男と女の深い溝
女性は本来的に単一で存在できる、ということを書いた。(細胞分裂的に)
女性は自身のために着飾るのであり、男性の目というものは彼女らにとっては鏡でしかない。そこに人格を見出してはいない。彼女らにとっての生身の女性の醸すエロスは従って、鏡に映った自身であり、成果以外の何者でもない。飾った結果、だ。
しかし、絵になった場合は変わってしまうのだ。それがまた男性絵師さんか、正体不明なら仮定で男性絵師とされて、そこには人格が顕われる。男性が顔を出す。
これが、一部女性がイラストなどから受け取る嫌悪感の正体ではないだろうか。
もうまるっと感情論的男性差別だけど。(笑
しょーがないのである。なんたって女性は単一で存在できちゃうから、男性は不用品で、居ても居なくてもどっちでもいいのだから。男女とも「子供が欲しい」という欲求は、自身の分身が欲しいという欲求に集約されていくが、その場合、女性は完全に自分が自分を産む、という状態なのに対して、男性は女性に産んでもらわねばならない。これが、女性は単独で存在が可能だ、という意味だ。(女性器である子宮の存在そのものが重要で、進化という方法だけで単体繁殖を為すなら男性性がオミットされる、という意味)
親は子を我がとして認識しているから、子には自立という反発が、親にもまた子の自立という超えるべきハードルが立ちふさがってくる。自身の分身を生むことは出来ない、という不文律だ。仮にクローンなどで可能だとなっても、これは「出来ない」という事そのものが正常な機能であるから、出来たとしても破綻するだろう。
生物界にはアメーバなど単体生殖は幾らでもゴロゴロしてるので、しかるべき理由が出来たら人間だってそう進化するから、ここらは優先順位が弱く、本能的にやっぱり女性は男性を不要と感じるのが正常か。
男性は男性という一つの種であり、女性は女性という一つの種であるよ。そういう前提に立ってれば理解が易い。人間が人間という猿であるのと同じことだ。(だから宗教では男女をカテゴリ分けしない為に人間を猿と一緒には括らない)
さて、女性は女性を産むついでで男性をも産んでいるわけで、男性はとにかく彼女をいい気にさせて煽てて産んで貰って、という生態系になっているが、報酬として女性を見る男性の欲求というのは、つまり「囲い込み」に相違ないわけである。
原理的な部分で女性が男性を欲するということは恐らくないだろう。逆に、男性はそれが全ての原点に繋がる。あらゆる欲求は女性を手にする、という事を始発とする。なにせ彼らは自身を生み出すに女性が不可欠であるからだ。
男女で、互いが互いを求める重みというものは、従って同等ではない。男と女、両方が揃っての繁殖だという事を頭でしか解かっていないのが女性である。嫌と言うほど痛感している男性との差はそんなところか。
萌え絵に関しても、男性の見る「萌え」と女性の見る「萌え」は同じではないと思える。種が違うのだから当然だろう。男性の萌え絵は、たぶんなんだが光源氏的な養殖生簀の所有的な萌えで、どこまで行っても征服欲というか、囲い込みがベースになる。だから幼女にデカ乳を付けたりするんだろうと思う。
片や、女性にとっては「萌え」とか「恋」は肥やしである。うん。
ただし、LGBTが当たり前に居るように、肉体が女性でも中身が女性ではなかったり、一部趣向のみが女性ではない女性って存在は居るわけだ。多様性を考えれば、むしろ当然にあると思っておくべきだろう。
最近の男女感って、蜘蛛の生態にイメージが近いなぁと思う。デカいメス蜘蛛と交尾するにも命懸けの小さいオス蜘蛛……不憫。
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