終焉の摂淵島
俺は言葉に言い表せないほどの恐怖を全身で体感しながら森の中を駆けていた。
何も無い濃霧に包まれた島だった。
「あのクソガキっ! どこ行きやがった。顔見られかもしれねぇのに……。早く始末しねぇと」
僅かにそんな声が聞こえた。
「まずいな……」
そう呟ける自分に感心しながら音を立てないように慎重に動く。
そしてぐるっと1周回るようにして緋が縛られていた場所へと戻った。
紅い液体がそこら中に落ちている。俺は生臭ささが充満してないことに違和感を覚えたが、そこまで気に止めることなく三人を縛る縄を解いた。皆を助け出したい、そう思ったがそうできるほどの力があるわけがない。俺は緋里だけをおぶってその場から離れた。
歩く度に鳴る草木を踏む音がやけに大きく感じる。緋里を背負っただけなのにこれほどまでに違ってくるのか……。
俺は逃げ場を無くしていた。自分で歩いたのだが、島の端まで来てしまったのだ。
くっそ、どうすれば……。
そう思い絶壁から下を見下ろした。濃霧で霞んでしか見えないが、何か人の手が加えられたように感じる桟橋のようなものが視界に入った。
あれは……桟橋……? でも、なんで。ここ、無人島だろ?
俺はあらゆる思考を働かせるも答えにたどり着く気配は全くない。
「んっ……。おはよ」
そんな時、耳元で囁くような声音が響いた。緋里が目覚めたのだ。
「おぉ、起きたか……」
そろそろ重たいなっと感じていた俺はそれを確認するやすぐに背から下ろした。
「なんでおんぶしてたの?」
怪訝そうに緋里は訊く。俺はどう答えるか迷ってから緋里が捕まっていていたこと、見笠木さんが撃たれたことなど、全てを包み隠さず伝えた。
「ふーん」
緋里は特別驚いた様子もなくそう告げる。
「やっぱり現場百回ね。現場へ戻りましょう」
緋里は怯える様子など微塵も見せずスタスタと歩き出す。
俺は慌ててそれに続いた。
道中、今までは濃霧で見えなかったが太陽が上り、霧が薄くなってきたことによりところどころに製薬会社の札が下がった木があった。
無人島じゃないんだ。
そう思いながらスルーする。
「ところでさ、その製薬会社の名前なんて言うの?」
唐突に緋里が訊いた。
俺は札に近づいてみた。しかし、大事な名前の部分が故意的に消されていた。
「ダメだ読めねぇ。なんか消されてる」
そう答えながらも目を凝らしてみる。
「兵士の兵かな?」
どうにか見えた文字を告げる。
「ふーん。わからないわねぇ」
緋里は難しい顔を見せる。
刹那。高笑いとともに聞きたくない声を聞いた。
「やっと追い詰めた。これで鬼ごっこは終わりだぜ?」
黒いフードを被り顔を隠し、変声期を使っているせいで誰なのか判断がつかない。
「何も言えないほど怯えているのか?」
変声期を通したものであっても、こちらを嘲笑っているに気づく。
「ふ、ふざけるな」
精一杯の声を出すも、怯えで声が裏返る。
フードを被った者は鼻で笑ってから懐から拳銃を抜いた。
鈍い黒色の銃がこちらに向けられる。銃口は終わりのない黒を見せ、その奥からは僅かに届く陽光を反射する何かがあるように思えた。
「ビビってんじゃねぇか。御崎睦広」
カチャ、という音を響かせながら撃鉄を下ろし、引き金に指を当てる。
自分の名前を言い当てられ俺は息を呑んだ。
こいつは誰だ……。俺はこいつを知ってるのか。それともこいつだけが俺を知っているのか……。
どんなに頭を回転させても答えは出ない。
「しっかりしなさい」
緋里が俺の背を叩いた。
動じてないのか、緋里はすごいな。
「動じてないわけないでしょ。死ぬほど怖いわよ。でも、そんな時こそ冷静にいないと……ね?」
不敵に笑ったのならそれはかなり歪な笑顔だった。
それだけで俺がどれほど情けなかったのかを理解した。そして、そう理解し、黒いフードの者と対峙しよと決めた刹那、四度目の銃声が島中に轟いた。そして紅い液体が宙を待った。
Key letter リョウ @0721ryo
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