テーマとは、「わしはこう思う!」の主張みたいなもんだ
昨日の件を踏まえて、ちょっと「テーマ」というのについても語りたいと思います。また面倒臭ぇーこと言ってんぞコイツ、とでも思ってくだされば。(笑
えー、テーマなんてのは別に無くても書けるし、書いていけないよーなモンでもありませんから、これも好みの問題だ、となるわけですけどもね。私はテーマがある作品の方が断然好きだというだけの話ですわ、究極には。
表題にあります通りで、単純には青年の主張ってほどのもんでしかないと思っとりますんでね。ストーリーにかこつけて、「これって、こういうことだよねー?」てのを読者にアッピールするための手法が小説というもんだと思うわけです。
大説、小説、といった時の小説とはなんぞや? て思った時の私なりの回答ね。
現実に何か事件が起きるじゃないですか、信じられないよーな事件ほど、なぜなのかが知りたいのが人情ってもんじゃないですか。だけどね、ルポルタージュとかドキュメントという方式を取ってさえ、真実は絶対に見えないのですよ、原理的には。
なぜか? 本人が書いていてさえ、それが本当かは解からないものだからですよ。ユングやフロイトに倣わんでも、無意識の領域だの自身の深層心理だのがあるからね。どんな形式を取ろうが、表面をなぞることしか出来ないの。これは絶対だ。限りなく真実に近付くことは出来るだろう、論理的には。だけど、真実は決して現われないのですよ、論理上。
てなわけでな、テーマはあくまで主張、「わしはこう思うんじゃー!」てことに過ぎないのですね。そもそもで正誤の話をもってくんのが「あんたバカ?」て話でな。真実=正解は、絶対に絶対に絶対にっ、表出しねーんだから、正解にこだわるイミなんかあるかっ、てなもんですわ。
この世の中にはさ、完全な間違いはあるけど、正解はないんだぜ?(笑
ちょっと余談だけど、私はわりと決め付け口調でエッセイとか書くけどさ、回りくどく書くってのがもう、解かりきった計算式まで書くかのよーでな、イライラすんのよな。書かなきゃ解からんのか?とか思うのよ。私の個人的見解だ、て、いちいち書かないといかんの? 別の見方もあります、一説です、ていちいち書かないといかんのですか? 健康を害する怖れがあります、ていちいち書かないといけないんですか? …どんだけバ…むにゃむにゃ。
こういうのあるからさー、文章でもどこまで書かなきゃいけないのか、てので頭を悩ませるんだよねぇ。昔はそんなの考えたこともなかったから、普通に書いたけど、その普通がグラグラと揺れていますだよ。
通常コミュニケーションでこれほど神経使って誤解受けないよーに、てやってんのに、その片方で小説の文章では行間を読ませるべく、とか、なんてバカバカしいんでしょうねぇ。ほんとにその行間のイミ、読者に通じると思ってる?(笑
脱線はほどほどに。
本題に戻すと、テーマですだよ。物事の真実というものは論理上、決して我々の前に姿を現さないことがはっきりしてますんで、注釈をいちいち付けるまでもなく、すべての言説は個人的見解の域を出ませんです。はい、これ大事!
これが真実だ!なんて言えやしないけど、こうじゃないかな、「わしはこう思うわ、」てのを提示してみせるのがテーマ、と規定してるんですな。もちろん私の個人的見解においてです。(ほれ、いちいち文字数勿体無ぇーだろ、ビミョーに論点ズレるし、無駄文章の極致だし、ブツブツ)
口では説明がしにくい、複雑で、微妙で、そんなきれいに割り切ることの出来ない事柄ってのは世間に山ほどありますんで、それらに関する一応の見解を示すのに、この小説という形式の書き方はスグレモノだと思っとるわけです。
説明では伝わりにくいもの、ニュアンスなんかですね、これを伝えるなら創作物が一番でしょう! という考え方。小説でも漫画でも何でもいいんだけど、説明文よりもしっかりと細部まで詳しく伝えられるわけです、ことによっちゃ、こちらの思う以上まで伝わります。読者の反応から逆に新しい発見さえあったり。(相手に読解力があること前提)
「説明すんのはムリだから、お話にするわ。」て、それがテーマのある作品というもんだろう、と定義しております。個人的見(しつこい)。
主張なわけだからさ、昨日も書いたけど、虐待された子がどーのこーの、て主張が来れば、反対論陣はもちろん出てくるんだよ。親には触れねーのか、社会には? そっちのが重要問題と思うが完全スルーなのか? とね。
テーマがある、てのは論陣を組んでいるってのと等しいから。論文発表の場に立ってたら、偉い教授とかが「ひとつ質問が…」てやってくんのは当然だから。論理に穴があったら、そこを突つかれ、ぐりぐりと穴を押し広げられるのは覚悟しとけ、てことだわな。「嫌なら見なきゃいい、」て言葉もあるけど、それならこう返してやりましょう、「言われたくなきゃ出すな、」とね。タフでなければ生きられない、ですわよ、ハードボイルドなこんな世の中じゃ。ポイズン♪
今の世の中、傷付く練習は必須ってことでしょうなぁ。ああ無情。
しかしながら、ご安心召されよ。小説の形態ってのの優れた点のもう一つは、ケースバイケースてのを説明不要に成立させている点なのですな。今回のこのケースはこう、ていう強力な援用ツールでもあるわけですわ。
論説となると、まとめスレとかでもよく聞くフレーズで、「大雑把に括るな、」てのがあるでしょ、あれは言われないわけだ。ひとつのケースと認識しとくのはむしろ当然ですから。どうせ穴の言い訳をするなら、そういうトコを持ってくりゃいいのに、ワケ解からん「お気持ち」だの出してくるから、よけいにイライラすんだよ。
そっちのテーマもあるのは解かってるけど、今回はこっちのテーマを突き詰めたくて、そっちを入れるとぼやけるので…とか何とか、いくらでも言い訳は出来るだろ。実力不足でそのテーマを入れられる自信がありませんでした、て正直に言ってもいいのよ? 実際、大変だから真正面から扱うには覚悟がいるくらいは誰だって解かるんだからさ。実力不足が露呈するテーマでもあるから、まぁ、勇気アルなー、てのが私の個人的感想です。(うまく締めたね)
蛇足のひと言:
個人的見(しつこい)、につきましては、こういう事を隠しているのが本当なのだよね。ジャンルとか、あるいはもっと汚いトコで言っちゃうと、文学かエンタメかの差とかだよね、虐待を設定に持ってきておいて、根っこである親や社会構造やらに触れずに済ませられると思う、それが文学やら文芸やらラノベやら、色んなジャンルの間に存在する壁を作っている材料なんだよ。
ジャンルが違う、のひと言でスルーされているモノの多さに敏感になってみてね。世間はなんだかんだで優しいから、難しいテーマに挑戦する勇者に対しては、そういう対処を取っているのよ。背伸びして書くなんて昔はそれこそ当たり前だったから、それを目くじら立ててイカンイカンで潰すのも、てね。
高尚サマの意見、とか思うんだろうけどね。だから、ジャンル違うし、て済ませてんじゃんか。(笑
ゲームにもレベルによる段階分けがあるよーに、テーマや設定にも割と扱えるレベルってモンがあったりします。ご注意。
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