お猿
この家に引っ越してくる前は駅前のハイツに住んでいた。
四人目が生まれて六人家族になり、さすがにハイツは手狭になったので、中古で家を探すことにした。
私の父と母も同居することになり、八人家族になる予定。さすがにそれだけの人数が入る中古はなかなか出ない。出た、と思ったら馬鹿でかすぎてとんでもない金額だったりする。
探しはじめて二年ほどして、隣町にいい物件を発見。
駅から一キロ。二世帯住宅で台所が二つある。値段も手ごろ。
急な坂道を登らないといけないのが難点だけど、登った分だけ景色が素晴らしい! 琵琶湖を見下ろす最高の景色に惚れてしまいました。
冬場は雪がたくさん積もると車はのぼれないかも・・・という不安要素はあったけれど、他の条件があまりにも良かったので決めてしまった。
そして引っ越してきてまず驚いたのが、動物の多さ。三百メートル下までの坂道を下りていけば普通の町なのに。
猿に鹿、イノシシ、リス、ウサギ、熊、イタチ、タヌキ、キツネ、アライグマ・・・。一体どんな山奥なんだ? と思うくらい多種な動物がいる。勿論毎日会えるわけではないのだけれど、都会生まれ都会育ちの私には、トトロの世界のようだ。
夏休みに引っ越しをして、だいぶん山の上の生活にも慣れた頃、二学期が始まった。
長女が小学二年生の時の話だ。
山の上の生活に慣れたとはいっても、片道二キロの通学は初めてのこと。朝は男の子が一人一緒に行ってくれたけれど、学年が違うので帰りは一人。私は結構放任主義なのでなんとも思っていなかったのだが、まだ同居していなかった私の母が、
「危ないから必ず坂の下まで迎えに行ってあげなさい」
と繰り返し言うので、できるかぎり行くようにしていた。
転校して一月ほどたった頃。
長女がわんわん泣きながら帰ってきた。
人前でほとんど泣くことのない長女のこの様子に私は心底驚いた。
幼稚園で引っ越しをしたときもそうだったけど、彼女は一日でクラス全員と友達になってしまう。担任の先生も「もとからクラスにいたみたいになじんでいます」と言っていたのに。やっぱり何かトラブルでもあったのかな?
「どないしたん? 友達とケンカしたん? いじめられたん?」
泣きじゃくる長女は中々話さないので、手を繋いで坂道を登りながら彼女が落ち着くのを待った。
しばらくして泣き方がおさまってきたのでもう一度たずねると。
「お猿がにらめた~」
にらめた? ってにらんだってこと? 友達じゃなくて、猿か!
「何かされたん?」
「にらめただけ~」
ぐずぐずいいながらやっと話しだした内容を要約すると、こうである。 友達と別れて一人になって歩いていると、道をふさぐように猿が現れた。前に進めなくて立ち止まってしまった長女の数メートル先で、猿は動かない。どうしようと思ってふと横を見ると、両側の家の屋根や塀の上にも猿がいる! 友達の家に戻ろうと振り返るとそこにも猿が!! そして自分を睨みつけてたというのだ。
結局長女は、猿が気まぐれに移動してくれるまで動けなかったそうだ。
たぶんお猿の方は、攻撃するとかそんな気はなかったと思う。ただ長女の存在を全く怖がらなかっただけ。
でもまぁ、一人で歩いていて周り中囲まれたら、初めてなら確かにビビるかも。
お猿は賢いから、女子供では少々威嚇しても逃げたりしない。子ザルは別だけど。ホントのボスは、近づいていってもすぐ目の前をゆうゆうと歩いている。これが大人の男性だと違うんだから、腹が立つ。女子供は完全にナメられてるのだ。
これがあったからか、長女はあんまりお猿が好きではないようだ。他の五人はたまに追いかけたりして遊んでるけど。
同じ環境で生活していても、ちょっとしたことで、性格に違いが生まれてくる。子育てはつくづく面白い。
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