「マイノリティ」は差別対象

 これって本能の一つで、食人と同じく克服できるのかどうか、てのは興味深いね。


 差別って、する側にしたらヘリクツさえ用意できたらそれが論理的にどうだかは関係ないんだよね、同志を増やすためのメガホンに過ぎないもんで、感情の問題でしかないから。その対象者を嫌いになってくれる説得力さえあれば正誤は無関係。



 つづきあとで。飯作るわー。(性の役割分担、血の穢れは作られた風習、差別の枠理論、サブリミナル効果、広報宣伝力を持つのが表現、ほか)


 つづき。


 色々と研究が進んでいて、例えば有史以前のヨーロッパでは女戦士は普通だったとか、宗教でよく言われる女性は穢れみたいな教義もそれ以前の原始宗教では存在しなかったとか、現在ある多くの常識とかは工作によって作られたもんだという証拠が出てきてるわけです。喧伝と普及活動によって世間に浸透させ、常識やタブー意識などに仕立て上げたわけですな。なので、今ある多くの事柄には必然性などないです。


 それは、現在多くの国が掲げている権利というものも含まれます。暫定ルールだからね、国が変われば権利の内容とか範囲も変わるというのはその為ですわな。


 んで、生きた人間が何より優先。快楽より苦痛の軽減が優先。これ基本。


 問題になってんのは、エロ絵という表現の価値です。そんで、どっちが譲るべきなのか、衝突した対立意見なのでどっちかが譲らねばならないわけで、これはどうしたってエロ絵のが不利です。火を見るより明らかなので、なんだか擁護派が傲慢に見えるのですね。いろんな理屈を捏ねくるほどに、彼らは傲慢さを増して見えてきます。


 こういう感じに、世間にはイメージ先行で浸透していくわけで、現状だとどちらかといえば、オタは傲慢だ、というイメージが根付いていくんじゃないかなという予測を立ててますが。フェミ運動の方は感情論には違いありませんが、純粋に「苦情」ですからねぇ。どっちに肩入れするかと言われたら、そりゃオタに「ちったぁ我慢したら?」という意見が世間の趨勢を占めるのではないか、という予測。


 譲ったら譲っただけどんどん押し込んでくる、という危機感も抱いているわけですが、これもオタ側が自ら招いたと言えなくもないかなぁと。アレです、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の作用でアニメ絵そのものに嫌悪感が広がりつつあるというか。

 アメリカの偏った規制だって、多くの人々はスルーしたわけですからね、行き過ぎだという批判で動かされることなく今日に至ってるわけで。消極的同意ですわ。


 これだけネットが行き渡って、一人一人が全世界にチャンネルを開いて参加するような形態に至ると、どうしたって政治的立場は明確にせねば済まないってことです。


 これまでは無色の日和見、どっちにもいい顔をして敵を作らない立ち回りっていうのが賢い選択でしたが、それはもう通用しなくなるかもですね。ただの八方美人だと評されてしまうでしょう。誰も傷付けたくないの、というスタンスが優しいゆえではなく優柔不断のせいだ、と見抜かれます。右なのか左なのか、フェミなのかリベなのかはたまたレイシストなのか、とにかくきちんと自分がどういうスタンスなのかを説明できねば相手にされなくなるんじゃないか、と睨んでいます。


 で、エロ表紙ですが。それ、子供の教育的観点よりも優先されるべき権利ですか?


「証拠を出せ!」みたいな言説があって、なんというか悪手だなぁと。理屈を出さなくたって子供が優先なの解るだろうに、何を言ってるんだ、と内心で思われるのがオチではないかなぁと思った次第。


 少数派にレッテルが貼られ、十把一絡げにされた時に、そこに「その他の人々」と「対象者」という比較の枠組みが作られます。それは差別の枠ですが、同時に区別という大事な仕組みでもあるので、壊すのは至難の業となります。長い年月をかけて女性には男性と比較した様々な「区別」の枠組みが課せられ、今日的に妥当なものとして受け入れさせられているわけです。これは反対側にいる男性にもありますが。


 その枠の一つとして、エロ表紙に代表される女性性の商品化が「巷に溢れかえっていても文句を言ってはならない」という不文律が成立しているわけです。男性だってそうだ、という反論は、量的格差を考えろ、というね。


 なので、エロ表紙問題の本質は、表現の自由だから文句言うなというそのスタンスが差別的だ、というトコロに回帰して、メビウスの帯状態でループする、という点ですね。だってその苦情は表現への抑圧で、これまた差別的ですから。


 私個人の意見としては、表現側が折れるべき、としときます。


「生の人間の直接的苦痛vs快楽的表現法の是非」では分が悪すぎとしか。(笑

 だってねぇ…表現法がそれしかないならともかく…(苦笑

 しかも、相手が子供とか女性とか…勝てると思えん、



 規制派の要求は、これも個人差ありますしエスカレートしていくのは常ですから、譲らなくていい部分まで譲る必要はないですけどね。キズナアイちゃんの件とかね。だけど、オタ側が意固地になればなるほど世間的地位は低くなり、それだけ融通してもらえる幅も狭まるってのもあるんでね。


 だから、ロビー活動が大事だから、ここはエロ勢力を生け贄に捧げてしまえ、とちょいちょい言ってたわけですわ。最小限の犠牲で済むからね。(それも描くなというんじゃなく、地下に潜ればいいんだよ、と言ってるわけです)

 一番恐れてんのは、エロ勢力の巻き添えで漫画絵文化全体に批判的イメージが根付くことですわ。巻き込むな!て気分。それでいえば最近のBL表紙も調子乗りすぎだよね。微エロまで表舞台に上がれなくなるのは困る。何も描けなくなる。それを恐れてますわ。宮崎勤の事件の頃を覚えてるから余計にね。(18禁と微エロの境目なんてのは世間様の気分で前後すんだから、駆け引きが非常に重要だわ)


 キズナアイちゃんが問題視されたのは、今のところフェミのごく一部だけかも知れないけど、異なる価値観同士である以上、いつ決定的に理解不能に距離が開くか解らないからねぇ。そうなったら、差別されるマイノリティはこちらなんだよね。多分に政治的立ち回りが必要になってくるのは、やはり表現というものがそもそもで政治的とは無関係にはいられない性質を持つせいでしょうかね。


 んで、理論とか法律とかが、いざという時に助けてくれるなんてこれっぽっちも思っていない、てトコが一番肝心かなぁ。最後にモノ言うのは数だろ、てね。



 この件に関する私のスタンスは、まぁ、こんな感じですかね。おわり。



 もひとつ。


 エロが描きたきゃ、堂々と18禁ジャンルで忖度なしのエロを描けや、と思うの。

(その作品の中身が好きなんだったら別にエロ表紙や挿絵なくても買うだろ?)

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