縄文時代の前の石器時代から日本は特殊なんだよ。(?)
https://www.youtube.com/watch?v=UZDS-JFafN4
『【注意喚起】縄文時代に幻想を抱いている人は必ず見て――』
縄文時代賛美に偏らずにちょうどイイ感じのコンパクトな紹介に纏めてくれている動画を発見したんで、こちらでもご紹介。(笑
私の意見としては、まず、現代日本人は必ず、自分自身が「自虐史観」に染まっていないかを注意深くチェックしなければならないと思うのね。今現在も教科書は誰への忖度なのか知らんが嘘っぱちを多く載せているし、一部知識人の発言でも日本人が自尊心を高めることを牽制するような指向を持っている。それらに影響されて歴史における間違った説を選択することは避けなければならないからね。
逆に、この自虐史観からの離脱を急ぎすぎて過大に物事を評価する傾向も気をつけないといけなくて、私情を挟まずに物事を見るって難しいね、という結論だよ。(笑
縄文時代が世界で類を見ない平和的民族性を発現させた時代だった、というのは多くの歴史研究家の一致した見解だ。世界中で注目されている。あれだけ著名な歴史研究者たちが軒並み賛同してるところを見れば、信憑性が高いと私は思うけどね。エセ情報だったら世界で話題になったりしないだろう。
縄文時代は6つの期間に分けられていて、16500年前~11500年前の「草創期」があり、その前は「新石器時代」ということらしい。この区切りは土器の登場で区切るんだそう。16500年というのは発見されている土器の一番古いモノということなんで、これは今後の調査で20000年前まで伸びるんじゃないかという予測も出てる。石器時代との区分けは曖昧だから。
「草創期」の頃はまだ氷河期で日本は大陸と地続きだった。アラビアとかアフリカインドあたりの土地は温暖湿潤だったけど、現在の人類発祥説だと同じ時期に世界各地で何種類かの旧人類が出現して交雑を繰り返して現代に至る、というのが通説だから、このアラビアとかアフリカとかの人類はアジア圏の人とは別種の人類。
ここが最新の古代史を理解すんのには超重要。
日本とか、あとチベットとかの高山地帯とか、特殊条件の場所ではあんまり交雑が起きなかったから古い残りにくいDNAとかも保存されたんだろう、とかが遺伝学では言われている。6種類くらいの原人が交雑してるらしい。
原人ってのはまだ猿に近い原生人類ね。で、チンパンジーとオランウータンじゃぜんぜん気性が違って、チンパンジーは凶暴だけどオランウータンは温厚、ていう風な差は原人にもあったに決まってんだろ、というのが私の考えね。人類も原人の掛け合わせのどれが色濃く出るかで攻撃性は変わると思ってる。
次の「早期」とかいう時代は、日本が大陸から分離した時期だったと思う。氷河期がユルんで、プチ氷河期とかいうのに変わったんだっけか? この時に確か、台湾周辺の超巨大な扇状大地とか沈んじゃったんだよね、あそこ絶対デカい文明あっただろと睨んでんだけども。現在、石油埋蔵量とか言われてる地域ね、あそこはものすごいジャングルが繁って、それだけ土地が豊かだった証拠だからさ。中国の史書にある倭国だの邪馬台国ってあそこにあったヤツと思ってんのよ。ぜんぶ一気に沈んだわけじゃないだろうから。
もしかしたら、日本人はそっちですでに定住生活に移行していて、それが海面上昇と共に日本列島(この頃は寒冷)に移動せざるを得なかったんじゃないかと思ってる。だから当時すでに日本人が高度に発達した文化を持っていても、すべては海の底だから何も証明できない。喜界島大噴火もあったし。ぜんぶ消えたよね、痕跡。
これ逆に、アラビアとかヨーロッパとかは、居住に適した土地は海岸側でなくて、現在では砂漠化してる地域だから痕跡がキレイに残ってる。ふっさふさのジャングルあった土地が今は砂漠。アジア圏の古代史はやっぱ台湾周辺の超巨大大陸棚が沈んでるのが痛いよなぁ…、て。(笑
で7000年前の「前期」で日本列島は植物群がね、完全に温帯のものに切り替わった。自然界の恵みが充実、それに伴い人口増加。植物って温帯が一番食い物豊富だよね、椎、ドングリ、栗、など貯蔵可能の植生になったのデカい。
