ローカルヒーロー

@maple03

第1話


オレはローカル・ヒーロー


少々錆び付いちゃいるが、

太さと硬さはまだまだ負けねえ


その地元の英雄は今じゃ地元の小さくはないが大きくもない、

親父が会長職で目を光らせているけども・・、

会社の若社長に収まっちゃあいる


だけど街の人達にはあの頃のオレの残像が今も見えている


おっちゃんもおばちゃんも、思えばみんなまだまだ若かった


おっちゃんとは会うたびに伝説の試合の特大ホームランの話をする

「あれは飛んだよなあ!」

「おっちゃんの天才的な指導のおかげだよ」

「この街からプロを出したかったなあ」


あれこれあってヨシオの話


あいつは鯉だの亀だのが妙に好きな奴で柵を超えては池を覗き込み、

見つめすぎてはハマってしまうから、いつもオレが助けてやったもんだ


そのたびに犬みたいな笑顔でしがみついてきやがって、

あいつんちは母子家庭で1人っ子だったから、

助けてもらいたくてわざとハマってたんだぜ


今はなんとなくそんなことがわかる


それが中学になって空手で腕を磨いてからは

オレに挑戦してくるようになった


これも今ではなんとなく気持ちがわかる


立ちはだかる存在に自分を試したいのが男の子だ


遂に番長の座をかけて本格的な決闘になったが、

9回立ち上がってくるので10回ダウンさせてやった


10回目になんとか立ち上がってきたヨシオの顔には

例の犬のような笑顔が浮かんでいた


オレたちは抱き合ってお互いの健闘をたたえ合った


それからヨシオは気のいい弟分に戻った


オレたちはいつも同じ話を繰り返して、それなりに旨い酒を飲んでいたが、

家庭を持ったり、仕事やら何やらで地元から去って、

最近は集まりも寂しくなってはいる


ヨシオは2年前の冬に彼女と一緒に旅先のモーテルで焼け死んだ


最後までドン臭い、笑わせる奴だ!


オレが人生で一番泣いて飲んだ日さ


それからナオミの話・・


何年か前に地元を離れて結婚したとか別れたとか?


どうでもいいがオレが真っ先に思い出すのは、

あの動物園の夜だ


動物園は夕方に閉園してしまうものだが、

うちの地元のは、だいたい今頃の季節になると、

時々夜間営業をやることがあってね


なんで動物園に?なんでふたりきり?

その前後がよく思い出せない


トシのせいもあるかもしれんが、

それくらいオレは舞い上がっていたのだろう


仲間達もいたはずなのに、いつの間にやら・・


みんな気を遣ってくれたってのが、

まぁセオリーではあるけど、照れくさくて聞けないままさ


ゴリラを連れて帰りたいって?

どうやって運び出す?フォークリフト?


ああ見えてゴリラは繊細な詩人なんだぜ、

な~んてうろ覚えの知識を披露してやったら、

「誰かさんに似てるね」って


金曜の夜、仕事を終えておっちゃんの店による


「おう、タクちゃん、お客さんが待ってるぜ」


ナオミだった


いつ帰ってきたんだ?


テキトーな世間話の後、ナオミが動物園に行きたいと言い出した


ひとしきり思い出を話し合い、そのうち話すことがなくなって、

余韻のようなものに揺れながらオレたちはただ歩いていた


オレの隣にナオミがいる


その横顔を見るとオレを苦しめてきた甘い痛みが、

どこからかまた降りてきて何かを語らせようとするが、

やはり言葉にならない


逃れようとして気がつけば追いかけている


その幻影はこの腕に組み敷いても幻影のままなのか


たとえば一握の砂が風に舞い散るように、

はかなくすり抜けてしまうのか


ナオミが少々唐突に付き合ってる男についての話を始めた


どうやらこれが本題だったらしい


なんでもその彼とやらは仲間に不義理を働いたとかで

もっと悪いヤツラに追われる身になっているという


ナオミが借りてやったアパートに潜んでいるというが、

これではいつまでたっても抜け出せない


近隣から情報が漏れてどこにどう伝わるかわからない

なにより毎日息がつまりそうだ


「わかった、オレがなんとかしよう」


相変わらずオレって奴はイキでイナセなトーヘンボク


兄貴気取りでいつだって・・・


「もしもし私・・!なんとかなりそう!あのね・・」


いてもたってもいられず、目を輝かせ踊るような仕草で

彼とやらに連絡するナオミ


女ってのは素直なときも厄介だ


「タクさんありがとう!

一番頼れるのはやっぱりタクさんだ!!」


その笑顔には弱いのさ


いかにもな安アパートだった


自分を軟禁するはめになった鈍臭い男


どんな野郎だ?


ナオミがドアを開けて中に入る

オレも続けて入る


現れたのは少々やつれているが確かにヨシオだった


なるほど例の質店強盗事件、

犯人の1人が仲間を殺して逃走中ってのは・・・


「ごめんねタクさん、言えなくて・・」


どいつもこいつもいつの間にやら随分な手品を覚えてきやがる


確かに追ってくるのは悪い奴ら、国家権力という最悪最凶に厄介な奴らだ


俺だって暴れん坊で鳴らした男だから彼奴らとは因縁浅からぬ


地元の顔役連中、つまりかつての手下どもに、

今でも顔が利くことも見込んでくれたのだろう


「任せとけよ」


会社で使ってる郊外の倉庫で、

殆どオレの私物置き場と化しているのがある


そこでヨシオを匿うことを申し出た


「但し条件がある」


オレはナオミの手をとって言った


「ナオミ、お前は美人じゃないし、

おまけにもう若くもない、だけど今でも、

オレにはあの頃のお前が見えるんだ」


ナオミはヨシオを見た


ヨシオは頷いた


オレはナオミを連れだした


朝になるとオレはクルマを廻し、

ヨシオとナオミを倉庫に連れて行った


日用品や着替えを調達してくる

逃走ルートは落ち着いて考えればいい

できる限りの支援はする


ここには泊まり作業用のシャワーもあるしベッドもある


・・少々埃っぽいが


「今夜は飲もうぜ」


そう言ってオレは倉庫を出た


暫くしてから踏み込んできた警官隊に確保された2人が、

太陽の眩しさに顔をしかめながら出てきた


そして警官達と一緒にいるオレを見て目を丸くした


ナオミときたらレッチリのチケットを

山羊に食われたかのような顔でオレを睨みやがる


「エッチだってしたのにふざけんな!!」


Femme Fatale

お前がヨシオに無茶させたくせに


ヨシオが苦笑いでその後に続く


オレと目が合った


「何発ヤったんすか?」


オレは黙って両手を広げた


「ヒューッ」


それはあの頃、あの日のヨシオの笑顔だった


オレはローカルヒーロー

少々錆び付いているが硬さと太さは・・


もっとも今日はちょっぴりヒリヒリするぜ

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