バンビ

「鹿の赤ちゃんがいた!」


 長男が興奮して走って帰ってきた。


 はい? 鹿の赤ちゃん?


「まだ生まれたてやねん。でも鹿のお母さん近くにおらへんし、ほっといたら死んでしまう」


 嫌な予感がした。この長男は何でもすぐに持って帰ってくるからだ。しっかりくぎをさしておかなきゃ。


「捕まえたらあかんで」

「だってかわいそうやん」

「捕まえられるほうがかわいそうや。絶対近くにお母さんいるからほっときなさいよ」

「でも……」

「もうどっかに行ってるよ」

「まだいるって! 一緒に行ってよ」


 あんまりしつこいのと、ちょこっとバンビちゃん見たさで、案内してもらうことにした。ここ数日前から夢中になっている、彼の手作り? の田んぼの近くらしい。


 さて、件の場所まで来てみると。


 確かにいた。


 まだ足元もおぼつかないバンビだ。あまりの可愛さに思わず写真撮影してしまった。が、連れて帰るわけにはいかない。辺りを見回しても確かに母鹿の姿はない。ないけれどきっと近くにいるはずだ。


「きっと警戒して出てこないだけだよ。そっとしといてあげよう」

「嫌だ。連れて帰る。飼いたい」


 押し問答を続けるも言うことをきかない。


「絶対に連れて帰ったら駄目だからね」


 いくら言いきかせてもうんと言わない長男にいつまでもつきあっていられないので、そう言い残して先に帰った。ちらりと振り返っても連れてくる様子はない。諦めて帰ってくるかな。


 と思いきや、家に辿りつくと私より先に子供たちがバンビと一緒に戻っていた。近道があったのか!?


「連れて来たら駄目って言ったやん」

「ついてきたんや」


 みると確かにバンビは長男の後をついて歩いている。長男が歩くと一緒に歩き、立ち止まるとそのそばに座り込む。


 うーん、刷り込みか? 困った。鹿なんて飼えないよ。


 クー


 と可愛い声で鳴き近寄ってくるバンビに名前をつけようと相談している。


 確かにめちゃくちゃ可愛い。飼いたい……気もする。でも……。



 私がわたわたと思い悩んでいる間に、おじいちゃんがさっさと役所に連絡をしてしまっていた。


 そうしてバンビは役所の人に引き渡された。


 害獣扱いの鹿。待っているのは殺処分か。山にかえされてもお乳がなければきっと死んでしまうだろう。動物園とかそんなところに引き取ってもらえたらいいのだけれど。ただ、生まれたてのあの子がうまく育つかは疑問だ。 


 あの子鹿がその後どうなったのかはわからない。


 どちらにしても死が待っているのなら、精一杯面倒をみさせるべきだったのだろうか。


 親はいつも迷うことばかり。あれで本当によかったのか、わからないことばかりだ。

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