その後の5470年からが「中期」だそうだけど、これ私が見たヤツはざっくりで5500年になってたなぁ。縄文時代フィーバー期。なんか役割分担とか出てきて、それで祭儀用の火焔型土器などを作る専門家とかが登場したんだってさ。
ただ、まだ集落同士が一つになるとかの思考は生まれず、驚くほど多数の集落が行き来して交流する方式だったらしい。つまり、それが闘争がない遠因になる。別に集落を統合する必要がないからさ、食料豊富で。縄張りという概念さえ不要。なんか天敵も居なかったと考えられてるとかいう説だったな、読んだヤツは。日本列島は大型捕食動物が出現しなかったんだってさ。
ところがこれ、弥生時代に移る直前の「後期」最終の頃になると、気候変動が起きるんだよね。温暖湿潤だった気候がまた寒冷化で、以前ほどどこにでも食い物があるという土地でなくなった。で、必要に迫られてか、灌漑稲作が広がる。
この時代に遮光器土偶が作られたと動画でも言ってる。この土偶、兵士の姿を模してるよなと思うんだ。鎧を着てる。でも当時に日本にはこんな物騒なヤツは居ないんで、物珍しい「外国人」を象ったんじゃないかなと、個人的には思う。その後、弥生時代になって急激に血生臭い民族性が発現されてったのと符号するしね。それは鎌倉時代がピークでその後はちょこっと温厚性に揺り戻した感じ? なんか当時の武士とかはモンゴル帝国からバケモノ程度には恐れられたらしい、最新の研究によると。
鉄砲伝来で言っても、日本にもたらされた技術はあっという間に日本人が修得、さらに発展させちまうんだから、古代でも同じだと考えた方がいい。そんで、技術などイイ物はマネるが宗教などは気に入らなきゃ拒んでいるというトコも一考すべき。精神性が特殊だから簡単に技術などは技術として受け取るが、魔法だみたいな誤魔化しは受け付けなかったと見るね、私は。現実主義というか変にドライなの、アジア圏共通の気がするけど。幕末から明治にかけて、写真が「魂が抜かれる」とか言ってた反面、多くの志士はこぞって被写体になってるし、もっと前からモデルになって写真に収まってる市民の写真が数多く残されてるじゃん、て。迷信的じゃないんだよね、日本人って。永く保たないというか。すぐ変節するというか。(苦笑
でも、世界の研究者が注目してる縄文人の特性は、「人間同士で争った形跡が時代全般を通してほとんど見つからない」てトコだよ?
日本本土じゃ戦闘の必要はなかっただろうけどさ、世界の他の国じゃこの時代、そうじゃなかったはずでしょ? そんで日本人は閉じ籠もっていたわけでもないんだよね。世界各地と貿易してた痕跡も残ってる。
外じゃ戦闘する機会あったと思うんだけど、それを本土では封じ込めていたわけで、それはどういうリクツになってんのかなぁ、とは思うね。海外に出掛けた時も何か回避する知恵があって現地の人にも了解させてたのかなぁ? ここは不思議だと思う。外国の人々が闘争的だったのは間違いないのに。
とにかく、この時代区分の発掘品で戦争に使われたと思しきモノはなく、また遺骨などにも戦闘による死者がごく少数しか見つかっていないんだから、時代全般で戦争が無かったと結論付けたのは別に間違いじゃなかろうよ。(そりゃ全時期通して渡来人は山ほど来てんだから、どこかじゃ戦闘も起きるだろうけど)
外では激烈な戦争支持、血で血を洗う、領土を塗り替えるっての繰り返してたんだから、そりゃ「外」の研究者がブラボー!叫ぶのも解るよ。
規模が違いすぎる、てコトで縄文人が闘争的でなかったというのは言っていいと思うけどね。まだまだ謎が多い、発掘されてない遺跡も多い時代ですんで、新たな発見が期待されますなぁ。(主に海底が待たれる)
日本人だって混血を繰り返してきて、現在、国単位だとDNAの分布を見ても他国とさほど変わらんからね、別に日本を特別視するほどのモンはないよ、うん。そこはこの動画主さんに賛成ですわな。(笑
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