。だから、ヴェイロンも一緒になって今日は樽をひっくり返しているというわけだな」

「俺も不本意だがな。まぁ、戦友が苦役に就いているのだ。騎士として見過ごす事も出来まい」


 そう胸を張るヴェイロンをみて、私も思わず笑みを浮かべる。

 そうなのだ。この男は、なんだかんだでこういう義理堅い所があって……。


「第三騎士団の連中も、あれで中々苦労しているようだからな」


 あ、そっちね。

 

 ……そういえば、昨日、随分と仲良くなったようであったしな。

 うん。

 

「まぁ、苦労してるのは間違いないでしょうね。盗賊の私から見ても、少しばかり今回の処罰は妙というか、やり過ぎな気がしますし……騎士団の懐事情を鑑みれば、それくらい強引且つ安く人を集めないと、やってられない所もあるのかもしれませんね」

「白騎士興業は儲かっているようだが、それ相応に諸経費も手間も掛かっているようだしな。私も正直驚いた。あれはあれで、立派な一つの戦場であるのだな」

「実際その通りですよ。第三騎士団以外の各騎士団も、あの手この手で色々な興業や商売に手を染めていますからね。ある意味、身内で予算や市中での発言力を稼ぐ為に争い合ってるわけですから、あれは正しく、新しい戦場なんですよ。宮仕えの騎士様と言えども、食い扶持は自分で稼がないといけない時代になったわけです」

「ふん。元から同じことだ。今までは腕一つで稼げたものが、そうでなくなっただけの事よ」

 

 そう溜息を吐くヴェイロンをみて、ふと百人長殿達、普通の騎士達の横顔を思い出す。

 今現在、彼らの仕事の大半は、日頃の市中警邏や細やかな取り締まりを除けば、それ以外の殆ど全てが、白騎士興業の裏方や係員になってしまっている。


 だが、無論、元々そうだったわけでは決してない。


 むしろ、先日、路地裏で剣を振れない事を嘆いていたように、本来彼らが望んでいる戦場は、血沸き肉躍る合戦であるはずだ。


 あくまで、彼らの本分は武勇なのだ。


 その本分を一先ず投げ捨てて、牙を抜かれ、爪を折られ、それでも尚、媚を売って生きろと言われるのは……名と誇りに生きる騎士にとっては、相当に辛い事なのではなかろうか。

 私のような一代限りの勇者と違って、彼ら騎士にとっては、先祖代々の名も、誇りも……それこそ命よりも大事なモノであるはずだろうに。


「ま、私からしてみれば、お陰様でランティス様のような素敵な騎士様が表舞台に現れてくれたのですから、至れり尽くせりですけどね」


 そう言って、クリスは両手を握りしめて頬を赤く染め、明後日の方向に目を向けながら、うっとりとした声色で囁く。

 こういう所だけ見ているとやっぱり女子に見えるのだがなぁ……いや、でも、ストリップ小屋でわざわざ女性の裸体を拝むなんていうスケベ心はやはり男のそれであるし。

 

 などと、私が至極どうでもいい懊悩をしているうちに、クリスはヒートアップを始め、徐々に口調が早口になっていき、いつもの靴トークと同じ調子で、ランティス氏について語り始めてしまう。


「そもそも、ランティス様が王立士官学校に入学されたのは本来よりも遥かに遅い十五歳の時からなんですよ? 普通は十歳前後に入学して八年から十年かけてゆっくりと文武を修めていくものなのですが、そのようなハンデがあったにも関わらずランティス様は僅か五年で全課程を修了し、二十歳で第三騎士団への入団を果たして今の地位に」

「流石だな」

「ちょっと待て、そんなに短期間で彼は騎士になったのであるか?」

「知らなかっ……おい、勇者」

「そうなんですよ!! よくぞ聞いてくれました勇者様!!」


 普段なら「合魂の型」により受け流されてしまうクリスの長話であるが、今回は私も興味があるので、ヴェイロンには申し訳ないが、正面から被り付いてしまった

 ヴェイロンは「俺は知らんぞ」と目配せして清掃作業に戻ってしまうが、一礼で済ませておく。

 悪いな、これは私も聞きたい話なのだ。

 

「これほどの短期間で厳しい王立士官学校の騎士過程を修了したのは、あまり例のない事なんです! それはランティス様が才気溢れていたからという事の証でもありますが、決してそれだけではありません! 騎士過程を修める以外の事を何一つせず、御学友との遊興すらも悉く断り、己の理想に対して弛まぬ努力を誰よりも続けたからこそ!! ランティス様は今の地位におられるのですよ! 実際、最初からランティス様は確かに優秀だったんですが、右肩上がりにどんどん成績を伸ばしていって、最終的に同期主席にまで上り詰められているんです!!」

