第2話

小さい頃のみんなは、暗闇というものに憧れてたんじゃないかしら。例えば机の下、あるいは押入れ、もしかしたら母親のロングスカートの中なんて(それを実行した友達は女性だし、まぁ、そんなに大きな問題にはならなかったはず、と信じてるわ)友達や兄弟姉妹との遊びの中に、隠れん坊なんかあったでしょう?それって子供たちが暗い暗い、お昼の公園とは全く正反対な場所に憧れてたからよ。

でも、私はそんな小さな子たちの中でたった1人暗闇が怖かった。恐怖の対象がそこにいたから。私は好奇心旺盛な子供でもなかったし、だからか未知の物に対して面白そうと近づける子供でもなかった。小さい頃分からなかったこの恐怖の対象は、今もって尚、分からない。より分からなくなったが正しいのかもしれない。


恐怖の対象。

これを読んでるあなたわかる?







くすんだ金色と艶やかな黒色











「こっちだ、ウィザリー。早く!」

「引っ張らないで、ウィル。服が伸びるし、そもそも急ぐ用事もないでしょう!」

「急ぐ用事がない?!なにをいってるんだ」

投げ捨てるかのように言葉を吐いたウィルソンは、それでも足をさかさかと動かしこちらも見ずに鼻をならした。くすんだ金色の頭は、走り歩きをしてるせいかぴょこぴょこと跳ねている。反対にその彼に腕を掴まれ、後ろを歩く私は彼より背丈が高く、黒髪だからか、割と目立ってるかもしれない。そう思うと妙に恥ずかしくなり、より顔は下を向き早く歩こうという意思もなくなる。ふと視界に入ったウィルソンに掴まれてる腕は、雪のように白い。

「僕達の今回のお客様は、せっせこせっせこ稼いだお金を、僕の発明した素晴らしいメガネと交換しようとする、とんでもなく頭が良くて、決断力のあるイケてる女性なんだ!そんなお方を待たせるわけにはいかないだろ」

それに対しての私の反論はこうだ。

「だったら、あんなに甘いクレープを食べてないで、さっと行動してればいいのに」

途端に苦虫を噛み潰しましたみたいな顔になったウィルソンは(実際のところウィルソンは前を向いたまま私の腕を引っ張ってるから顔を見れてはいないのだけど。今貴方が噛み潰したのは苦虫じゃなくて"良薬"よ)さっきよりも更に足を高く上げて、まるで一歩一歩地団駄を踏むように歩き続けた。

「うるさいなぁ、ウィザリーだって僕が甘いもの食べるの許可したんじゃん。いつもは許してくれないのに」

「それは貴方が、寝る直前に甘いものを食べようとするからよ。歯に悪いし、肌も荒れる」

「…僕は別に、肌なんか気にしない」

ぶすくれた声で不平を漏らした敏感肌のウィルソンに、ウィザリーは声に出さずに笑った。ーあの時もそうだった。我が物顔で人間を見下ろしてる空は、ウィザリーの境遇にまるで同情してますと言わんばかりの曇天で、その空の下私の元"ご主人様"と契約した、今よりもう少しだけ若く不機嫌そうだったウィルソンは、重々しい内容を今のようにぶすくれた声で交わしていた。後々付き合っていく中でわかった、彼がその声音のときは不平を言う他に甘えてくれてきているときもそのような声を出すのだという事実は、今でもウィザリーの心を暖かくする。

「依頼人の名前は?」

「サラ。サラ・エドウィン」

もう少しなはずなんだけど、と首を傾げる彼は、その時よりも多少背が伸び声も低くはなったけど、寝る前に食べる甘いものが好きで、頭がいいのにドジという、まだまだ未熟で守らなければならない少年である。昔はからっぽだったウィザリーは、この少年に中身を作ってもらいそうして今ここにいる。この一生を掛けるべき恩は、常日頃から彼の助けをすることで返していこうと、あの日私の鎖をとってくれた彼の右手に誓った。

今日は、ウィルソンと出会った時とは似ても似つかない晴天で、発色の良い水色の空はまるで絵の具をそのまま垂らしたかのような、濁りのない透明感がある。だからだろうか、その水色を割って急に目に入る少し古惚けた赤レンガの家は、肩身狭そうにこじんまりと建っていた。

彼との思い出話はいつでもウィザリーの心を癒してくれるという以外にも、時間を忘れさせてくれるという、これまた素敵な効用を持っていたようだった。









チリンチリンと心の中でおちゃらけて唱えながら、僕はレトロ風(便利な言葉だよね、ただ単に古いってだけなのに)なドアの横に付いてるベルを鳴らした。途端に煩くブービー音が聞こえる。僕が押したこのベルは、どうやらチリンチリンなどという可愛い音ではなく、Boooooooという不平不満たっぷりの音を鳴らすようだ。何をそんなに文句があるんだ、こちらはお前のご主人様を助けに行こうとしてるだけだ、とこちらも(勿論心の中で)反論しながらベルを睨んでみる。と突然どん!という声を上げながらそのヴィンテージ風(便利な言葉だよね、ただ単に新しくしてないってだけなのに)なドアが開いた。

「…サラ?」

「ウィルソン…」

僕が、そんな無礼極まりない声を出したドアに何の文句も言わなかったのは、その懐古的な(便利な言葉だよね、ただ単に…さすがにもうしつこい?)ドアを開けたサラの顔色があまりにも、あんまりだったからだ。真珠も真っ青なくらい、顔が白い。

「ど、どうしたの?」

「あぁ、ウィルソン、私は間違えてしまったの。本当に、本当に大事だった一線を超えてしまったんだわ」

青ざめすぎて、とうとう生クリームも真っ青な白さになった顔が今にも泣き出しそうに歪んだ時、ぎ、と普段は聞かないような酷く耳障りな音が、家の奥、ー真っ黒で先が見えないーでしたように感じた。一瞬聞き間違いかと思うほどの細やかな音。けれども、あまり間をおかずに続いた音は、聞き間違いなんかじゃない。


ーギィィィヤァァァアアアァァァ…


ぐわんぐわんと響く家の悲鳴。これは…これは本当に、家の、悲鳴?

「サラこっちに」

ウィザリーは流石のポーカーフェイスでサラの右腕をとり家から一歩外に出させた。サラの身体には一切の力が入っておらず、ウィザリーがそんなに大きな力を入れずとも、抵抗することなく身体をウィザリーに受け渡した。いや、受け渡す?倒れた?

「ちょ、ちょっとサラ!?」

「ウィル、静かに。気絶したようよ」

慌てて目線をウィザリーに合わせれば、冷静に首で脈を測る彼女は、そこから得た情報を発言するとともに、こくりと首を傾げた。

「でも、不整脈?脈が安定してない」

そう言うと、彼女はなんの予備動作もなく彼女を姫抱っこにし、こちらを見下ろした。

「ウィル、依頼と調査は後。彼女を医者に見せることにしましょう」

勿論、とてもこの家は嫌な空気がしてるから調べる必要はあるけど、サラの方が今は心配よ。続けてそう言ったかと思うと、彼女はまるで人を担いでると思えない動きで歩き出した。そんな彼女の後ろ姿を見て、僕もまた後ろ髪を引っ張られつつ、林檎のような真っ赤な家を、視界の端にいる猫耳の歪な影を捉えながら、後にすることにした。

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商売屋Wとその付き人 家彦 @ieMSADI

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