第6話 交換

 川崎は馬から取り戻したポリパックを持って、事務所裏の階段を上り、オーナーである塚越の居る会長室へ入った。


 「会長、やばいですよ」と眉間にしわを寄せて言いながら、持ってきたポリパックを見せた。

 「何だ、それがどうした・・・・・・」と塚越は色付きの眼鏡越しに船橋の目と、差し出されたポリパックを見据えた。

 「新しい馬の奴が脱房して、乾草の梱包の中から引っ張り出して・・・・・」と先ほどの状況を伝えた。

 「えっつ」塚越は船橋の手からポリパックを受け取ると、中身の重さをはかるように掌の上に載せて、手を上下させ、ポリパックと船橋の顔を交互に見た。

 「鎌田が事故ったので、乾草に・・・・・・・・」

 「そうだったな、まさか馬の奴が・・・・・・」

 「ええ、旨く行ってたんですが、脱房癖があるって知らなかったもんですから」

 「それにしても、乾草の中かから引っ張り出すこともないだろうに」塚越は首を傾げた。

 そうして塚越は、ポリパックを考え深げに、2~3度掌で重さを測るように、ぽんぽんと弾ませてから、傍らのデスクの上に置いた。

 「それで、これを見た者は、鴨下の他に誰が居る」デスクの煙草ケースれから、1本摘み取ると、口に咥えて金色の馬首が彫られたライターで火を点けた。

 

 「えーと、様子を見に来た戸田と樋口と、他に2~3人・・・・・・・・」申し訳なさそうに川崎は答えて語尾を濁した。

 「そうか、まあいいや」塚越はポリパックを手にして、船橋をそこに残し、待っているようにと目で命じて、隣のロッカールームへ行き、誰も使っていないロッカーにポリパックを入れると鍵を閉めた。


 「まあ、偶々、馬の奴がやったんで、またこの次もと言う事もないだろう。あっちでも同じにやってるんだから」塚越は自分も納得するように頷きながら、船橋に言って下らせた。

 船橋が事務所から出て行くと、デスクの上の受話器を手にすると、短縮のボタンを押した。


 受話器から相手の息遣いが先ず聞こえてくると、塚越は誰もそばにいないのに声を殺して、脱房馬の経緯を伝え、「・・・・・そんな訳ですから、今後、何かいい方法は・・・・・・・」と言葉を詰まらせた。

 受話器の向こうからは、答えを考えているのか暫く深い息遣いだけつたわってきて、じっと塚越は、受話器を固く握りしめて待った。

 「塚さん、そりゃあハプニングだな、年中起こるもんじゃないだろう・・・・。

 今まで上手くいってじゃないか、今後もこれで行こう、その変わり充分気を付けて下さいよ」と語尾に力を入れて返事が返って来た。

 「分かりました。気を着けます。ほんとに脱房するなんて考えても居なかったんで・・・・・・・・・」と言ったが、相手が受話器を置く音が伝わってくるのと同時だったので、自分の意思が相手に伝わったかどうかちょっと気になった。


 塚越は置いた受話器に暫し手を置いたまま考えを纏め、電話機の隣に置いてあるインターフォーンのスイッチを弾いて「川崎君一寸来てくれないか」と告げた。

 

 馬場内で、会員の乗馬を指導していた川崎は、塚越からの呼び出しに応えて、部下の鴨下に合図して、会員の指導を交代すると、面倒そうな態度で事務所へ移った。


 年代物の革張りのソファーを顎で知らせて、塚越は川崎がソファーにどたっと面倒そうに腰を下ろすのを待って、自分は立ち上がると例のポリパックを片手に、川崎の前を行ったり来たりしながら「戸田に当たってみてくれないか」

 「と言うと・・・・・・・」川崎は顔を揚げて、腰かけている自分の前を行ったり来たりする塚越を見上げて聞いた。

 「ああ、ズバリ中身を言って、彼奴を取り込んだ方がいいんじゃないかと思ってるんだ」考え深そうに塚越は川崎を見下ろして言った。

 「隠し立てしたり、口止めしたりじゃ無くてと言う事ですか」一寸疑問があると言うように首を傾げて答えた。



  私は、戸田から自分が売った馬が、落ち着いた先のクラブで、脱房した経緯を聞いて、乾草の梱の中からポリパックを銜えて引っ張り出した件に、ふっと思い当たることを思い出した。

 いつぞや練習の後、バンホーテンに乾草を与えようとして、乾草の梱に手を掛けたら止められた事を思い出し、あの時はクラブがしっかり管理しているので、やたら会員などが、勝手に馬糧庫から乾草などを引っ張り出さないように注意しているのかと、自分では手間が省けてよいなと思ったことだったが、戸田の話と付き合わせて私はあることに思い至った。


 乾草の中からのポリパック、馬の奴が銜えて引っ張り出したのを、慌てて取り返して何処かへ持って行ったこと、自分には勝手に乾草に手を付けないようにと注意されたこと。


 「ポリパックの中身は、何かやばいものかも・・・・・・・・・」と一寸、戸田も不信感を漏らしたことも重なり、恐らくパックの中身は大麻ではないかと想像した。


 それが事実として、自分が所属するクラブも、自分が譲った馬が落ち着いたクラブも、と言う事はほかにもそんなクラブがあるのか、大麻、マリファナとは覚醒剤と言う事は知っているが、使用した場合にどんな状態になるのか、経験も無く、想像も、物の本やニュースでの知識でしかない。


 万一、思った通りの物であったらどうするか、警察に届けるか、届けた場合、大麻所持、使用、麻薬法か何かで逮捕されたら、クラブはまずいことになる。

 いっそ、そのままにして、万一捕まったら捕まったで、クラブがどうなるかその時考えればいいか、単なる会員の一人、面倒なことは御免被る。

 まあ、この先どのようなことになるか、私はあえて成り行き任せの道を取った。



 

 


 

 

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