第5話 ハプニング
乗馬クラブの朝は早い、厩務員達は朝5時には起床し、先ず馬房のぼろ(糞)出しをし、朝飼いの用意をする。
このクラブには30頭収容の厩舎が2棟あって、昨日、新しい会員の馬が1頭入厩したので、空き馬房も有るので、収容頭数は53頭ほどになる。
これだけの頭数になると管理も大変だ。
養鶏場や牛舎のような設備にして呉れれば、オートメーションで、各馬房に朝昼夜の飼料も配給され、水飼も水桶に、馬が鼻で押せば水が出る蛇口を着けて呉れれば手間が掛からない、厩務員はそんな不満を、作業の度に口にしていた。
「わーお、こいつ何をしている・・・・・・・」慌てた声と、「かつ、かつ」っと乱れた蹄の音ともに、昨日新しく入厩した、戸田が連れてきた鹿毛馬が、脱房して昨日空き馬房に積み上げた乾草に食いつき、積み上げたのを崩して食べており、向かいの馬房と両サイドの馬房内の馬が、自分も欲しがり、柵の間から首を伸ばしてイラついていた。
梱包された乾草の梱に噛みついた新入りの鹿毛馬は、厩務員らに首を抱えられ、馬房から引き戻されるのに抵抗し、乾草に噛みついたまま「だだだーっつ」と、頸を左右上下に振りながら後引きしたので、噛みついたままの乾燥の梱が、積み上げた上から転げ落ち、乾草と一緒に噛みつかれていたポリテープが外れ、梱包がその部分からばらけた。
「待て、待て・・・・・・・」事務所から出て来た川崎は、馬房壁のフックから無口頭絡をつかみ取ると、鹿毛馬の首を押さえて、乾草から引き離そうとしている厩務員の樋口を押しのけて、鹿毛馬の首に無口頭絡の引綱を巻き付けた。
「下がって・・・・・・・」川崎は引綱を握って、馬を乾草から引き離しにかかった。
嫌がる鹿毛馬はたたらを踏んで後退ったが、伸ばした顔の先に、乾草の切れ端と、緑色で不透明のビニール袋を銜えていた。
無理に抑えられた鹿毛馬は、抗って首を振り、銜えたビニール袋を噛み破ろうとした。
「やばい・・・・・」と言ううように口元をゆがめると、川崎は、鹿毛馬の下あごに手を伸ばし、両口角を鷲掴みして、親指を片方の、後の4本の指を反対側の口角から口中に差し入れて、馬の口を開かせると、鹿毛馬は噛みついていたビニール袋を振り落とした。
「こいつ連れて行け」傍にいる厩務員に命じて、川崎はビニール袋を拾い上げ、つるつるしたビニールの表面にくっきり残った鹿毛馬の歯型を、指先で撫で破けていないのを確かめた。
川崎は事務所に戻り、ロビーの奥の部屋に入りドアを閉めると、自分の携帯電話を取り出し、登録されている番号をプッシュした。
「あんた、気を着けてもらわないとやばいよ、馬の奴があれを引っ張り出して」相手が出ると声を殺して、息巻く様に鹿毛馬が乾草の中からビニールパックを引っ張り出した状況を伝えた。
相手は「そうは言うけど、お宅の方で気を着けてよ、放馬したのはそっちでしょう、馬房管理はしっかりやって貰わなきゃあ」川崎は逆に文句を言われて、「むっ」としたが、確かに言われてみれば、先方はいつものように乾草の梱包をしてきて居るんだから、放馬はこっちの責任だ。
ついやばいと思ったもので、先方に文句を言ってしまったが、気を着けねばならないのは自分の方だと、携帯電話を尻のポケットに戻し、川崎は鹿毛馬から取り戻したパックを、自分のデスクの鍵の掛かる引き出しにしまい鍵を掛けた。
その後、「ふー」っと一息つくと、再び携帯電話を掴むと、別の番号をプッシュし、受話器を手で覆うようにして相手と話した。
受話器を、気落ちしたようにそっと戻すと、考え込むように二・三度自らに納得させるように頷き、事務所を出て厩舎へ移った。
難しいしかめ面の川崎を見て、前日届けた馬の様子を見に来た戸田は乾草の中から、鹿毛馬が噛みついて引っ張り出したビニールパックの事を聞いていいのかどうか、何となく聞いちゃ拙いような気もして、「すんません、まさか脱房するなんて思わなかったもんで」機嫌の悪そうな川崎に上目づかいで誤った。
「まあ、しょうがねーよ、あの馬、脱房の癖があったのか、そんな事、一言も言ってなかったな。お客さんの馬だから仕方ねーよな」と肩を竦め, 余計な推測をするなと言うように、川崎は戸田の目をじっと覗き込んだ。
戸田は翌日私にそんな状況だったことを話した。と言うのは、移動した馬は私が譲った馬だったからだ。
まだ若くやんちゃなところがある馬だったが、非常に利口な馬だと紹介したものだった。
「そうか、そんな癖がついたか、退屈させちゃだめだな」私は馬を買ったオーナーに、その事を伝えておかなければと記憶にとどめた。
それにしても、乾草の束の中に有ったビニールパックの中身は何だったんだ。
第一に、乾草の梱包の中に余計なものが入っているなんて、どうもまともじゃない。
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