第3話 噂話

 私の日常は、相も変わらず自宅と会社への通勤、週末の休日はサンデイライダーとして相模原のクラブへ、勤務先の同僚と帰宅前に一杯と言う日も有るが、私はどうしても同じ乗馬仲間との飲む機会の方が多かった。

 勤務先の同僚と飲むと、どうしても仕事の延長と言う感じか、上司への批判めいた話題やら、他の部署の女の子と、社員の誰それ会うことにしたが不倫してるのではと、有りそうでありそうにない囁きなど、あまり関わりたくない話題になるので、出来るだけ避けていた。


 今日も、会社の引け際、大学の馬術部の同僚だっ安田から電話が有り、帰宅前に一っ杯行かないかとの誘いの電話が有った。

 安田は所帯持ちで、滅多に一緒に飲む機会が無かったので、何事かなと思いながら私は同意して、自分の行き付けの店で会うことにした。

 私も無論妻帯者ではあったが、妻は単身赴任でロンドンへ行っているので、未だ子供も無く、私はいまだに独身の状態だった。

 東急目黒線の大岡山駅で降りて、工大側の横丁を入った所に有るスナックバーだ。

 池上線との交差も有るので、乗降客も多く、駅前から結構賑やかな商店街が続いている。

 私は改札を出て、駅舎脇の交番の先の信号を渡り、コンビニや蕎麦屋などのある通りを経て行き付けのスナックバーのドアを入った。

 店は鰻の寝床のように入り口から奥へ、L字のカウンターだけの店だった。

 「あら、いらっしゃい、お友達がお待ちですよ」カウンターの中のママが、声をかける前に、入り口の傍のカウンターの一番端に、両肘をついて水割りのグラスと、つまみの乾き物があしらわれた皿を前にしたひょろっとした安田が、「やあ・・・」と言うように頷くのを目にしていた。

 「やあ、待たせたな。私にも同じもの・・・・・・」と私は安田とママに向かって言って、私は背当ての無いストールに腰を落とし、一段高くなった足元のバーに両足を乗せた。

 並んで座ると、ひょろっとして背が高く見える安田と、上背は私とそう変わらず、足が我々同年の男にとって標準より少し長いのかなと、馬に跨ったときに、鐙革の穴が、背丈が同じ者より一つほど下だった。

 「先ずは乾杯」私の飲み物がコースターに置かれると、安田は自分のグラスを掲げて言った。

 「やあ、乾杯」と答えて、私は自分のグラスを掴むと、彼の差し出したグラスと 「かちん」と触れ合わせた。

 「ところで、未だチョンガーか」「うん」一口水割りを飲むと、彼は半ば揶揄するような口ぶりで訪ねた。

 「ああ、俺の方が単身赴任みたいなもんだよ」と苦笑いで答えた。

 「大丈夫か・・・・・・・・・」疑いを向けるように一寸身を引いて聞いた。

 「何が・・・・・・・・」「いやあ、一人で、お互い浮気でもしているのか気になるじゃないか」

 「そんな事か、まあ、そんな気も無いよ、かみさんの方は知らんけどね」軽くいなして私は水割りを口に含んだ。

 「最近は乗ってるのかい・・・・・・・」

 「ああ、チョンガーだからな、時間が有るんでね」

 「乗り物違いかあ・・・・・・・・」安田は揶揄の笑いを向けた。

 私は、それに取り合わず、摘みのピーナッツをつまんで口へ運んだ。

 「いや、他でもないんだが、この間のホースショーで事故が有ったって、馬運車

の傾斜板の下敷きで死んだとか・・・・・・・・・」

 「ううん、偶々現場にいたんだ、まあ、今どき珍しい事故だと思ってるんだがね」

 「ふーん、本当に事故だったのか」一寸顎を引いて疑問を投げかけた。

 「ああ、先ず、争った跡とかそれらしい状況を目撃した奴も居ないし、唯、言い争っているような大声を耳にした奴が一人いるんだが、彼もはっきり何を言ってるのかは分からないと言うし、まあ、結局、事故ではないかと・・・・・」

 「いや、実は事故の検証に立ち会ったポリスが、状況から事故と思わざるを得ないと言いながら、何となく腑に落ちない事が有ると、俺の知り合いのポリスに漏らしたらしいんだ」私は何のことを言うのかなと、顔をねじって安田と目を合わせ、鎌田の葬儀の帰り道で、戸田がわざわざ焼香に来た警官の話をしたのを思い出した。 

 「うん、それはね、滑ったか躓いたかで、後頭部を傾斜板の補強桟にぶつけて倒れ、その上に傾斜板が被さった。そんな状況なんだが、どうも頭をぶつけたと言う個所は、1回でなく、~ごつん、ごつん~と2回くらいぶつけたんではないかと、そのようにも見えるので、一寸事故としては疑問が残るが、事故として処理されたので、何となく納得いかないが、まあ、忙しいのでそのままにしている。とか・・・・・・・」一寸中途半端な答えが返って来た。

 「ふーん、いや、実は戸田って奴から。そのおまわりが焼香に来て、事故の状況を色々尋ねて行ったということだったが、その後どうしたかなあ」私は語尾を濁した。


 グラスを重ねると同時に、それからそれへと、同じ部員だった者たちの最近の消息や、この夏のリオオリンピックへの予想など話題は尽きなかった。

 カウンターの向こう端では、近くの工大の学生と、学生より20歳は年かさの男性とが何やら議論していたが、多分学生と教授なんだろう、カウンターの中のママから合いの手が入って、三人が大笑いした。

 何んとは無い噂話と共通の馬の話なども、同じ話題が戻ってきたところで私らは店を出た。

 駅で、他線へ乗る安田と別れて、私は安田がもたらしたポリスのことやら、事件当日、戸田が耳にしたと話していた二人の口論の声、何を口論していたのだろう。そんな考えを抱えて一寸混んだ車内のつり革にぶら下がった。

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