ホワイトカラー。
その騎士は、長身痩躯であった。
成人男性としては平均的な身長である私よりも目先一つ分は大きく、がっしりとしたヴェイロンとはだいたい同程度の長身である。それでいて、ヴェイロンのような重厚さはまるでない。
白銀の甲冑を全身に纏い、相貌はスケッチにも描かれていた若干無骨なフルフェイスヘルムで覆っているが、それでも尚、シルエットはほっそりと洗練されている。
それは、その騎士の身体が相当に絞り込まれている事の証であり、件のスケッチが必要以上に美化されていない事の証明でもあった。
いや、それだけではない。
そもそも身に纏っている甲冑そのものが、相当に軽量化された軽甲冑なのだ。
典型的な重装騎士であるヴェイロンとは、まるで正反対である。
だが、その美しい白銀の鎧は、善く言えば、宛ら神話や伝承に現れる伝説の英雄が纏う、荘厳の鎧と言えるが……悪く言えば、実用性をまるで無視した、装飾華美な成金趣味の産物としか言えなかった。
旗頭になるような指揮官や、功名を必要とする騎士は味方の目につきやすいよう、ある程度目立つ必要があるが、それにしたって限度はあるし、何よりあれだけ甲冑を軽量化してしまっては、剣は愚か、下手をすれば短剣の斬撃すら、防ぐことは困難であろう。
機動性重視といえば聞こえはいいかもしれないが、本当にそれを重視するなら、そも鎧など装備しなければいいのだ。
それでも尚、あのような物を身に纏うのであれば、それは最早……見てくれ以外の機能を必要としていないということの証左でしかない。
つまり、鎧を武具ではなく、装飾の一種と見做しているということの示唆なのである。
そんな、非戦闘員の象徴ともいえる
みれば、出入り口を封鎖していた馬車は、いつの間にか退けられていた。
まぁ、状況から見てこの白騎士が退けるように指示したのであろう。
逆に言えば、指示できる程度の立場ではあるということだ。
「ランティス! なんでてめぇが此処にいるんだ! 詰所にすっこんでろ!」
そう声を上げたのは、蛮族代表こと、最初に我々に接触してきた係員である。
相変わらずの怒声を張り上げて、白騎士……ランティスと呼んだ男を諌めるが、当のランティス氏は気に留めた様子もなく、ずかずかと路地裏に押し入ってくる。
その歩みに淀みはなく、堂々とした立ち居振る舞いに迷いは伺えない。
「お断りします! 僕は……僕が愛し、そして僕を愛してくれる市民の嘆きに答えて、今此処にいるのです!」
なんか、妙な事言い出したぞ。
そのまま、ランティス氏は何やらオーバーな身振り手振りを交えながら、ずんずんとこちらに歩み寄ってくる。
こういう状況でなければ、思わず「こっち来んな」と言ってしまいそうだが、ぐっと堪えた。
そんな私の心境を余所に、ランティス氏は返答を続ける。
「『路地裏で今にも殺し合いをはじめんと暴れている男たちがいる』と、北方エルフの少年が息を切らし、涙ながらに詰所にまで訴えてきたのですよ!? 天を裂くような大声で……そう、きっと僕にそれを伝える為に! 麗しの騎士たるこの僕が、どうしてこの通報を無碍にできましょうか!」
北方エルフの少年……クリスか? 一応、変装やら何やらして、フォローくらいは入れてくれたということか。
そういえば、クリスが去って行った方向には、第三騎士団の詰所があったような気がする。
それにしたって息を切らして涙ながらにって……相変わらず顔面も嘘吐きなのだなアイツは。
「故に僕は! 例えこの身が引き裂かれようと、双方に剣を納めて頂くまで、引くわけには行かないのです!」
別に誰も身を引き裂かないし、どっちもまだ剣は抜いていないのだが……まぁそれは比喩であろうから置いておくとして……それにしてもこのランティス氏、本当に全く怯まないな。
声を聴く限りでは年も若そうだし、白騎士である時点で、ある程度のポストにいるとしても、比較的最近入ってきた新参者であろうに、先輩騎士にあたる係員達に対して一切引かない。
己の信じる騎士道のみに殉ずる、といった感じだ。
年功序列や組織の上下関係などは、彼の奉ずる彼なりの騎士道の前には問題にならないのであろう。
白騎士には良くいるタイプである。
彼らは箱入りのエリートであるため、基本的に失敗や挫折の経験よりも、遥かに多くの成功経験と実績を糧にして、今の立場にまで上り詰めている。
故に。
「僕には! 僕の同僚と、僕のファンが争うところなんて……とても見てはいられません! どちらも、僕を愛してくれていることに変わりなんてないのだから!」
