一人称にチャレンジ 見えること見えないこと
「定年したら、家族旅行でもしようか。」
とつぜん何を言い出すのかと思っちゃった。ああ、こないだ言ってた話ね。
お茶の間のテレビは最近離婚した大物芸能人の話題を深刻そうに話していて、私もそちらの方が気になっていた。耳はお父さんの声より、テレビに集中したがってる。
何も今そんな話を振らなくたっていいじゃないの、と内心では思っていた。
「こんな機会はもうないだろうし、貴美子もいっしょにさ。」
「あの子は会社がありますよ。」
「そりゃ解ってるよ、」
一瞬視線を向けただけで、すぐテレビに戻した私の抗議を無視して、お父さんは食い下がる。最近とみに薄くなってきた頭頂部と同じに、会社や家庭での存在感まで薄まってきている人の、せめてもの抵抗のようにも見えた。
貴美子も一人のキャリアウーマンとして、今じゃ立派に独り立ちしているんだから、今さら変なチャチャを入れて迷惑だと思われるのもバカバカしい。
それに、土日のお休みも怪しいブラックな会社で、もし休みが取れたとしても寝るって言うに決まっている。私にはブラックとしか思えない会社だけど、時代が違うとか言って噛みついて、男の人みたいに働いて。婚期も逃しちゃって。仕事人間で。
お父さんも解ってるはずなのに。
「ねぇ、あなた。別に、無理にあの子を連れていかなくていいじゃありませんか。」
「こんな機会ないんだぞ。旅行なんて、それこそ連れてってやれなかったじゃないか、近所の公園がせいぜいだったのに……」
いつの話をしているんだか、と、ため息が出た。近所の公園ですら連れて遊びに出なかったことを、ずーっとこの人は胸の内につっかえさせていたらしい。仕事に熱中して家族を顧みなかったその背中は、ちゃあんと娘にも踏襲されているというのにね。ああ、それだからよけい後悔が募っているのかもだけど。
「もう。……お茶、入れてきますね、」
「うん。」
ままならないのが人間関係。それも親子となればなおさらとか言うけど。朝から晩まで仕事に熱中してきて、今になって時間の使い方を間違えたような気がしてきたのだとしたら、申し訳ないけど付き合っていられない。私と娘の関係が良好に見えているのかも知れないけれど、そんな表面しか解らないって、おめでたいのか幸せなのか。
離婚のゴタゴタ話はいつの間にか終わってしまって、つまんない若人向けの音楽フェスの番宣が始まった辺りで、ちょうどいいから腰を上げた。次のニュースはまた面白そうな話かも知れないから、急いでお茶を淹れてこようと思う。
「なぁ、かあさん。」
人が焦っている空気とか、だいたいこの人はこっちの都合を考えてくれない人なのよね。もう慣れたけど。娘も同じようになっちゃって、婚期が遅れ続けているのもきっとそのせいが大きいような気がするんだけど。言っても始まらないけど。
「かあさんと旅行っていうのも、久しぶりだったかなぁ。」
「そうね……」
構ってくれないだなんて文句言ったり悲観したりなんて、若いうちだけのことなのよね。勝手にお一人様ツアーに申し込んだ時も、お父さんはぶすったれた顔をしただけで何も言わなかったんだった。そのことの後悔ももしかしたら押し寄せているのだろうか、なんて思ったりして。
日光にも、北海道にも、日本アルプスにもお一人様で旅行に行った。貴美子なんかはぶーぶー文句を言って、ごはんの心配だけしてたっけ。その頃にはもう、お父さんも不機嫌な顔をしなくなっていて、思えば、あれはもう諦めていたからだろうか。
お父さんが物わかりよくなっていったのと反比例に、娘の方は日増しに生意気にというか、横柄になっていって、時間差のように見えたものだった。親子よね。お土産ひとつですごい文句を言って、私の代わりに家事をやったと恩着せがましかったことなんかを思い出したら、だんだんムカついてきた。
「かあさん?」
「あ、ごめんなさい。怒ってないわよ、別に。」
「怒ってるみたいだったじゃないか、それでさ、日光と北海道と日本アルプス、どれにしようか迷ってるんだけど、かあさんはどこに行きたい?」
その三つは外して。と、いうか、その三つ以外でもほぼほぼ、各地のめぼしいところは制覇した後だったから、本当にこの人はタイミングが悪い、と舌打ちした。
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一人称、大きく違うなぁと思うのは「独白の形態」になるってことですかね。だから、選ぶ言葉が三人称を書く時とは明らか違うものになる。ものすごく近視眼的というか、書けない不自由さがキツい…
そんで、読み返してみると、やはり慣れない一人称を無理して使っているのがバレバレの読みにくさで、つっかえる、つっかえる。(笑
それでもまぁ、三つのポイントがクリア出来ていればヨシとしとこうという気分であります。「視点の乱れをなくす」「限定視点で物語る」「視点人物の個性を表現する」この三つ。
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