第4話 「疑問」

 生き物を相手にしている乗馬クラブは、年中無休に等しい、無論、職員のために休日はあるが、一般の会社や商店などのように、シャッターを下ろして誰も居なくなるとか、宿直員が交代で居るとか、警備会社が管理するとか、しかし、乗馬クラブの職員は交代で休日をこなすが、クラブ自体は年中無休に近い、自馬会員は何時でも自分の都合でやって来ては、自馬を引き出して運動して帰る。

 一応、休日は、フリーの客に対しては設けてある。そんな日は、厩務員のみの宿直者しかクラブに居ない。

 朝飼いも終わって、馬房内のぼろ(馬糞)を小ぶりの熊手でかき集めて、ぼろ捨て場へ捨てる。

 気温が高くなる時期、馬房に敷いたチップが混ざった馬糞は発酵して、独特の匂いと共に湯気を揚げている。新たにまた各馬房から夜間に排泄したぼろを湯気の上に重ねた。寒い冬場は、匂いさえ我慢すれば、絶好の暖房になる。

 「おーい、馬糧屋が来たから手を貸してくれ」事務所の窓から、主任の川崎の怒鳴る声で、アルバイトの鴨下はぼろの始末を一旦停止して、クラブの正門からバックで入って来たトラックを誘導すべく、厩舎に繋がる馬糧庫の前へ駆けて行った。

 「オーライ、オーライ、そのまま真っすぐ・・・・・・」トラックのバックミラーに自分を映すように、片手で誘導しながら鴨下は、トラックのバックについて後ろへ下がった。

 「はーい、ストップ。何時もご苦労さんです」停車したトラックの後ろへ回ると、観音開きの後部の扉を開いた。

 扉が開くと同時に、「ふーっ」と乾草の匂いが鼻をかすめた。荷台の箱の中は、万載では無かったが、燕麦の袋とか、エースレーション(配合飼料)のペレットの袋や乾草の梱が積み込まれていた。

 鴨下は、トラックの後ろへ、ぼろを運ぶ1輪車を転がして行き、横倒しにならないように把手を支えて、荷物を載せてくれるのを待った。

 「全部下ろすのかい」鴨下は運転席の男に声をかけた。

 「雨が降ってきそうだから急いで・・・・・・・・・」運転席からそんな返事が返って来た。

 鴨下は、尋ねた答えではなかったが、兎も角雨に濡れては面倒と思い、ポリのテープで括られた乾草の梱を荷台から抱え下ろし一輪車に載せた。


 「おー、燕麦なんかは倉庫に入れて、乾草は空いてる馬房に積んで置けよ」また川崎の怒鳴り声が追っかけて来た。

 『分かってますよ』声には出さず鴨下は、何時も煩い川崎に反発するように、トラックの荷台の荷物に手を掛けた。


 丁度、其処へ荷物の搬入が重なったように、千葉の乗馬クラブから、所属会員だった人がこのクラブへ移転したため、自馬を預託する為にインストラクターの戸田が付き添って自馬を運んだ来たのだった。


 鴨下は、燕麦の麻袋を一つづつ運ぶのは面倒とばかりに、ふらつく一輪車をトラックの荷台に寄せかけて、一つの麻袋の上へもう一つ重ねたが、一輪車は載せられた麻袋の重みと、重なった麻袋の高さでバランスが崩れ、ふらふらとして今にもこけそうで、鴨下はよろよろと一輪車を押して馬糧庫へ向かった。

 「馬鹿野郎、袋を重ねたらバランスが悪いだろう、ひっくり返るからきをつけろ」馬糧庫で運ばれてくる麻袋を順に重ねて保管しているチーフの川崎が鴨下に怒鳴った。

 「馬に乗ってもバランスが悪いんだから、よく考えろ」余計なことまで怒鳴り声が重なった。

 広い馬場内などで、号令を掛けたりするので、自然声は大きく、傍で怒鳴られると、ビンビン耳に響く。先輩は何時になっても先輩で、後輩は何時も後輩だ。

 馬運搬車を停めて、運んで来た馬を下ろそうとしていた戸田は、そんな怒鳴り声に、ふっと記憶をゆすぶられた。

 馬事公苑での事故の時、耳にした怒鳴り声に似ていると、そんな記憶を確かめようとしている時に、「おおーい、今日だったかあ・・・・。入厩は」と戸田に対して怒鳴る声が重なった


 確かにあのとき、言い争っていた時の声に似ている。


 「戸田君かあ、その馬は西側の厩舎に入れるから、着いてきて」事務者から、野球帽をかぶりながら、馬乗りにには似合わない平家蟹のような体つきの川崎も出て来た。

 川崎は、馬運車から下ろした馬が、慣れない場所へ来たので、一寸そわそわと足踏みし、顔を上向けて左右上下に振ると、「ブルブルー、フー」と鼻を鳴らした挙句に「ブフィーン、ぶふぃーん」と嘶いて自分の存在を厩舎内の他の馬に知らせるのを、無口を掴んだ手を押し下げて馬首を下げさせた。。

 そんな鹿毛馬の首を軽く叩くと、戸田に空き馬房を指さして教えた。乾草の梱を積み上げた隣の空いた馬房に新しい馬は収まった。

 戸田は連れて来た馬を馬房に入れ、馬栓棒を掛け、馬から外した無口を馬房の外壁のフックに引っ掛けた。

 新しい馬は、暫く足元のチップなどに鼻面などを押し付け、ぶるぶると鼻をならし、新しい環境を確かめ、次に、乾草などを積み上げた隣の馬房からの、乾草の匂いに鼻面を向けて、長い顔と首を馬房から突き出して隣の馬房を覗き見た。


 

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