言うだけならタダと人は言うけれど。

 それは私とヴェイロンが、とりあえず今日の報酬で一杯やるかと打ち上げの相談を終えた後の事であった。

 クリスも誘ったのだが、クリスは「早く帰って靴の手入れをしたいので」という、おおよそ尋常とは言い難い言い分で我々の誘いを断り、そそくさと家路についてしまった。

 

 今思えば、あの時、何かに勘付くべきであったのであろう。

 

 しかし、私もヴェイロンも勘が鋭い方ではなく、クリスのように機敏なわけでもない。

 だとすれば、この結果はやはり、必然でしかなかったのかもしれない。

 

 クリスと別れた直後。

 とりあえず、我々が盛り場に繰り出そうと狭い路地を曲がって、それこそ数分も経たないうちに。 


「困るんだよなぁ、兄ちゃんたち」


 私とヴェイロンは、どこからともなく現れた強面の男達に囲まれていた。

 いや、さも見ず知らずの他人のように言うのはよくないだろう。

 一応、その男達とは顔見知りではあるのだから。

 そう、彼らは。


「うちのシマでああいう事されるとさぁ!」


 先ほど半裸スケッチを売っていた係員……第三騎士団の団員達であるのだから。

 

 列整理をしていた時の相好とはまるで別人の凶相であるが、おそらく、こっちが素なのであろう。第三騎士団の悪評に相応しい、どう控えめに見積もっても人殺しといった感じの凶悪な面構えをしている。

 いやまぁ、騎士は軍人であるのだから、人殺し自体は当然の職務ではあるのだが。

 

「退路を断たれたか……なかなか悪くない手際だなコイツら」

「どうしてお前はこんな状況でも、上から目線で泰然としていられるのだ……」


 ヴェイロンの指摘通り、あっというまに退路は断たれ、路地の出入り口には馬車が横付けされて完全封鎖されている。

 人数はざっと見えるかぎり六人。

 きちんと前後、斜向かいに我々を包囲している上、約一個小隊単位で連携して動いているあたり、流石は手練の第三騎士団といったところか。

 

 それはともかく、彼らが何故声をかけてきたのか?

 まぁ、もう、この時点で答えは明白ではあるのだが。

 

「な、なんの話であるか、私にはまるで見当がつかないのだが……」

 

 と。


 一応、とぼけてはみる。


 が。


「すっとぼけてんじゃねぇよ! あんな堂々と俺たちのシノギにアヤつけといて知らぬ存ぜぬで通せるとでも思ってんのかァ!?」

 

 やっぱり、駄目であった。

 まぁ、仕方ない。

 

「たまにいるんだよなぁ、アンタらみたいに派手に売り場荒らす奴がさぁ」

「どうせモノだって転売目的で買いに来たクチなんだろ? 本当にお前らみてぇなクズは始末におえねぇ」

「この前、コバルト河に一人浮かべただけじゃあ、まだ見せしめが足りなかったかァ?」

 

 なるほど、あれだけの高レートで転売されているのに、我々のような一目でそれとわかる転売業者が他に混じっていないのは妙だなとは思っていたのだが……既に魚の餌になっていたのか。

 確かに、いくら見てくれが変わろうと、それが暴虐無比の第三騎士団である事に変わりはないわけで、そんな第三騎士団の活動に茶々を入れればどうなるかなんて、考えて見ればすぐにわかりそうなものだ。

 命が惜しければ普通は手を出さない。

 手を出すのは馬鹿か、命知らずかのどちらかだけである。

 そして、私はさっきまで何も知らない馬鹿であった。

 無知は罪である。


 クリスめ、やけに報酬がいいと思ったら、こういう面倒を背負い込ませるところまで織り込み済みだったのだな……美味しい所だけ掻っ攫うとは、盗賊らしいことしやがってからに。


 そんな風に、私は自らの無知とクリスの底意地の悪さを呪うばかりであったのだが。

 

「ふん、先ほどから聞いていれば、ようはただの言い掛かりではないか。騎士として恥ずかしくないのか貴様ら」

 

