萌えと猥褻物陳列罪との境界線
まなざし村界隈の攻防がもっとやれーな熱を帯びていてとても面白い。
しかしながら、両者はつまり猥褻物陳列罪に当たるか否かを争っているわけで、ここにはしかし経済面からのお目こぼしとか目をつぶっているとかの、グレーゾーンを突っついているという自覚が薄いように感じる。
エロというのは、どこまでが18禁相当のラインであるのか、という点は非常に曖昧だ。このラインを超えたものが公共の場に出された時に猥褻物陳列罪になるわけだけど、そのラインでないならセーフかという問題もちょっとビミョーだったりする。
猥褻物陳列罪までいくと、軽微ながら『犯罪』になっちゃうわけで、その前には『厳重注意』て概念があるわな。調子に乗んなよ、という釘刺しだわな。
みちかさんはこれに当たると考えられる。
そのまま調子に乗っていくと、延長のライン上には確実に猥褻物になる危険性がある、いわば、『指導』的な名目というかなんというか。
そもそもで、猥褻物がなぜ処罰対象にされねばならんのかを考えると、「それを目にするのが嫌だという人」の為にあるわけで、擁護派の人々の意見を見ていると本末転倒というか、根本理念を理解しない人たちだなぁ、と思ったりする。
嫌がってる人が多い少ないという問題ではないのである。
道徳の問題である。道徳。
だから、擁護派の人々の意見というのは、こう、読んでいて不快感を催すのであるね。道徳に反していると取れて。
嫌がってるというなら、こっちもそういう要求をされるのが嫌だ、とか。一見では理にかなっているように見えて、なんか屁理屈っぽいというか。嫌悪感を覚えるのは何故だろうとか。(この嫌悪はそのまま世間のヲタク嫌悪と同根と思われ)
大袈裟ではあるけど、あのイラストから「心的ストレス」を感じるというのが実質の被害に当たるわけで、だから公共の場に置くなという訴えになるわけで。その理由は、あのイラストの内包する差別とかエロとかの複合で、猥褻物であるという主張につながる。スカートだよね、正直。あれが象徴している。
ギリシャの彫刻なんかは、実際の服のしわはあんな風にはならないらしく、同じく比較図と考察が別のまとめ記事に載っていた。
ギリシャ彫刻はしかし、性の記号的に男女の股ぐらを象徴的に取り扱ったりはしないわな。すっぽんぽんのダビデ像にしたって、股ぐらだけ目立つようにはなってないわな、そういう主題の像じゃないからさ。
スカートをわざわざああいう風にするってのは、意図してエロにしようとしているという証左であって、作者が猥褻物として整形しているという表れなんだわな。その理由が、最近の萌え絵の傾向だの、魅力の表現法だの、そういうのは動機に付随する方法論に過ぎないわけで、動機はズバリで作者は猥褻物を創造したかったわけよ。裁判だの調停だのの場ではまずそう言われるだろうなと思うわけなのよ。
猥褻物であるからには、やっぱ猥褻物陳列罪相当ではあるでしょうよ。そうならないのは、世間のお目こぼしってことで、「まぁそうなんだろうけど、このレベルでしょっぴいてちゃキリがないしー、」とかそういう所だよね。
けど厳密には、法的には、たぶん猥褻物陳列罪に抵触ってとこが妥当なんだろうと思うんだよ。あんまりガチガチに適用しちゃうとアレなんで、たいがいの法律には恣意的な曖昧さが設けられているから、セーフになってるけど。
理解としてはだから、世に出回っている強調されたエロの萌え絵がどれほど勢力を持っていようが関係無しに、あれらは全てグレーゾーンにあって、お目こぼしで許されているに過ぎない、となる。BLとか二次創作と同じ理屈だよね。
BLは違うな、だけどソシャゲのガチャなんかはかなりギャンブルの色合いが強くって、賭博法の管轄にならんのかなとか疑問に感じたりはするよね。
一部のBLも同じ問題なのか。過激な性交シーンがお目こぼしされている。男性向けの過激性交シーンが割と厳しく制約を受ける中で、逆差別とも言える待遇の差がある。
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