「そりゃまた、極端というか……まぁ、ランティス氏らしい偏執的な生真面目さではあるな。しかし、なんでまたそんな事まで知っているのだクリス。主席のそれとはいえ王立士官学校の成績表の内容なんて、おいそれと分かるものではなかろうに」

「ふふふ、盗賊の情報網を舐めないでください」

 

 ようはプライベートを勝手に暴いたわけであるか。

 立派なストーカーであるな……そりゃ、第三騎士団の猛者をして精鋭呼ばわりもされるというものだ。


「しかし、いくら成績が良いとはいえ、よくもまぁそんなに派手な飛び級が罷り通ったものであるな。経験主義が基本の王立機関でそれを成すのは、並大抵の努力ではなかったろうに」

「ランティス様がそこは拘ったんですよ。一刻も早く現場に出たいと。何でも、自分の憧れの人が、ランティス様が王立士官学校に入る歳にはもう戦場に出ていたからだそうで」


 ああ、戦時の騎士であるのなら、確かに十五そこそこで実戦を経験するのは妥当であるな。

 むしろ、二十で初陣では遅すぎるくらいだ。


「憧れか。背中を追っている先輩騎士でもいたのであるか?」

「いえ、そうではないらしくて……残念ながら、そのランティス様の憧れの人のだけは、いくら調べても分からないのですが……」

 

 そこで、クリスは自分のわからないことが気に入らないのか、難しい顔をしながら。


「何でも……、自分と故郷を救ってくれた憧れの英雄の初陣が、十五歳の時だったそうで」

 

 そう、何でもないように、言葉を零した。

 

******



 その後、クリスは好き放題ランティス氏の美辞麗句を述べた後、「靴の手入れがあるので」と先日と同じ台詞を言って去って行った。

 私も最早、ランティス氏のファンであるので、耳心地の悪い話ではなかったが、途中からは匙が転んでも褒めるといったような有様であったので、最後の方は「合魂の型」で聞き流していた。

 

「終わったか」

 

 呆れた調子の声色でヴェイロンが背後から現れ、そのへんの木箱に腰掛けて溜息を吐く。

 

「済まなかったなヴェイロン、途中から仕事を押し付けてしまって」

「別に構わん。この仕事は戦友から振られた仕事だ。最初から俺一人でもやっている」

 

 そう言って、先日、路地裏でクレームを付けた時とはまるで違う対応を見せる。

 何か、悪いものでも食ったのかと一瞬心配になったが、恐らく違うのだろう。

 

「騎士にとっては、戦場を共にするという事はそんなにも特別な意味があるのか?」

「当然だ。命を、背中を預け、共に戦うという事は、血を分けたも同義だ。騎士団はタダの寄合ではない。家族であり、兄弟だ。どんな短い戦でも互いに戦友となったのなら、互いの為に互いの身を差し出しあうのは当然の事だ。そうする事で、騎士団も、そしてそこに所属する騎士も、例え全滅の憂き目にあったとしても、己の名と誇りを胸に死ぬ事が出来る。あの世で先祖にも、『俺は仕えるべき主と守るべき戦友の為に戦って死んだ』と胸を張ることが出来る」

 

 黒騎士はそう言って一度空を仰いでから、立ち上がった。

 見れば、既に西空が、紅く染まり始めていた。


「だから、そんな俺達騎士からすればな。戦友や恩人の名前が分からんというのは、心底辛い事だ。祖霊に名を告げることすら出来ん。それが自分を救ってくれた英雄ともなれば、尚の事な」


 そして、小さく鼻で笑って、どこか物悲しげに。


「その上、座せば座す程、その英雄から遠ざかるという事だけ分かっているともなってしまえば……他の全てを擲って身を賭すには、十分過ぎる理由だ。その一瞬のみに生きる盗賊や、そも個を否定する貴様ら丙種勇者からすれば、馬鹿げた生き方に見えるかもしれんがな」


 黒騎士は、呟いた。


「ヴェイロン、お前、さっきの話を……」

「あれだけ大きな声で話していれば嫌でも聞こえるわ、阿呆が」

「ま、まぁ……それもそうであるな……」


 そんなに離れて作業していたわけでもないのだから、当然の事であったな。

 しかし、そうなると、なんだか、申し訳ない気分になるな……清掃作業中にずっと耳に入っていたのだとしたら、気が散ったろうに。


 しかし、ヴェイロンはそれについて何か詰るでもなく、兜のスリット越しの紅い瞳で私の目を見てから、またしても溜息をついて。


「勇者よ。貴様はあの白騎士とは今回の一件で出会ったのが初対面だ。その前なんざ知るはずもない」


 突然、要領を得ない事を言ってきた。


「……それはそうであるが、突然なんだ?」


 本当に、今日はどうしたんだコイツ。

 そんな私の疑問を余所に、ヴェイロンはハッキリと、私にそれを告げた。

 