 ヴェイロンは相も変わらず平常運行であった。

 傷だらけの鎧でも気にした様子もなく胸を張り、偉そうに外套を翻し、壁を背に仁王立ちして、係員達を睥睨へいげいする。

 しかし、それが癪に障ったのか、今度は係員達が怒声を上げてヴェイロンを睨みつけ。


「ああん!? 黒騎士のほうが遥かに恥ずかしいだろうが!」

「無職のクセに何偉そうに抜かしてんだボケっ!」


 と、全くその通りな言い分の文句を口々に述べた。

 騎士としてみるならまぁ、黒騎士という時点で、確かに大分恥ずかしい。

 そも、仕える家もなければ主もいないのだから、はっきり言えば、黒騎士という時点でただの自称騎士である。世間様からみるなら、タダの仮装と同義だ。南海帝国風に言うなら、コスプレという奴である。

 だが、ヴェイロンはやはり一切物怖じせず。


「ええい、黙れ!」


 むしろ更におとがいを上げて、堂々と係員達を一喝した。

 流石の第三騎士団所属の猛者共でも、その腹の底から出された大音声に怯んだのか、驚くべき事に一瞬押し黙った。

 その沈黙をむしろ返答と受け取ったのか、更にヴェイロンは拳を握り締めて一歩前にでて、これまた堂々と。


「己の不徳を棚に上げ、騎士の誇りも投げ捨て! 挙句、他者に手前勝手な言い掛かりをつけようなどとは、厚顔無恥も甚だしいわ!」


 自分の事を棚に上げた。


 いや、転売に加担した時点で、不徳は我々もお互い様ではないか。

 人の振り見て我が振り直せという言葉を知らないのだろうか。

 きっと知らないのだろうな。

 下手をすれば鏡という文明の利器の存在も、彼は知らないのかもしれない。

 恐らく、係員の皆さんも私とだいたい似たような事を思ったのだろう、即座に怒鳴り返そうと彼らも口を開きかけたが。

 

「てめぇ、いわせておけば」

「そもそも、俺が売り場で貴様らに抗議した事について、俺に非はない。全て貴様らの不徳だ!」


 今度は発言に対して被り気味に声を跳ね上げ、無理矢理己のターンを継続させるという、ヴェイロンの荒業の前に屈した。

 コイツ、クレームを付ける事にかけては天賦の才があるのではなかろうか。

 しかし、係員達もただ黙っているわけではない。

 

「何いってんだてめぇ! 他の客が揃って静かに我慢してるっつのに手前だけ……」


 暴論を展開するヴェイロンに対して喰らいついていくが。


「そらみろ、我慢させているという自覚はあるのではないか! 本当に客の事を、民の事を思うのであればそもそもあんな行列など作らせないように対策するのが道義であろうが! そも客だけではない! 行列を作るだけでも、無関係な周辺住民や近隣の店舗に対して多大な迷惑を掛けるのだぞ!」

「うっ……!?」

 

 クレーマーとしての腕前はヴェイロンの方が一枚も二枚も上手であった。

 実際、言っている事はそう間違ってもいない。

 間違っているのはヴェイロン自身の立場である。

 

 よりわかりやすい言葉でいえば、「お前が言うな」である。


「だいたい、転売されて困るのなら在庫を増やして数量限定で売るのを止めればいいだけだろうが! そうすればわざわざ定価よりも高い転売品など誰も手に取らんわ! 貴様らが目先の利益を優先して在庫を用意せず、需要に対して供給を不当に絞っているからこそ、転売などという歪みが生まれるのだ! 全ては客の良心に甘え、客に負担を強いる貴様らの自業自得だ!」

「ぐっ……!」

 

 その要求と言い分そのものが最早、在庫を準備するリスクや都合を考えず、売る側の良心に甘えるお客様根性丸出しの身勝手な意見でもあるのだが、これまた完全に間違っているわけでもない。

 実際、あれだけ長蛇の列になるような状況であるのなら、在庫を増やすなり人手を増やすなりの対応は多少なりする必要があるだろう。

 だからってヴェイロンが偉そうに言うような事では決してないっつーか、転売やってる時点で盗人猛々しいと言う他無いのだが……係員の皆さんは何か思うところがあったのか、気圧されてしまっている。

