我慢強さ

 次女はかなり男前な性格をしている。

 小さい頃はそうでもなかったのに。

 そしてかなり我慢強いと思う。


 小学校六年生の春。


「おか~さ~ん。ちょっと来て~」


 玄関を開けて入ってきた音がして、次女が呼んでいる。その時私は二階で洗濯物を干していた。

 その二週間前に膝のおさらを割ってしまっていた私は、二階からそのまま返事だけした。


「なに~?」

「ちょっと来てって」

「だからなに~?」

「いいから下りてきて~」


 あんまり何度も呼ぶので仕方なく下りていった。松葉づえこそしていないけれど階段の上り下りはかなり不自由。


「もう、用があるんやったら上まで来てよ」

「だって行かれへんもん」

「お姉ちゃん、怪我してん!」


 横から次男が割って入る。


「怪我? どないしたん?」

「木の枝が刺さった」

「え? どこに?」

「太もも」


 言いながら見せてくれる。


 !!


 太ももの裏側、膝から十センチくらい上の辺りの身が直径三センチくらいえぐれている。

 

「これどないしたん!?」

「だから木の枝が刺さったんやって」

「こういう時はお母さんすぐ呼ばなあかんやん!!」

「だから呼んだやん」

「いや、呼んだけど。そうじゃなくて。もっと切羽詰まった感じというか……」


 そう、確かに呼ばれた。でも緊急事態の呼び方じゃなかったよ!?


「とにかく中に入って! 消毒するから」


 和室に俯せに寝かせて消毒をしながら状況をきく。


「なんでこんなことになったん?」

「山の斜面から転がり落ちた」

「……!! どんな枝やったん?」

「指くらいの太さで、長さはこれくらい……」


 手でしめす長さは十センチほど。


 まさか!! そんなに太くて長いのが? 俄かには信じられない。


「そこまで大きくないんと違うん?」

「いやほんまにこれくらい」

「……それやったら抜いたらあかんかったんとちがうん? たまたま血はそんなに出なかったみたいやど、そういう時は刺さったままの方が止血になるっていうし、今度からは抜いたらあかんで」


 とりあえず大判の絆創膏を貼る。


「だって、生えててんもん」

「?」

「突き出して生えてる枝の上に、落ちてん。抜かんと帰ってこられへん」


 うわ~。考えただけでもぞっとする。


 傷口は消毒したけれど、木の枝なら雑菌も入っているかもしれないし、念のために病院に連れて行く。


 ホントは半信半疑だった。次女の言う木の枝の大きさは少しくらい誇張されているだろうと思っていたのだが。

 洗浄する管を入れてみると、やはり八センチくらいは刺さっていたそうだ。傷口の状態から太さも本人の申告通りだそうだ。傷口は六針縫うことになった。


 そんなものすごい怪我だったのに、次女は全く涙も見せずけろりとしていた。しかも後から聞いた話によると、怪我をした場所は家から二百メートルほども下った坂の下。そこから歩いて帰ったというからすごい。

 次男も一緒だったというから、


「呼びに来させたらよかったのに」


 と言うと。


「だって、とろいもん」


 って。その怪我で普通の足の次男と同じスピードでこの山道を登って帰れる君はすごすぎるよ。

 

 しかもものすごい強運の持ち主だ。そんな太くて長い枝が太ももの裏からぐっさりと刺さったにもかかわらず、筋も血管も傷ついていなかった。そして驚異の回復力で十日後にはもう走り回っていた。母はまだまだびっこをひいているというのに。

 



 さて、こんなに男前な姉を持つ長男はというと。


 これがまた極端に打たれ弱い。痛みに弱いというのか。ちょっとの怪我でもぴーぴー泣き、叱られてほんの少しほっぺをつねられてもギャーギャー泣き叫ぶ。



 痛みの感じ方の違いなのか、我慢強さが違うのか。

 同じ親から生まれてどうしてここまで違うのか。面白いものだ。


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