閑章 木蓮薑の家族関係と友人関係、そしてこれからのための選択
第26話 彼女のこれまでとこれから
あの部屋を離れてから。薑は、ずっと考えていた。
薑の一番古い記憶は、両親と一緒にいろんなところを回っていたところから始まっている。両親や、そのお仲間さんたちと一緒に、時には1月も馬車に揺られていたり。時には、ずっと地面と向き合っていたり。
両親は、2人とも考古学者なんだ。そう、お父さんは語っていた。今はまだ助手だけど、と照れくさそうに笑いながら。
その時に、あの巾着も見せてもらったんだっけ。お父さんが一番最初に発掘した記念のものだって。緊張して、それを集中して掘るだけでもうくたくただった、とそれはもう楽しそうに語っていて。それだけでとても幸せな時間だった。
そんな、ある日。たくさん出てきたから、先にいろんな調査をするということで私たち家族だけ先に移動することになった。
その移動中。いきなり馬車が停まって。お父さんが何か会話していると思ったら、お父さんの首から先がいきなり消し飛んだ。その次の瞬間、足元にお父さんの顔だけが転がってきて。倒れるお父さんの体の後ろに、2人組が見えた。……さっき見た、合歓の両親が。
お母さんは、呆然としていたけど。薑に覆いかぶさって、何かをわめいていた。そしたら、その次にはお母さんの首から刃が生えて、薑の真横に突き刺さった。
薑は……漏らしちゃったりもしながら、その場にへたり込んだ。あの時は、両親を失ったショックとか、目の前の殺人犯への恐怖とか、命の危機とかが一気に襲いかかって真っ白になっていたから。
そんな薑を見て、売れるとか売れないとか話していた彼らは。薑を縛り上げ、口にも猿轡を噛ませた。その時に抵抗しようとすると、女の方の人が薑を蹴り飛ばし。
「騒いだらお前も真っ二つだ。一つのままがいいだろ?」
と、脅されて。薑は怖くてそこで震えることしかできなかった。
そのあと、薑はよく分からない場所で働かされることになった。多分、今考えると売春宿か何かだと思うんだけど。……そう考えると、健全なお仕事だけだったのは唯一良かったことと言えるかもしれない。
そして、そこに騎士さんたちが踏み込んで。薑は、あの施設へ行くことになった。
……そこまでを思い出していた頃。夜もとっくに更け。雨も車軸のように降り注いでいた。
「合歓」
合歓のことを考えると、複雑な気分になる。いっそ、このまま知らない方が良かったんじゃないかとさえ。
でも、薑はもう知ってしまった。知らなかった頃には戻れない。
この複雑な気分のまま、薑は合歓へとメールを打った。
合歓の両親が薑の両親を奪ったことを。そして、合歓と話したいことを。
長い文章を打ち、送信する。雨粒だらけになったピッチをしまって、薑はある行動を始めた。
メールに打った場所、訓練場へと移動し。
しばらくして、合歓がやってきた。後ろに、矛盾と灯も続いている。おそらく、七夜や祈は報告にでも行っているんだろう。
合歓の顔は、苦虫を噛み潰したように沈んだ顔をしていて。
「薑……」
顔と同じように、沈みきった声が絞り出される。
そんな合歓に。取ってきたものの片方を放り投げる。あるものーー槌を合歓がキャッチしたその瞬間。薑は、もう片方、手甲を付けた拳で殴りかかった。
左から右、そして回し蹴り。その全てを受け、合歓は大きく後ずさる。
その様子を見て、後ろの2人がこちらに来ようとするので。
「下がっていてもらえますか。これは、薑たち2人のお話なんです」
その言葉に、彼女たちは一瞬動きを止めて。そして、代わりに合歓が喋り出す。
「薑。やっぱり、私のこと恨んでるん、だよね」
その落ち込んだ声に、薑は。
「そうだね。親の仇を子で打ちたい気持ちももちろんあるよ」
敬語を取り去った言葉で。飾りっ気のない言葉で応える。
「だけど。もう一つ。それでもまだ合歓のことを大切だと思う気持ちがあるんだよ」
心の中を、全てさらけ出す。憎む気持ちと愛しい気持ち、その両方を。
「だから、助けてよ。合歓」
思えば、初めてここに来た時。合歓は、騎士への憎しみをごまかさずに言って、その八つ当たりをごまかさずに認めていた。
だけど、薑はそこまで素直じゃないみたい。
「この気持ちを整理するには。あなたと一度、全力で戦わないといけないと思う。だから、合歓。薑と戦って」
その言葉に、合歓は。ーーその槌を、構えた。
「ありがとう、合歓」
「うん」
そう呟いた言葉に、短い返事が返ってきて。
そして、薑の拳と合歓の槌がぶつかりあった。
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