第2話過去

「やっと戻ってきてくれたんだね」

雪乃はそう言った。

だか、俺は旧校舎にはきたことがないし今俺のいる場所は先ほどまでの教室とは少し違っている。

さっきまでいた教室は窓硝子が割れていたが今は割れていない。

しかも目の前にいるのはどこからどう見ても雪乃だが、先ほどまでと服装が違う。

制服を着ていたはずだが、今は白いワンピースのような服を着ている。

それにどうやら今朝の夢とは、場所は同じだがまったく同じというわけではないようだ。

夢の中の雪乃と今目の前にいる雪乃は雰囲気が違う。

夢では冷たい背筋の凍るような空気をまとっていたがこの雪乃はどこか楽しそうだ。

「どうしたの?黙りこんじゃって」

また雪乃が話しかけてくる。

「……雪乃はどこだ」

「え?雪乃は私だよ?」

俺の知っている雪乃ではない雪乃が小首を傾げている。

「そうじゃない……さっきまで俺と一緒にいた雪乃はどこだって言ってるんだよ!」

「まさか、覚えてないの?」

「何のことだ」

「本当に覚えてないんだーそっちの雪乃ちゃんは可哀想だね~」

「何のことだよ!」

意味がわからない。

こいつは何を言っているんだ?

可哀想?

今日一日一緒に過ごして楽しそうにしていた雪乃が?

「なら思い出させてあげるよ♪」

「……え?」

気がつくと偽物の雪乃が目の前に迫っていた。

そして俺の胸に右手を当てている。

「ルール説明は全部思い出してからだね」

その言葉を最後に俺の意識はまた闇の中に沈んでいった。


「玲衣!早く起きないと遅刻するわよ!」

母さんの声がぼんやりと聞こえる。

何で母さんが家に?という疑問を持ちながらもまた意識が沈みそうになる。

「玲衣!」

バンッという音とともに声が近づいてきた。

やっと異変に気づき俺は飛び起きた。

「雪乃は!?さっきまで旧校舎の教室に……」

「何いってるの。夢でも見てたんじゃないの?雪乃ちゃんならもう来てるわよ」

よく見ると母さんが開けたドアから雪乃が赤い顔をしてこっちをみている。

「わ、私の夢を見てたの……?」

「……っ」

俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。

母さんがニヤニヤしている。

雪乃の問いには答えず、照れ隠しから思わず怒鳴った。

「もう起きたから早くでてけよ!」

雪乃と母さんが一階まで降りたのを確認してから呟く。

「夢……だったのか?」

落ち葉が落ちていたことから夢のなかは秋だったとわかる。

だが、今は夏だ。

残暑と言っていいだろうがまだ葉は落ちていない。

(正夢……なわけないか)