 

 クレーマー恐るべし。

 己を省みない人間は、強いのかもしれない。

 間違った強さではあると思うが。

 

 だが、いくら相手が強くても、人は正論や暴論に晒され続けたとき、だいたいは最終的には一つの反応を示す。

 即ち。


「う、うるせぇ! こっちだってやりたくもないシノギやらされてヤキモキしてんだよ!」

「敵をぶっ殺したくて軍人になったっつーのにお上の都合で野郎の半裸絵を売らなきゃならないこの哀しみが、ぷらぷら黒騎士やってるだけのてめぇにわかるのか?!」

「俺なんかライブのバックダンサーもやらされてるおかげで、歌だ踊りだやらされる時間の方がもう剣振ってる時間よりなげーんだぞ!」


 開き直りである。

 しかし、今回のそれは大分悲痛な叫びであった。

 戦乱の時代が終わりつつある今、ある意味で一番割を食っているのは彼ら戦争屋である。

 そういう意味では彼らも、私やヴェイロンと同じく、已むに已まれぬ状況に身を置いて苦しんでいる同志なのかもしれない。

 しかし、やっぱりヴェイロンは一顧だにせず。


「知った事か! それこそ、妥協をした貴様らの自業自得であろうが! 騎士としての生き方と実利を天秤にかけ、実利を取った貴様らに泣き言をいう資格などないッ!」


 やはり、転売などという実利に傾倒した己の有様を棚に上げつつ、ざっくりと止めを刺した。

 コイツがいつまでたってもどこの騎士団にも仕官できない理由が、私には改めてよく分かった気がした。

 

「く、クソがぁ! 転売容疑者のクセにずけずけ言いたい放題いいやがって!」

「なんにしたって行列でテメェらが騒いだせいで、他の堅気の皆さんに迷惑が掛かった事に違いはねぇんだ! 二人揃ってぶっ殺してやる!」

「え、私もか!? だいたい騒いでたの、こっちの黒騎士ではないか! しかも容疑の段階でもう手を掛けるのであるか!?」

「うるせぇ! 連帯責任だ!」

「この御時世、勇者や黒騎士が一人や二人居なくなったところで誰もきにしねぇよ!!」

 

 理不尽。

 証拠不十分の上、裁判も受けさせずに処刑とは何たる横暴か。

 いやでも、ヴェイロンのせいで不敬罪あたりを適用されたら言い訳不能ではあるな……万事休したか。

 勇者は魔には強いが、国家権力には弱い。


 しょうがないので、いよいよ私は覚悟を決めて、どうにか逃走の機会を伺おうと一歩後ずさったが。


「ふん! 剣にて応えるというなら、受けて立とうではないか! この黒騎士、ヴェイロン・バルナ・アルドリッジが相手だ! 掛かって来い、雑魚共!」


 相棒はこの有様である。

 

 いや、もうコイツを囮に使って私だけ逃げてしまおうか。

 そんな風に私が、ヴェイロンの認識を友人カテゴリから捨て駒カテゴリへと移そうとしていたところ。


「双方、そこまでです!」


 突如、その一喝が、路地裏に響いた。

 それは、とてもよく通る、明朗快活で爽やかな青年の声であった。


「剣を収めてください」


 声の主は、路地裏の奥から、丁度……夕日を背負って現れた。

 余りに響くその声に、誰もが耳を奪われ、次いで視線を奪われ、最後に意を奪われた。

 何たる存在感か。

 まるで、光り輝いているかのようだ。


 というか、輝いていた。

 別に比喩でなく、輝いているのだ。

 

「皆さん、それ以上、争わないでください」


 その人物の着ている、真っ白な白銀の鎧が、これでもかというほど輝いているのだ。

 単純に、背に背負った夕日の光を、鎧が全力で照り返しているのである。

 正直にいって、目が痛い。


 そんな、最早傍迷惑なレベルで光輝を放ちながら、この薄暗い路地裏に乱入してきたのは。

 

「それ以上……僕のために争うのはやめてください!」

 

 ある意味で、一連の悶着の元となっている人物。

 件の半裸スケッチに描かれている、白騎士であった。 



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