5話目 究極の究極の選択

 Fさんが子供の頃、究極の選択という遊びが流行はやったという。

 絶対にどちらかを選ばなければならないという前提で、難しい、かつ非現実的な選択肢を提示するのだ。

 例えば――。


 Q. お付き合いするなら、どっち?

 A1. 風間トオルという名前のブ男 

 A2. 山田権左衛門という名前のイケメン


 しょうもないと言えば、しょうもない。しかし、Fさん達はしょうもない選択肢にうんうんと悩み、どうにか選んだ答えに「改名してもらう」等と抜け道をこじ付け、自分を納得させるのだった。

 そんなある日、友人が究極の選択が100本載っているという本を持ってきた。当時は、そういった関連書籍も多数出版されていたのだ。友人によると、ゴミ捨て場に捨てられていたらしい。

 下校中の公園で、二人は早速ページを開いた。


 Q. 出席するとしたら、どっち?

 A1. 誰もいない自分の結婚式 

 A2. 誰もいない自分の葬式


 Q. 住むとしたら、どっち?

 A1. 風呂なし、トイレ共用のボロアパート 

 A2. 三ツ星ホテルのロイヤルスイート、ただし毎晩幽霊が出る


 Q. 選ぶとしたら、どっち?

 A1. 自分が死ぬ日時 

 A2. 自分の死に方


 いつものようにうんうん悩み、どうにか選んだ答えに「1000歳ぐらいまで稼ぎ続ければ、大抵の死に方は選べるようになるはず」等と抜け道をこじ付けながら、読み進めていくと。

 不意に、妙なページが現れた。


 Q. هل أنت متأكد من أن كنت تفضل?

 A1. يصبح تابعا 

 A2. المهروسة


 何語だろう。前ページまでと同じ体裁なので、選択肢を提示していることだけは辛うじて分かった。

 さらに妙だったのは、挿絵だった。

 洞窟のような場所に、卵のような体型の生き物がうずくまっている。象のような足を生やし、ゴマ粒のような眼でこちらを見つめている――そう、Fさんは確かに、挿絵越しにその生き物の視線を感じたという。

 どちらを選ぶ? そう問いかけていた。

「なぁんだ、こんなの決まってるじゃん」

 あっけらかんと友人が言い放つのを聞いて、Fさんは驚いた。読めるの? そう訊こうとして、顔を上げた。

 友人の様子がおかしかった。うつろな表情で、両の眼球はカメレオンみたいに、てんでばらばらな方向を向いていた。その顔のまま、友人は言った。

「يصبح تابعاだよおおお」

 ああ、そう読むんだ。けど、日本語に訳してくれないと、意味が分からな――。

 がぱああああ。

 あごが外れるんじゃないかというぐらい、友人は大きく口を開けた。

 中から、何かが覗いていた。白くて、卵のような形をした――そう、挿絵に描かれた生き物の、ミニチュアのような奴だった。

 もぞもぞと友人の口からい出し、ぼとりと地面に落ち――それが切っ掛けになったのか、無数のそいつが洪水のように友人の口からあふれ出した。

 公園の地面はちょこまか走り回るそいつらに埋め尽くされ、友人は絶え間なくそいつらを吐き出しながらがくがくと痙攣けいれんし、

 ぼん! 

 友人が風船みたいに破裂し、全身に暖かい血のシャワーを浴びたところまでは覚えている。

 気が付くと、病院のベッドに寝かされていた。

 両親に、交通事故に遭ったのだと説明された。自分は辛うじて助かったが、一緒にいた友人は即死だったと。

 本当に交通事故だったのか、追求する気にはなれなかったという。多分、そうしておくのが、誰にとってもいいのだと、子供心にも察していた。そう言えば、友人の葬式に出た記憶もない。仲のいい友人だったし、出ていないはずはないのだが。

 あの本はどうなったのだろう。Fさんは知らない。しかし、今でも不安なのだという。

 全く関係のない本をめくっている最中に、いきなりあのページが出てきそうな気がして。


 Q. هل أنت متأكد من أن كنت تفضل?


 今度は、挿絵に描かれた存在の問いかけが、理解できてしまうのではないか。

 そうなったら――今度こそ、自分は選ばなくてはいけないのではないか。

 究極の、究極の選択を。


 A1. يصبح تابعا 

 A2. المهروسة


「あーら、選ばせてくれるなんて、随分優しいことねぇ。どこがだよですって? フフ、だって、そうじゃない? 人生は、大抵一本径。選択肢すら与えてくれない時も多いのよ? ウフフ――」

 残り、95本。


【参考文献】


クトゥルフ神話TRPG(エンターブレイン/出版、サンディ・ピーターセン、ロバート・ウィリス/著、中山てい子、坂本雅之/訳)

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クトゥルフ百物語 上倉ゆうた @ykamikura

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