自分の中で全て夢だったのだと結論付け、急いで学校に行く準備をした。


あの後母さんと、母さんから話を聞いたらしい父さんにからかわれながらも朝ごはんを食べてすぐに雪乃と家をでた。

まだ暑さの残るいつもの通学路を雪乃と歩く。

道中、あまり大きいとは言えないが公園がある。

まだ朝早いので誰もいない。

が、何故かその公園が気になり足を止めた。

「どうしたの?」

雪乃が聞いてくる。

「……」

何があったと言うわけではない。

ただ何となく気になった、それだけだった。

「なんでもない。早く学校行こう」

雪乃は不思議そうにしているが黙って歩き始めた。


いつもの日常。

学校で授業を受けて昼飯を食べて、また授業を受ける。

そしてこのまま、またいつも通りの一日が終わると思っていた。


授業が全て終わり帰宅部である俺と雪乃はさっさと荷物をまとめて帰路に着いた。

「疲れた~」

「それ毎日言ってるよね~?」

「いいだろ~疲れるものは疲れるんだから……」

などと会話をしながらいつもの時間のいつものバスに乗った。

いつものバス停で下車し家を目指して歩き始める。

今朝通りすぎた公園に差し掛かったとき、ふとボールが跳ねるような音に気づいた。

目を受けるとボールが転がって道路に出そうになっていた。

その後ろからは女の子が走ってきている。

雪乃もそれに気付いたのか、

「ちょっとボール渡してくるね~」

と言って道路にでていった。

ただボールを拾いに行っただけ、そう思って俺はスマホをいじっていた。

近づくエンジン音にも俺は気付かなかった。

ドンッ

「……え?」

理解が追いつかない。

目の前に急ブレーキをかけたのか停車している車。

その少し先にボールを抱えて倒れている雪乃。

「……え?」

雪乃は起き上がらない、どころか頭を中心に赤い何かが広がっていく。

誰かが慌てて電話をしている。

手にしていたスマホが道路に落ちるが俺はその音さえ聞こえなかった。


気がつくと病院にいた。

目の前にには集中治療室と書かれた部屋。

今はランプが何かを警告するように赤く光っている。

隣には冬姉が険しい顔をして立っている。

しばらくして医者らしき人がでてきた。

その人は静かに首をふった。

「そう、ですか……ありがとうございました」

冬姉がそう答えて頭を下げた。

そのあと俺に向きなおる。

「帰ろう」

冬姉はそれだけ言って歩いて行った。

冬姉の車に乗り、家まで送ってくれるのかと思ったが着いたのは雪乃の家だった。

見馴れたリビングで雪乃のお父さんに「今日は泊まっていきなさい」と言われ、状況は飲み込めなかったが言われた通りにした。

皆暗い表情でうつむいている。

冬姉にいたっては座りもしない。

ずっと俺の隣に立っている。

ただ、1つ気になることがあった。

「あの、雪乃はどこに……?」

全員が息を飲んだような感じがした。

と、雪乃のお母さんが急に泣き始めた。

雪乃のお父さんはまったく動かない。

不思議に思っていると、

「お前ちょっとこっちにこい」

と冬姉に腕を引っ張られた。

「え?なんだよ急に……」

素直に着いていくと

「覚えてないのか?」

冬姉は少しイライラしているように見える。

「覚えてないって何を?」

「本当に何も覚えてないのか?」

俺は首を縦にふった。

「はぁ……なら教えてやる」

嫌な予感がする。

聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない。

逃げろ

今すぐこんな家をとびだして、逃げてしまえ

だが、震える足は動かない。

冬香がゆっくりと口を開く。

「雪乃は……死んだんだよ」

信じない

雪乃が死ぬはずない。

「そ、そんなわけないだろ。今日だって一緒に学校行って一緒に……」

「そうだ。その帰りに事故にあった。そのあとすぐに病院に搬送されたが助からなかった」

嫌だ

雪乃が死ぬはずない。

「雪乃が死んだなんてそんな嘘つかないでくれよ……」

「嘘じゃない。お前は見たはすだ」

映像がフラッシュバックする。

道路に転がった人

顔は見えない

広がる赤い血

「違う。雪乃じゃない」

「何も違わない。現実に目を向けろ。雪乃は、死んだ」

「……もういい。あんたと話すことなんて何もない。帰る」

冬姉はどうかしている。

どうせまたたちの悪いドッキリか何がだろう。

付き合っていられない。

「帰るってどこに?」

「どこって……俺の家に決まってるだろ!」

「今は入れないぞ」

「なんでだよ!」

「まだ捜査が続いているだろう」

「は?捜査って……何の?」

「それも……覚えていないのか……」

俺は何も答えられない。

「殺人事件だよ、お前の両親の。警察が到着したとき父親は既に事切れていた。母親は……病院で手術を受けたがさっき息をひきとった。お前も立ち会っただろう?」

思い出した

父さんも母さんも殺された。

雪乃も……

「なんで……こんな……おかしいだろ……」

俺は膝から崩れ落ちた。

涙は止まらず溢れ続ける。

「もう、無理だ……雪乃のいない世界なんて耐えられない……」

意識が薄れていく。

そのまま、俺は深い闇に飲み込まれていった。

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この何もない世界で俺は 弥生 @yayoiL

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