「アイツが白騎士になったのはアイツの勝手だ」

 

 どこか、諌めるように。


「戦時と平時では、戦場に出る年齢なんざ違って当然だ。その時節の違いすら解さず、あくまで己の理想に、己の都合で追いつきたくて、己の好きで無理をして、己の勝手でなっただけだ。貴様ら勇者のせいでもなければ、まして、貴様個人のせいでもない。思い上がるな」


 その言葉は、私の胸に突き刺さった。

 それでも、私は。


「……だがな、ヴェイロン。私は勇者なのだ。痩せても枯れても、勇者なのだ」


 その言葉を。

 その嘆きを。


「その勇者の行いで一人の若者が、それこそ『理想の騎士』になる事を強いてしまったのだ。まして、我々には名前がない。解放して回った村落や街もいちいち数えてなどおらん。だからこそ、もしかしたら……」


 絞り出さずには、いられなかった。


「彼を……一人の少年をしてしまったのは……未来を塗り潰してしまったのは……他でもない、私なのかもしれんのだぞ……?」

 

 好ましいと思えるランティス氏であるからこそ、尚更に。

 当たり前だ。

 その好ましさは……私がそれこそ、幼い彼に強いた何かかもしれないのだから。


 しかし、ヴェイロンは、それこそ嘲笑するように鼻で笑って。


「それが、思い上がりだと言うのだ」


 そう、告げてきた。

 堂々と、ただいつも通りに。

 まるで、ランティス氏のように、胸を張って。


「仮にその憧れとやらが貴様本人だったとして、その上、その貴様に近づくことが目的だったとするのならな、アイツはそも騎士などやっていない」


 いや、違う。違うな。

 そうだ、ランティス氏のではない。


「アイツも勇者になっているはずだ。それこそ、どんな無茶をしてでもな。アイツはそういう奴だろう。少なくとも、俺にはそう見える」


 それこそ、あくまで、これは彼の言葉で、彼の考えなのだ。

 誰かに迎合したわけでもなければ、誰かに阿ったわけでもない。


「だというのに、アイツは勇者をやっていない。あくまで、今の騎士団の有様はどうあれ騎士をやっている……なら、それはアイツがアイツなりに考え、憧れを解し、その末に答えを出した証ではないか」 


 これが、ヴェイロンなのだ。

 黒騎士、ヴェイロン・バルナ・アルドリッジの……在り方なのだ。

 

「人間を舐めるな、勇者。俺達は一から十まで貴様らに救われていられる程、暇でも無ければ馬鹿でもない。少なくとも、たかが世界を救った程度で世界に見切りをつけている貴様らよりは、余程な」


 そういって、踵を返した。

 ただ、当たり前のように。ただ、当然のように。

 全く勝手な事を言っていると思う。言われる方の事なんざ考えていないと思う

 

 だがきっと、それは私も同じことだったのだ。

 いや、むしろ、その自覚もなくそれを行っていた私の方が、余程性質が悪かったのであろう。


 だからこそ、私は……その背中に。


「……済まなかった。私が、考え足らずであった」


 ただ、その一言しか……返せなかった。


 しかし、ヴェイロンはまたしても嘲笑うように一度だけ鼻で笑って。


「謝る相手が違う。尤も、肝心の謝る相手は貴様のその無礼を知らん。貴様には謝る機会すらない。だがな」


 ただ当然のように、呟いた。


「俺が知る限り、人生なんてのは、だいたいそんなものだ」


 それこそ、いつものように。

 

 

******



 その後、ヴェイロンは最早その話題については一言も触れず、いつものように馬鹿話をしながら、共に詰所までの帰路についてくれた。

 単純にもう、その話に興味がなかっただけなのかもしれないが、それにしたって、私からすれば嬉しい気遣いと同義であった。


 最早勝手知ったる何とやらなので、我々は適当に門衛に挨拶をしてから、堂々と詰所の中に入って行ったのだが。


「む、おい、門衛。貴様ら何をしていたのだ」

 

 突如、ヴェイロンがまた何か言いだした。

 得意のクレームだろうかとおもったが、さっき、戦友が何とか言ったばかりなのを思い出して首を傾げる。

 いや、ヴェイロンの事なんだから、さっきと今で言ってることが丸きり変わっても可笑しくはないのだが。

 良くも悪くも、他者に阿らず生きている男であるし。


 しかし、その時の指摘は。

 

「門扉の隙間をみろ、手紙が挟まっているではないか」


 まぁ、割と、真っ当なものであった。



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