ことの無き世に
群青更紗
2015.08.31
土鍋爆発事故のニュースが耳に入ると、もう年の暮れなのだなとあらためて感じる。高遠は一人で寄せ鍋をつつきながら、TVの報道を眺めた。
「凄かったですよ、天井抜けちゃって。あれは間違いなく火柱上がりましたね。参加者全員水炊き免許しか持ってないのに、よりによってチゲ鍋作ってたんですよ。そりゃ爆発もするってもんです」
「男子学生寮か。悲惨だな」
「幸い冬休みで帰省している学生が多くて、規模の割に被災者は少ないんですけどね。参加者は全員入院です。保護者と寮長が気の毒です」
出勤すると、現場へ行ったという後輩の常磐から事故の詳細を聞けた。チゲ鍋とは、また復旧の難しそうなものを。
鍋料理が免許制度になって十年が経つ。最初の爆発事故はその十年前で、気候と風土の微々たる変化が、土鍋の組成とその調理に影響を与えていたと判明するのと、制度を整えるのに時間がかかった。免許の初級にあたる水炊きは、義務教育期間に取得する。その後、寄せ鍋、おでん、しゃぶしゃぶ、すき焼きまでが基礎免許コースで、さらに石狩鍋などの地方鍋や、豆乳鍋などの応用コースに進んでいく。
しかし応用コースまで進めるのはなかなか時間もお金もかかるし、いかんせん季節料理なので春夏秋の間は忘れてしまい、冬が来て食べたくなって初めて免許のことを思い出すパターンが非常に多く、学生や若者などの節約思考者はつい闇鍋(無免許鍋料理)に手を出してしまう。役所も啓発ポスターを貼ったり、高校大学でも訓示を垂れたりしているのだが、なかなか事故はなくならない。
「怪我の手当と罰則と罰金考えたら、絶対に専門店で食べた方が安いし安全なんですけどねえ」
「みんなそうだよ。自動車の運転だって伝染病の予防接種だって、違反者や拒否者はみんな、『自分だけは大丈夫』って思ってるんだ」
闇鍋事故で一番怖いのは、爆発した土鍋の欠片による怪我だ。最初の事故では眼球破裂者が出て、ある週刊誌が載せた報道写真が強烈で、今はマイゴーグルを着用するのが常識となっているが、そのゴーグルも国指定の基準があり、クリアしていない品を付けての事故も多い。
「まあ、俺たちは黙々と取り締まるだけだけどな」
指定の制服に着替え、始礼へと向かう。訓示、声出し、ミーティング。今日の高遠の仕事は、
「……ラッキー。おい常磐、これお前の調査か」
「はい!母が知り合いから聞いたって言って、先に行ってきてくれました。確実だと思います」
「そいつはお袋さんに感謝しないとな。何件釣れるかな」
「十は確実でしょう」
「まいったな。ホクホクじゃないか」
高遠はニヤリと笑うと、ボードの自分と常磐の札をひっくり返した。
「それじゃ、行くか」
「はい!」
コートを羽織り、夕暮れの街へと繰り出す。木枯が吹き付けてきた。今日の仕事にはうってつけだ。
「……大当たりだったな」
「本当ですね」
二時間後、二人は満足げに現場を後にした。場所は商店街裏のしゃぶしゃぶ食べ放題屋――しかし、選べる出汁の中に、豆乳があった。二人で一通り舌鼓を打ち、挙句に店長を呼び出して調理人の免許を確認した。八人中、豆乳資格所持者は一人だけだった。その場で切符を着る。
「意外と知られてないんだよな、しゃぶしゃぶ出汁の制限」
「沸点管理が難しいんですよね。事故が起きる前で良かったです」
「土鍋使用義務も怠っていたからな。わざわざ鉄鍋に土鍋風カバー付けてやがるなんて。危うく大惨事だった」
「あれは僕、分かりませんでした。さすが先輩です」
「ま、伊達に先輩じゃないって事だ。これから目を養えよ」
「はい!」
師走の字のごとく、街は騒がしい。二人もこれから署に戻り、報告書を書かねばならない。それでも心は満ち足りていた。
高遠は歩きながら、来年はぼたん鍋の免許でも取るか、と考え始めていた。鬼に笑われても構うものか。来年はすぐそこだ。
ことの無き世に 群青更紗 @gunjyo_sarasa
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