第27話 月虹浮かぶ空の下で

 合歓の方から鉄の刃が伸び、ぬいぐるみが口を開ける。それを避け、薑は風刃や竜巻を発射する。

 そんな攻防を続け。全力で戦ってくれている合歓を見ながら。薑は、初めて会った時のことを思い出していた。


 あの施設で、薑と合歓は同時期に引き取られた。そして、彼女は、手を差し出して「私、蔓茱萸合歓! よろしく!」と、そう話しかけてきた。

 そして、彼女は驚くほど何も知らなかった。常識だと思っていたことをいくつも知らず、些細なことを教えただけで尊敬の目で見られていた。

 だけど。そんな彼女は、自分の意思をはっきりと主張する強さと、間違いをきちんと認められるしなやかさを併せ持つ。まさに鉄の意思を持っていた。

 そんな優しくて、強く、包容力のある彼女に。薑は、癒されていた。そう、思える。

 今も、合歓にだって思うところはあるだろう。薑も受け止めきれていないし、合歓も自分の両親の行いを消化する時間が欲しいだろう。薑にもどう接したらいいのかわからなそうだったし、きっとまだまだ悩むことがある。

 だけど。それでも、薑のわがままを聞いてこうして付き合ってくれている。そんな合歓を、薑は。


 合歓に横蹴りを打つと同時に、合歓も槌を靴底に合わせてくる。その勢いでお互いが飛び。合歓の口から、呪文が発せられた。

「アンブル・オーラ!」

 それは。紛れもない薑自身の術で。その術を使ってきたことに、なんとなく心が温かくなる。

 だけど、薑の周りにはナイター設備のせいで幾つもの角度に影ができていて、どこから出てくるのか分からない。

 周りを見渡した瞬間、視界の端に映った人影に狙いを定める。その先にはやはり合歓がいて。

 これが最後の一撃。そうお互いが思ったのか、思い切り振りかぶって。

 その瞬間。ぬかるんだ地面に足を滑らせた。目の前では、合歓も同じように体を傾けていて。

 そのまま、2人とも地面に顔を突っ込んでいた。

 体を起こすと、泥だらけの合歓と目が合う。おそらく、薑も泥だらけになっているんだろう。

 2人で、顔を見合わせて。

「ふ、っふふ」

「ふっ、くく」

『あははははは!』

 思いっきり、笑いあった。


 ひとしきり、泥だらけのまま笑いあうと。後片付けのために、動き出す。

「合歓」

 声をかけると、合歓は途端に神妙な顔つきに変わって。

「まだ、薑の両親のことはわだかまってる」

 そんな合歓の顔を見ず、操作盤のボタンを操作しながら。

「でも、それでも。合歓は薑の親友だよ。……だめ、かな?」

「だめじゃない! 薑がいいなら、私も親友でいてもいい?」

「もちろんだよ」

 明かりを全て落としても、なお光が一つ残っている。不思議に思って見上げると、そこには満月が輝いていた。

「薑。あれ!」

「わぁ……」

 合歓が指を指した先に目を向けると。

 いつしか雨は止み、空には虹がかかっていた。

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実験少女とおっさん騎士 甘枝寒月 @AmaeRuna

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