招かれざる客
早朝。
ふと見ると、我が家の出窓に置かれた鳥の餌入れが空っぽだった。次々と訪れる小鳥達が残念そうに空っぽの筒を覗き、肩を落として飛び去る。
「ジェイちゃん、鳥の餌が無いよ。早く入れてきて!」
「え、もうないの? 三日前に入れたばっかりなんだけど」
「食欲の春なんじゃないの?」
首を傾げつつ高さ三十センチ程のプラスチックの円筒型の餌入れに種ミックスを入れるジェイちゃん。いそいそと嬉しげに寄ってくる小鳥達。なんとなくイイ事をした気分になる。
翌日。
出窓の餌入れは空っぽだった。
「ジェイちゃん、鳥の餌が空っぽだよ!」
「えっ?! だって昨日入れたばっかりなのに!」
「レストラン・ジェイジェイは大繁盛だねぇ」
「……繁盛しても別に儲かる訳じゃないんだけど」
出窓に置いた鳥の餌場はレストラン・ジェイジェイ、ハチドリの砂糖水フィーダーはドリンクバー・ジェイジェイと呼んでいる。種の減るスピードが速すぎるのがどうも気に食わないらしいシェフ兼バーテンダー・ジェイちゃん。何やらぶつぶつ言いながら再び餌入れを満タンにする。
十五分後。
ガタガタという音に顔を上げると、窓辺になんとリスが来ていた。これは地リスではなくて、樹の上で生活するタイプのリス君だ。穴に潜る為にべチャリとした体型の地リス君に比べ、樹リス君は尻尾がふわふわで腰高、そして肩や後脚の筋肉が発達している。
「リスが来たよ!」 と言うと、台所から顔を覗かせたジェイちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。
「……どおりで餌が早く無くなるはずだ」
黒々と濡れた丸い目を輝かせ、リス君がガガガガッと乱暴に餌入れから種を掻き出す。出窓にデンと座り込み、ムシャムシャと種を頬張る。遠くから見ていると可愛いのだが、近くで見るとかなり筋骨隆々として、態度も何やら実に太々しい。私が窓際に近付いて写真を撮っても、チラリと横目で見るだけで全く怖がらない。
どうやらリス君のお目当てはヒマワリの種らしく、ヒエ・アワ等は食べずに邪険に辺りに撒き散らす。こりゃ餌があっという間に空になるわけだ。
傍若無人なリス君の振る舞いに感心していると、ジェイちゃんがイキナリ乱暴に窓のブラインドを揺らした。流石のリス君も驚いて出窓から駆け去る。
「ちょっと! なんでそんな意地悪すんの?! せっかく見てたのに!」
「だ、だって、リスが来ると鳥の餌がなくなるもん」
「鳥が食べようが、リス君が食べようが、そんなの可愛ければ別にどっちだっていいでしょ!」
「だ、だけど、僕はあんまりリスは好きじゃないんだ……」
「なにそれ? 初耳なんだけど。ってか、地リスならまだしも、木に住むリスって大人しいし可愛いし、嫌う理由なくない?」
「嫌いって言うわけじゃなくて、その、鳥の餌場に来るリスはあんまり見たくないと言うか……」
「は? 何言ってんの?」
「……詳しくは話したくないんだけど、ちょっとまぁ過去にトラウマがあって」
「なぬっ?! トラウマとな?!」
過去のトラウマなんて美味しそうな話、この私が放っておくわけがない。ごもごもと煮え切らないジェイちゃんを一時間近くかけて小突きまわし、ようやく口を割らせた。
「……僕が子供の頃、お母さんが庭に鳥の餌台を作ったんだけど、種を狙ってよくリスが来てたんだよね」
「ふむふむ」
「リスはがっついてるから、奴らが来るとあっという間に餌がなくなっちゃうんだよ。餌台に種を置くのは僕の仕事だったから、毎日毎日種を切らさないようにするのが面倒臭くってさ。でも種が無くなったまま放っておくとお母さんに怒られるし」
「ふむふむ」 つまりお母さんが私になっただけで、今現在置かれている境遇から全く進歩ないということか。
「丁度その頃、誕生日プレゼントにエアガンを貰って。」
「……ふむふむ」
「親友とお揃いだったから面白くって、毎日二人で並べたコーラの缶とか撃ってたんだけど」
「……ふむ」
「ある日ふと見たら、また餌台にリスが登ろうとしていて」
「……」
「ちょっと脅かしてやろうと思って、窓を開けて撃ったらさ、見事命中しちゃったんだ……」
「ええええええ?!?!」
「そうしたらさ、リスが一メートルくらい飛び上がって、最初はまさか当たったなんて思わなかったから、びっくりして飛び上がったのかと思って笑ってたんだけど、なんか動かなくなっちゃったから慌てて見にいったら、なんかぴくぴくしてて……。それも心臓とか直ぐに死ねるところならまだしも、どうも背骨に当たっちゃったらしくって、半身不随で助けようもなくて、なのに中々死ねない状態で……」
暗い表情で己の過去の罪を語り、目の縁を赤くして鼻をすすり、唇を震わせるジェイちゃん。そんな彼を真っ正面から見て私は一言。
「殺人犯め」
「ヒトじゃないッ」
「罪の無い動物を面白半分に殺すなんて、ジェイちゃんは地獄行きだね」
「違うっ! アレは不幸な事故だったんだっ」
「全然事故じゃないじゃん。完全に故意じゃん」
「ど、どっちにしろ二十年前の話なんだから、もう時効だっ」
「殺しという罪に時効なんてないんだよ。ジェイちゃんは地獄行きなんだよ」
「コレだからイズミにこの話をするのは嫌だったんだっ」
涙目でキーキー騒ぐジェイちゃんを慰めようと思ったのか、吹雪が心配気にジェイちゃんのそばに寄る。
「フブ、そんな快楽殺人者に近寄っちゃダメだよ。危ないよ、フブもいつエアガンで狙撃されるか分かんないからね」
「そんなことするわけないでしょッ」
人生経験の浅い子供は、ある意味想像力の足りない生き物だ。
「何も考えずに動いたが、まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった」と言ったところか。しかしその所為で一匹の不幸なリスを死に追いやってしまった十三歳のジェイちゃん。彼はお母さんに見つからないようにそっと庭の隅にリスの死体を埋め、そしてその日のうちにエアガンを捨てたそうな。
殺しの上に死体遺棄、更に証拠隠滅と罪を重ねた彼は、以来二十年経った今でも鳥の餌を食べに来るリスを見る度に、悔恨と己の隠された罪の重さに怯えている。
せめてもの罪滅ぼしだと思えと私に言われ、彼は今日もせっせと鳥とリスに種を供給し続けている。
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