良くも悪くも、彼らは己の行いと理想を疑わない。
ようは、少しばかり夢見がちなナルシストが多いのである。
まぁ、無理もない。
彼らは己を嫌う要素よりも己を好む要素ばかりで人生が埋め尽くされているのだ。
そういう奴でなければ王立士官学校卒にはなれない。
己を肯定できる実績も実力もないような敗北者は、そもそも王立士官学校に入学すら出来ないのだ。
前向きで高潔な正義感に溢れているという点は白騎士の長所ではあるのだが、同時にイマイチ融通が利かないという短所でもある。
曲がらない我があるという点でいえば、ヴェイロンと似ていると言えるのかもしれない。
しかし、そんな夢見がちな正義の味方に仕事場を荒らされては、臨機応変に対応しなければならない現場の人間からすれば堪ったものではない。
現に係員の皆さんは肩を怒らせて、ランティス氏に抗議の声を上げている。
「愛って……相変わらずワケのわかんねぇこと言いやがって……つか、何がファンだよ! コイツらは転売容疑者だってんだよ! わかったら黙ってすっこんでろ青二才!」
「いいえ、わかりませんし黙りません! 彼らが僕の絵を買いに来たファンであるという事以外に、証拠はあるというのですか!?」
「だーかーら、ファンかどうかもわかんねぇっつーんだよ!! だいたい、こいつ等、さっき売り場でアヤつけてきたんだぞ! しかも、あんだけいた女性客の中で男性客はコイツら二人だけだ! 前にとっつかまえた転売業者と全く同じケースじゃねぇか!」
「なるほど。つまり、彼らが愛する僕の絵を求めて長時間行列に並んでくれていたという事以外に、確固たる証拠はないわけですね!」
まるで話が通じていない。
というか、お前はどっちの味方だ。
しかも、愛するて、どうしてそんな言葉がほいほい出てくる。
いや、我々からすれば擁護してくれる事自体はありがたいのだが、流石にこれはちょっと係員の皆さんが気の毒になる。
もし毎度こんな調子で仕事場を引っ掻き回されているのなら、詰所に引っ込んでろと言いたくなる気持ちもわかるというものだ。
まぁ、何にしても風向きはよろしい。
若干不本意ではあるが、流石にこういう時に口を挟んでも面倒になることはヴェイロンも私も分かっているので、お互いに黙って経過を見守る。
クリスがケチな行商人と値切り交渉をしている際と似た状況である。
「しかも! 話を聞けば、彼らはそれだけの多くの女性ファンが殺到する中、果敢にも男性二人で僕の肖像画を買い求めにきてくれた勇者ということではないですか! これは、僕への愛がなければ出来ない事です!」
いや、まぁ、私は勇者ではあるが……そういう意味での勇者ではないのだが。
現状、愛云々を抜きにすれば、結果だけ見ればそう見えるのかもしれないが、傍からそう言われると少し、流石に気落ちするところがある。
「いっつも、うるせぇんだよテメェは! 状況証拠は揃ってるし、どっちにしろコイツらは俺達に口答えしてきたんだぞ!? 十分不敬罪の適用範囲じゃねぇか! 王立騎士団に刃向うってのは陛下に刃向う事と同義だぞ! 現行犯で即処罰でも問題はねぇだろうが!」
「では、適用するのはそこまで、ですね。それらの事実確認も含めての取り調べとして、任意同行して頂くのが妥当といったところでしょう!」
「んな杓子定規な……」
「そこまでしなければ、市井と、何より僕が納得しません! さ、御二人とも、こちらへ」
なるほど、
ランティス氏は他者だけでなく、身内のいい加減も許さないという類の人間であるようだ。
これまた、全く持って白騎士らしい性分である。
だが、しかし。
「ランティス!! てめぇ、上官である俺の言い分が聞けねぇってのか!!!」
そう、あくまで彼は騎士団所属のはずである。
なら、基本的に上官命令は絶対のはず。
いくら彼自身が潔癖の理想主義者であったとしても、そればかりは覆らないのではなかろうか。
もし、彼が此処でそれを許諾するのならば、またヴェイロンがゴネはじめるだろうな……不毛な口論が再び展開されるのか。
そう、私が辟易とした時。
「聞けません!」
「なっ……?!」
まさかの不承諾。
きっぱりと命令無視の意思を示すランティス氏に、流石の係員さん達も面喰らい、押し黙る。
その沈黙をむしろ返答と受け取ったのか、更にランティス氏は拳を握り締めて、これまた堂々と一歩前にでた。
なんだか、さっきのヴェイロンの時の繰り返しのようである。
