第7話 「解決」
私が譲った馬のハプニングを耳にして、ビニパックの中身は、恐らく大麻か何かではないかと思って、私はパソコンのネット検索で、一通りの知識を得たが、だからと言って何か行動を起こそうとも思わなかった。
日常の忙しさに紛れて、忘れていたところへ、戸田から相談したいとの連絡があった。
例によって、行き付けの大岡山のスナックバーで会うことにした。
戸田との約束の時間より早く着いたので、私はカウンターの端に陣取り、バランタインの水割りを前にして、ケニー Gのサックスに耳を傾けた。
そう言えば、ストリートミュージシャンとして、高名な音楽家の息子が、賑やかな駅前などで、録音した伴奏と共にサックスの演奏をしているのに何度か行きあった。
何となく哀愁を感じる音色に、単身赴任中の妻のことを考えた。近々に休みを取ってロンドンへ行こうかと、そんなとりとめのない事をバランタインに託して口に含んでいる時に戸田がやって来た。
「済みません遅くなって・・・・・・・」額と胸元の汗をぬぐいながら、慌ただしく店のドアを開けて入って来ると、カウンターに両手を突いて、体を支えるようにして私の隣のストールにドカッと腰を落とした。
「何だ、赤ん坊が見たら引付を起こしそうな面で」駅から駆けて来たのか、拭っても直ぐ汗が出てくるようで、手の甲で掬い取るように汗をぬぐい、「はい、今晩は」カウンターの向こうのママからおしぼりを受け取った。
「何を飲む」額と首筋の汗を拭った戸田に私は聞いた。
「先輩と同じものを」次
「ママ、彼にも同じものを・・・・・」顎で戸田を指して注文した。
掌の上で、アイスピックを突いて氷の塊を砕き、厚手のグラスに「からから」と、山盛りに成るほど満たして、バランタインのボトルからウイスキーを目分量で注いで、ソーサーの水を上から注いで、盛り上がった氷が、「ちちちっつ」と角が解け新たな重なりで触れ合う音がするままグラスを、戸田の前のコースターに置いた。
「取り敢えず乾杯」私は戸田のグラスに自分のグラスを触れさせて、一口良く冷えたやつを口に含んだ。
「さて、それで・・・・・・・・・」私は、冷たく喉を刺激して落ちて行くウイスキーを味わって、グラスを置くと戸田が相談したいと言う事を話すように促した。
「はい」急いで口含んだウイスキーを飲み込んで返事したので、戸田は少しせき込んだ。
「済みません」一寸食道を伸ばして飲んだものをスムーズに胃へ流し込むように顎を揚げ、「実は・・・・・」と切り出した。
「じつは、麻薬、ああ、マリファナをいつの間にか吸わされたんです」声を潜め、要旨をズバリと言って、カウンターの向こうのママや手伝いの女性に気を使いながら。
「えっつ」思わず私は聞き返した。
「いつの間にか、煙草がすり替えられていたんです」と、戸田は、普段のように煙草を吸った時に、いつもと違った鼻腔に感じる匂いと、深く吸い込んだ時のスーッとするような昂揚感、頭が冴えて来るような爽快感を覚え、多分、疲れていたので、煙草の一服で気分が癒されたと思った時の事を思い出しながら話した。
特に気にせず、その箱の煙草を吸い終わって、新しいのを買って吸ったら、その爽快感は感じられず。あの時はどうしたんだろう、よっぽど疲れていたのかと思った。
「それで、誰が、何のために煙草をすり替えたのかと思ったもんで}と戸田は言葉を切った。
「ふーん」私は切羽詰まったような不安な顔つきの戸田に目を停め、例のビニールパックの事に考えを巡らした。
戸田が、ビニールパックの経緯を私に話したり、他所でほかの人間にも話を広められては拙いと思って、いっそのこと、戸田を仲間に引き込もうとしたんじゃなかろうか、大麻を持ち込んだ奴は、更に密かに販路を広げられると考えたのかもしれない。
「その後、普通に買った煙草では、あの快感が感じられないので、こらあ、癖に成ってヤバイ、と・・・・・・・・」ごくっとつばを飲み込み、思わず胸のポケットからラークのパックを掴みだした。
パックの中から1っ本振り出そうとして、考え直したか、忌々しそうにパックをポケットは戻し、その上をぽんぽんと叩いた。
悪いことを知られた相手を、口止めすることはかなり難しい上に、何時かばれるかもと不安がつきものだ。
そんな相手を取り込んで仲間にした方が、何ぼかましじゃなかろうか、仲間に引き込めば自分自身と仲間を守ろうと言う意識が生まれる。
どうも頼りなげな戸田に、私はそんな思いを抱いた。
水割りのグラスを置いたカウンターに、グラスのほけが垂れて凸レンズの様な水たまりを作った。戸田はその水溜りを指お先をくるくる回して広げた。
「そうか、一寸やばいな、暫く気を着けるしか無いな。草を所持すようなことは絶対にするなよ」
大麻法では、大麻を吸引した事より、所持したり、栽培したりした方が罪は重いのでは、何となく私はそう思った。
「兎も角、身の回りに注意を怠るなよ、クラブのロッカーなど、しっかり管理しろよ」私は念を押すように戸田に命じた。
偶然と言うか、戸田と別れて帰宅すると、自宅の固定電話に伝言が入っていて、受話器の留守電のぼっちが、赤く点滅していた。
スナックで、戸田とあっている時、携帯電話の電源を切って居たままだったのに気付いた。
デスクの上の受話器を取り、留守電のボタンを押した。
「もしもし、いろいろお世話様でした。鎌田の母ですが、あれの鞍箱が残っていますので、何方か使っていただければと・・・・・・・・」そんな内容の伝言だった。
時間も遅いので私は明日の午前中に電話することにして、伝言を消去した。
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