これが世に聞くデジャヴという奴であろうか。
「感情的に私刑を執行しようとしている人間の命令など、聞くに値せず! もし、それでも無理に僕に命令をするというのなら……僕は騎士団を辞めますッ!」
またしても爆弾発言。
いや、しかし、今回はヴェイロンの時と違って、かなり有効な一打である。
自覚があるのかないのか知らないが、現状、イメージアップ戦略と言う名の興業収入の要である白騎士が一人とはいえ団を辞すなんてしたら、第三騎士団からすれば、とんでもない痛手だ。
もし、ランティス氏が此処で本当に騎士団を辞めてしまったら、逆にランティス氏を辞職に追い込んだ先輩騎士こと係員さんのほうが何かしらの責任を負わされる事になるであろう。
反面、ランティス氏の方は既に市井で人気が出ている白騎士であるからして、他の騎士団がすぐに拾って終わりだ。大した痛手ではない。その気になればフリーでの活動も可能であろう。
もし、そこまで分かって言っているのだとしたら、このランティス氏とやらはとんでもない腹黒と言う事になるが……。
「僕は……僕が敬愛する僕の騎士としての生き方に、一切妥協をするつもりはありません!」
どうも、違うようである。
むしろ、どっちかというとコイツ……本当にヴェイロンの同類だ。
文字通り、ただの色違いである。
唯我独尊という性質だけでいえば、まるで同じといってもいいだろう。
騎士ってのはこんなのばっかりなのかと頭を抱えそうになったが、蛮族こと係員の皆さんも騎士であることを思い出し、どうにか持ち直した。
いや、係員の皆さんも到底騎士らしいとは言えないが。
「ああぁああ、もう……面倒くせぇ」
何にせよ、そこまで言われては、ただの平団員である係員さん達に成す術はない。
最早、打つ手なし。
そう、係員の皆さんは悟ったのか。
「……だったら、てめぇの好きにしろ!! てめぇの責任でな!」
「ランティス、てめぇが取り上げた仕事なんだ、てめぇで最後まで片付けろよな!」
そう捨て台詞を吐いて、散り散りに引き上げていった。
エリート恐るべし。
己に付随する価値に無自覚な人間は、想像以上に厄介なのかもしれない。
などと、私が若干、係員の皆さんに気の毒な視線を向けていたところで、突如、ランティス氏がこちらに向き直ってくる。
そして、フルフェイスヘルムのスリット越しに見える蒼い瞳で、私とヴェイロンをそれぞれ見つめた後。
「では御二人とも! 任意同行と言う形で、この僕、ランティス・オズワルド・オーベルグと共に……第三騎士団の詰所まで、出頭しては頂けないでしょうか?」
何の躊躇いもなく、彼は我々に、頭を下げてきた。
世間から見れば、エリート中のエリートであるはずの白騎士が、たかが無職でしかないはずの私たち二人に、だ。
なるほど、これは、人気が出るのも分かる気がする。
若干、自己愛過剰な部分はあるが、それはそれとして、彼は本当に良くも悪くも……物語に出てくるような騎士そのままなのだ。
高潔で、物怖じせず、相手の立場に関係なく、成すべきことを成す。
この平和な時代、誰もが戦から遠ざかりがちなこの時代であるからこそ……彼のような、本来寓話の中でしか生きることが出来なかった騎士も、現実に生きられるようになったのかもしれない。
しかし、それはそうと、どうしてくれるか。
任意同行である以上、此処で断ることは簡単なのだが、断れば何故と問われるであろうし、その追及を躱したところで、今度はこれ幸いと係員の皆さんから御礼参りをされるであろう。
此処は、大人しくついていくが吉か。
せめてもの憂さ晴らしと、係員の皆さんにねちっこく取り調べをされて、無駄に時間を食う事は必定であろうが……まぁ必要経費だ。
そう、私は判断したが……問題はヴェイロンである。
ヴェイロンが此処でまた暴れたら元の木阿弥だ、コイツがああだこうだ言うようなら、やはりコイツを囮にして逃げたほうがいいのでは? と私は逡巡したが。
「いいだろう。一人の騎士にそうまで言われては、このヴェイロン・バルナ・アルドリッジ、断る術を持たん。喜んで同行しよう」
杞憂を余所に、ヴェイロンはあっさりと承諾した。
こういってはなんだが、腐っても騎士は騎士ということか。
そう、私は感心したのだが。
「連中への抗議はそちらの方で、存分にさせて貰うとしよう。覚悟する事だな」
やっぱり、ヴェイロンはヴェイロンでしかなかった。
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